表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第二章 渚の受難曲

第二章渚の受難曲




 私達はあの後学校から抜け出して、電車に揺られている。まず最初にどこに行こうかと皆で話し合った結果、電車で一時間のところにある温泉街に行くことになった。

 私、渚、宵咲さん、黎明が並んで座っている。渚は本を読んで、黎明と宵咲さんはスマートフォンを触っている。色とりどりのネイルで画面をタップする宵咲さん。私はぼっーと景色を眺めていた。皆バラバラの行動をしていて、何も言葉を発さない。

 宵咲さんと黎明との接点は渚だけ。あまり話せていないから話したいと思っていたけど、何を話せばいいか考えていたら、皆バラバラにしたいことをしている。

 温泉街に着いてから話そう。スカートのポケットからスマホを取り出して、会話切り出し方と検索する。

“上手な話しの切り出し方、これを見れば会話の達人になる九選!”

そこまでするならもっと絞って欲しいな…… 。

 検索タブを閉じて、パズルのゲーム画面を開く。

特別好きなわけではないけど、暇な時間があれば遊んでいる。あまり頭を使わないで点と点を繋ぐだけで無心になれるから好きだ。

「ねえ、なこ。どこで降りるんだっけ?」

 渚に肩をつつかれる。

「あ、えっと今調べるね。んっと、三麗で降りてバスに乗り換えて二〇分ね」

 ゲームを終了し、指を滑らせる。乗換案内で調べたらすぐに出た。

「三麗か、ありがと」

 そう言って、渚は再び視線を本に戻す。

「渚ってスマホ持ってないの?」

「持ってるけど、あんまり使ってない。人と連絡する以外の用途が分からない」

 本から目を外さすに喋る渚。

今の時代にスマホの使い方が分からない若い人っているんだなぁ……

「なんていうか…… 昭和ってかんじ」

「あ、それ昭和の人を差別だよ。だいたい、今の時代ネットが無ければ何もできない人間っていうのが駄目になっていくんだよ。僕みたいに時代と逆行している人間が世界を導いていくんだと思うんだよ」

 渚は早口で熱弁する。逆行しているって自覚はあるんだ…… 渚の熱意に押されたじろいでいると、宵咲さんが口を開く。

「また、小説の影響? どうせ今読んでいる本がソーシャルメディアがどうたらこうたらって書いてあるんでしょ」

「わ、悪い!?…… 面白いんだよ!このSF 」

 渚が持っている本はブックカバーを掛けていて、表紙がどんなものが分からなかったけど、宵咲さんに指摘されるとカバーを外した。

 題名は「ファンタスティックワールド」と書かれた本だった。カバーをしていても、内容が分かるだなんて幼馴染なんだな。少し、宵咲さんが羨ましく思えた。

「あ、その本俺も読んだことあるよ。確かラスボスが── 」

 黎明も食いつき、自信満々にうんちくを語ろうとする。

「待って! ストップ! まだ全部読んでないからネタバレは止めて!」

 渚は大仰に手を振る。その様子が面白くて思わず笑ってしまった。渚は白い目で私を見る。

「ああ、悪い。ネタバレはよくないからな」

 黎明は口を押さえ、肩を震わせている。絶対笑ってる。

「黎明くんも笑ってるよね」

「ううん、そんな…… プッ!ことないよ」

「今笑った! 絶対笑った! なこもなんで笑ってるんだよ! んも~!」

「いや、ごめんなさい。貴方の動きが面白くて」

 もう笑わないよう努めるも、思い出したら吹き出しそうだ。

「昔、まどかにも同じこと言われた」

 渚は頬をぷくっーと膨らませていた。宵咲さんの方に視線を移すと、勝ち誇ったように足と腕を組んでいた。表情も口角を上げて嬉しそうに笑っている。

「ま、まあ私と渚は幼馴染だしね」

「ふーん、幼馴染なら渚のこと助けてあげもよかったんじゃないの」

 その姿を見たら、モヤモヤした気持ちになったので、意地悪なことを宵咲さんに言ってしまった。それを言った直後に、宵咲さんは萎んだ風船のように、みるみるうちに元気がなくなっていった。もしかして、私またやっちゃったのかな。

 でも、人とここまで近い距離間で話したことがなかったから勝手が分からなかった。こんなことだから空気が読めない子って言われるんだ。

「ご、ごめんなさい。私なにか」

「ううん、いいの。本当のことだし。私は助けてあげられた。渚のことを…… でも、できなかったの……」

 重苦しい空気が車内に流れる。あーあ、またやっちゃった。嫌われたかな。

なんで、いつも正しい言葉を言えないんだろう。いつも間違った言葉ばかりを投げかけて嫌われてしまう。

「そういえば、宵咲と渚はいつからの付き合いだっけ?」

 沈黙を破ったのは黎明だった。いつもの気取った口調が今ではありがたい。

「えっと、確か小学校の時からかな」

「結構長いんだな~!俺は高校からだからまだまだだな」

「そんなことないよ、こうやって付いてきてもらって本当に助かってる」

 渚はアンニュイな表情で、窓の景色を眺めていた。

「そっか…… 温泉楽しみだな」

「うん、誰かと旅行みたいなことするの初めてだからすごく楽しみ」

 渚に何か言いたい言葉があったはずだったのに、渚の表情を見たら全部吹き飛んだ。

スマホのゲームを再び起動して、無心で指を滑らせていく。

横目で宵咲さんを見ると、下唇を口内に入れて俯いていた。ワクワクする旅が私のせいで台無しになってしまった。

「はぁ…… 」

 三人に気づかれないようにため息を吐く。

こんな自分が心底嫌いだ。


 2



 陰鬱な気分のまま三麗からバスに乗り換えて、温泉街にやってきた。バス停の近くにはハンバーガー屋さんと、コロッケが八〇円で販売されていた。

「ねぇ、あそこのコロッケ買わない?」

 宵咲さんが右手で髪をくるくるさせながら、左手でコロッケ屋さんを指差す。肉汁溢れるいい匂いが鼻孔をくすぐる。

お腹がぐっ~となった。一気に顔が熱くなる。

「なこもお腹空いてたんだ。うん、いいよ皆で食べよう」

「私の音じゃ…… !」

 後ろを向いて顔を隠す。

「耳、赤いよ?」

 宵咲さんに指摘され、彼女の方を向く。

「え、噓?」

 思わず、両手で耳を隠す。

「うっそ~! えへへ、さっきの仕返し」

 舌を出して茶目っ気を出す宵咲さん。そのままコロッケ屋まで走り去ってしまう。

さっきはあんなに落ち込んでいたのに…… 。彼女の中で何か心境の変化があったのかな。

 それとも無理をしているのかな。

「ごめんね、まどかは昔からああいう奴で。急に態度が変わったりするんだ。多分、気分屋だけなんだと思うから気にしないでいいよ」

「ああ、うん。ありがと」

 渚は口ではそういったものの、何か引っかかる。同じ同性だから何か無理をしているような気がしてならない。聞かないことで、本人が傷付くから、それはプライベートな出来事だから、今までは聞かないようにしていたけど、本当はその人の心に触れた方が解決するのかもしれない。光と話して実感した。悶々とした気持ちを頭を振って気分をリセットする。

「とりあえず、四個でいい? 私注文するよ」

「あ、いや。俺はスムージーでいい」

 黎明はメニューに小さく書いてあるスムージーを指差す。

「え、コロッケ食べないの?」

「…… 猫舌なんだよ」

 そっぽを向く黎明。意外と可愛いところあるんだ。

「なんか今、失礼なこと考えてなかった?」

「いや、気のせいじゃない?ほらスムージーきたよ」

 無愛想な店員さんが、黎明にスムージーを手渡しする。

「あ、ども…… 」

「コロッケも三個出来上がりました」

 淡々とした口調でコロッケを渡す店員さん。観光地だから大変なんだろうなぁ…… 。

渚が両手でコロッケ二個持ち、もう一つは口で咥えていた。

「ははふ、ほって」

 渚から手渡されたコロッケは熱々で湯気が出ていた。

「あつ!」

 紙袋越しでも熱気が伝わってくる。火傷しないよう、口で冷ましてから食べる。

舌の上で肉汁溢れる。鼻にもお肉のいい匂いがする。

「ああ、幸せだ」

「すごく美味しいね、このコロッケ」

 宵咲さんが口をモグモグしながら、声を掛けてきた。

「う、うん美味しいよね」

 やけに話しかけてくる。私が言ったことまだ気にしているんだろうか。

「ここ一度来たことあるけど、外湯巡りが気持ちいいのよ」

「外湯巡り?」

 初めて聞く単語で聞き返す。

「うん、ここには七つの温泉があって、それを全部巡ると色々な効能を得られると言われてるの。券を購入すれば一日入り放題もあるよ」

「七つかぁ。全部回れるかな」

「じゃあ、洞窟温泉だけ入ってみない?気に入ったら他も入るみたいな感じで」

「お、それいいな。渚、俺達も行こうぜ」

「うん、いいね」

 渚と黎明も意外と乗り気のようだ。のぼせないか少し心配だ。

「急に来たからタオルとか着換えの準備してないんだけど…… 」

「タオルは向こうで貸し出しがあったはず。着替えは…… 旅館に着いてから考えよ」

「え、待って今旅館って言った?予約してるの?」

「うん、さっきバス乗ってる時スマホで予約したの」

 宵咲さんがスマホの予約画面を見せてくる。人数は四人、チェックインは十三時になっていた。現在の時刻は十二時半。

「もう直ぐでチェックインじゃん!」

「ここから歩いて一〇分くらいだから、そろそろいい時間ね」

 旅館予約してるなら言ってくれてもいいのに…… 心の中でぼやく。

「皆、ごめん。最初に言うべきだっていうのは分かってた。でも、言って拒否されたらって考えたら怖くて…… キャンセルもできたけど、結局できなくてここまで来ちゃった。本当にごめんなさい」

 ギャルっぽい見た目とは真逆で心が繊細なんだな。

保健室で、その片鱗は見えていたけど、こうもハッキリ見えると自分と同じ人間なんだと親近感が湧いた。お風呂で一緒になった時色々と話したいな。

「全然大丈夫だよ!」

「俺も問題ない」

 渚はのんびりとした口調で答え、黎明はきっちりとした口調で答えた。

私は一呼吸遅れて、答えた。

「私も大丈夫」

「そっか…… 皆、ありがとう。じゃあ、行こっか」

 私達は頷き、宵咲さんに付いていく。

「旅館はどんなところなの?」

 渚が宵咲さんの隣に並ぶ。

「えっとね…… ホームページ見たところ、こじんまりとした古民家って感じだったよ」

 ホームページって単語久々に聞いた気がする。令和になってから宣伝媒体は基本的SNSなので、個人のホームページがある旅館は新鮮だ。

「旅館名は何なの?」

「古民家アカツキだって。なこと同じだね」

 宵咲さんのスマホを覗き込んだ渚が答える。

「なんか凄い偶然だね」

「偶然じゃないかもよ」

 後ろにいた黎明が呟いた。

「え、それってどういうこと?」

「いや、運命によって引き寄せたれたんじゃないかなって考えていてさ」

 黎明は石ころを蹴飛ばす。

「ここに来る前に言ったじゃん、俺達は皆、秘密を抱えているって。見えない何かの力…… 神様が俺達を集めてきたんじゃないかなって思う」

「黎明くんは神様がいるって信じてるの?」

 振り返り、足を止める渚。

「いや、信じてはいない。だけど、ここにいる皆が集まったのは何か意味がある気がしてならないんだ」

「…… 確かに、それは僕も感じてた。何か意味があるかもしれないって」

「意味ってどんな?」

 思わず口をはさんだ。

「さあ、それは分からないけど…… この旅で何か分かるかもしれないし、分からないかもしれない」

 渚は青空をどこか遠い目で見つめていた。

「別に僕はどっちでもいいんだ。今、こうやって皆といられるだけで幸せだから」

「渚…… 」

 宵咲さんは何か言おうと口を開いたが、閉じてそのまま歩き出す。

「ま、結局俺達は進み続けるしかできないんだよな」

「いい風にまとめようとしてるけど、口にスムージーの泡付いたままよ」

 宵咲さんがジト目で指摘する。

「今それ言わなくてもいいだろ…… 」

 黎明は制服の袖で口元を拭く。

「あ、着いたよ!ここが古民家アカツキ」

 宵咲さんは、黎明の言葉を無視して古民家アカツキと書かれた古びた看板を指差す。こじんまりした旅館で、車を停めるスペース二つしかなく、扉は引き戸式だった。中に入ると玄関口の直ぐ近くに受付とソファー、テーブルが置かれていた。

 靴は従業員の人らしい靴しかない。昔ながらの旅館だが、キチンと清掃しているのか内装はわりと綺麗だ。

 受付はカーテン下ろされていた。前に置かれていたベルを押す。

「すいませーん!誰かいませんかー?」

 声を上げると、奥の方でドタバタと足音が聞こえる。

カーテンが開けられ、エプロンを掛けている女将さんが出てきた。

「この度は、古民家アカツキにおいでくださいましてありがとうございます。御予約のお客様でしょうか?」

 女将さんはハンカチで額の汗を拭きながら訊ねる。

「はい、四名で予約していた。宵咲です」

「はい、宵咲様ですね!では、こちら柚の間の鍵をお使いくださいませ。チェックアウトは明日の一〇時となっております。それと、こちら一日外湯巡り入り放題の券になります。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 女将さんは、ゆっくりとお辞儀をする。鍵と回数券を受け取った私達は部屋へと向かう。

四人全員、制服姿だったのに何も言われなかったな。

上の看板には「柚の間から楠の間は二階です」と書かれていた。スリッパで階段を上っていくと、木の軋む音が聞こえる。

 段差が急なのもあって上りきるのに一苦労した。

階段を上り切り、お手洗いの先に柚の間があった。

女将さんからもらった鍵を鍵穴に差し込む。

中は和室で、テーブルの上にはお菓子とお茶っ葉、湯呑み四個が置かれていた。

奥にも小さいテーブルと椅子、クローゼットが置かれており、窓からは線路が見えた。

「ここ、列車走ってるんだ」

「廃線になったみたいだけどね」

 スマホを弄りながら呟く宵咲さん。

「なんかザ・旅館って感じでいいね。こういうの憧れてたんだ!」

 渚はクローゼットを開け閉めしながら、嬉しそうに語る。

「それは、良かった。じゃあ今から、その外湯巡りするか?」

「うん、準備して行こっか」

 宵咲さんに人差し指で肩をつつかれる。

「私達は一階に行って着替えもらってこよ」

 小声で囁く。

「え、もらえるのかな?」

「まあ、そこは交渉次第じゃないかな」

 あははと軽く笑う宵咲さん。

「じゃあ、私達は一階降りてくるから。準備できたら降りてきてね」

 男子組にそう伝えて、私達は一階に降りた。

「気を遣ってくれて、ありがと」

「ううん、全然大丈夫。私も着替え欲しかったし」

 さっきまでいた受付はカーテンが閉められていたので、ベルを鳴らす。

「はいはーい!今行きますよ~!あれ、さっきのお客様?どうなされました?」

 さっきと同じ女将さんが出てくる。

「えっと、私達着替え持ってくるの忘れちゃって…… 貸してもらうことってできますかね?」

 腕を組み唸る女将さん。

「う~ん、ウチはそういうのやってないんだけど…… でも、特別に貸したげる。他の人には内緒だよ。持ってくるから待ってて」

 女将さんは奥の方へと消えていった。

「言ってみるもんだね」

「だね」

 少しの間、私と宵咲さんとの間に沈黙が続く。

「あ、あの宵咲さん!」

「まどかでいいよ。私はなこって呼ぶから。で、どしたの?」

「えっと…… その…… 渚の小さい頃ってどうだったの?」

 いざ言葉にしようとすると、出てこない。なんで渚に付いてきたのか、貴方は何を抱えてるの、と頭で浮かんでいたけど出てきたのは全然違う言葉だった。

「渚の小さい頃かぁ。昔は泣き虫で私にべったり付いて来ていたんだよ。今ではあまり泣くことはなくなって、一人で抱えこんじゃってしまったけどね」

 まどかは感慨深そうに呟く。

「そう、だったんだ」

 泣き虫なのは意外だった。今の渚は孤独で何かと独りで戦っている、そんな気がする。

「うん…… それもこれも私が── 」

「はい、お持たせ。娘が使っていたやつでよかればあったから渡すね」

 女将さんが袋に着替えを入れて持ってきたのでまどかは言葉を飲み込んで女将さんに笑顔を向ける。Tシャツは無地のものが二枚と、ピンク色のジャージ二着を貸してくれた。

「無理を言ってごめんなさい!わざわざありがとうございます!」

「あ、ありがとうございました!」

 まどかに倣って、私も礼を言う。

「全然いいってことよ。困ったらお互い様ってことで」

 手を蝶のようにひらひらさせて、また奥の方に消えていく。

「良い人だったね」

「うん、そうだね」

「ねぇ、さっきなんて言おうとしたの?」

「それは、また後で話そ。渚達も来たみたいだし」

 振り返ると、ビニール袋をぶら下げた渚と黎明が階段を降りてきていた。黎明は右手にヘアワックス缶を持っていた。持ってきてたんだ…… それ。

 階段の軋む音で気付いたのかな、凄いな。

「じゃあ、行こうか」

「うん」



 暖簾に「一の湯」と書かれ、外観は城のようにそびえ立っていた。

「本当にここが洞窟温泉なの?」

「うん、名前は洞窟じゃないけど中に入ったら分かるよ」

「へぇ~、楽しみだなぁ」

 自動ドアが開いて、中に入る。旅館でもらった券を番台さんに渡す。

「あ、バスタオルと身体拭くタオルもお願いします」

「じゃあ俺達も貰おうかな」

「はい、レンタルでいいね。全部で四百円だよ」

 女性組二百円、男性組二百円で、四百円ちょうど渡す。

「じゃあ、俺達はこっちだから。何時くらいに集合する?」

 時計を確認する。現在は十三時三〇。ゆっくり肩まで浸かりたいから一時間くらいは欲しいかな。

「じゃあ、十四時三〇分でどう?」

「うん、それでいいよ。先に上がってると思うから僕達は、あそこの休憩スペースで待っておくね」

 渚が指差した場所には自販機と四畳半の和式と座布団が敷かれていた。

男性組は左の男湯に入っていく。

「私達も行こっか」

 まどかに後ろから声を掛けられる。

「うん、そうだね」

 暖簾をくぐり、脱衣所に入る。まどかは奥の方にあるロッカーに荷物を入れる。私も隣のロッカーを使用する。ロッカーは鍵が元から付いているタイプのようだ。

「百円玉を使うタイプじゃないんだ」

「うん、そうだよ~ここは鍵を手首に付けるタイプなんだ。硬貨タイプだと両替とか面倒くさいんだよね」

 まどかは制服のタイを解いて、スカートも脱いでいく。

花柄の可愛いショーツが顔を覗かせる。じっと見るのも悪いので私もスカートを脱ぎ、キャミソールとショーツをロッカーの中に入れる。貸し出しタオルで前を胸を隠す。

「脱ぐの遅くてごめんね」

 まどかは丁寧に服を畳む。

「ううん、ゆっくりで大丈夫だよ。人にはそれそれぞれのペースがあるし」

「ペースか…… 確かに、そうだね」

 まどかは独りで納得し、下着を脱いでロッカーの中に入れた。

「よし! じゃあ行こっか!」

 ガラス扉を引いて、中に入る。右側に椅子とシャワーノズルが設置されていて、真ん中には大きな浴槽にお湯が張っている。

「なんか、見た感じ洞窟って感じじゃないけど…… 」

「中はね、外に出るとびっくりするよ!」

 まどかに付れられ、外の露天風呂に出る。まどかの言うようごつごつした岩が口のようにしてお風呂を囲んでいる。竹壁で男湯とは仕切られているが、向こうとも繋がっているみたいだ。全体的に薄暗く、壁に取り付けられているライトが辺りを幻想的に照らしている。

「うわぁ…… 凄い…… 」

「でしょ! 雰囲気もすっごくいいし、また来たかったんだよね」

 まどかは金色の髪がお湯に浸からないようにタオルを頭に巻いて、奥の方に進んでいき肩まで浸かる。

 私もまどかの隣に座り肩まで浸かる。温度はそれほど熱くなく、心地の良い温度だ。ゆっくり、じんわりと温かくなっていく。今ここで目を瞑ってしまったら、秒で眠る自信がある。

「私ね、貴方とゆっくり話がしたかったの」

 お湯を手で救うまどか。

「私も、話がしたかった」

「えへへ、気持ちは同じだったってことね…… ねえ、聞いてくれる?私の罪を」

 まどかの瞳を見て、首肯する。

「渚と幼馴染で小さい頃から一緒だったのは前に話したよね? 中学まではその関係が続いてた。でも、高校に入って渚がいじめられているのを見たの。でも私は何もできなかった。渚の秘密も知っていたし、手を差し伸べることもできた。だけど…… 私はっ!」

 口を押え、嗚咽を漏らす。その苦しそうなまどかを見て、私は背中を摩った。

「ごめん、ありがとう。もう大丈夫、続きを話すね。私はクラスにも大分慣れてきて、皆の望む宵咲まどかを演じていた。そうすることが正解だと思っていたから、荒波を立てずに学校生活を楽しく過ごすのが夢だったの」

 クラスのスクールカースト上位だと思っていたまどかだったけど、陰ではそんな努力をしていたの。

「昔は暗い子だったから、クラスの明るい子に憧れていたの。眼鏡もやめて、髪も染めた。その地位がなくなってしまうのが怖かった。そんなくだらないことの為に私は渚のこと助けることができなかった。それが私の罪」

 自分の感情を吐露したまどかは苦しそうだったけど、いくらか和らいだ表情になっていた。

「でも、保健室で渚を見た時それは間違いだって気付いたの。今更遅いかもしれないけど…… でも、私はこの旅で渚と一緒にいけるところまでいきたいって思ったの!」

 弱々しい言葉が徐々に大きくなっていった。

「そっか、私も同じだよ。渚を見ていたら自分を見ているようで、渚に付いていけば何か答えが見つかるかもって思ったの」

 渚が何を抱えているのかは分からない。だけど私と似たものを感じた。渚と一緒に逃げれば何か分かるかもしれないし、分からないかもしれない。それは誰にも分からないけど、少しの間でも私が抱えているモノが軽くなるのなら、正直なんでもよかった。

 最初はそんな思いだったけど、今は渚とまどか黎明と一緒にいるのが楽しい。前の学校では味わえなかった青春を謳歌しているみたいで、なんかいい。

「ここまで付いてきて、私、凄く楽しいの。失った青春を取り戻せた気がして…… 」

「あのさ。もし差し支えなければ、なこの抱えてるもの聞いてもいいかな?」

「うん! 全然大丈夫だよ!」

 元気よく言ったけど、唇が震える。自分の現状を簡潔に言う。簡単なことなのに、怖かった。それを言って、まどかも私の元から去ってしまったら…… と考えてしまうと、喉元から言葉がつっかえて出てこない。まどかはそんなことしないと頭では分かっていても、“もし”を考えてしまう。自分はこんなに弱かったのか、と情けなくなる。

「言いにくいなら、今言わなくてもいいよ。なこが話したいと思ったタイミングで話して

よ」

 私の様子を察して、まどかは優しく語りかけてくれた。

「ちょっと、のぼせちゃったな。私は先に上がるけど、なこはゆっくりしていて」

 まどかは、私に気を遣って先に露天風呂から上がる。

「うん…… ありがと、まどか」

 まどかに礼を言った後、頭に乗せていたタオルを岩に乗せて、目を閉じる。一人になると、一気に過去の出来事が襲ってくる。

 思い出したくなんかない。その為にここまで逃げてきたのに、過去はどこまでも追ってくる。

駄目だ、他のことを考えよう。温泉から上がったら、休憩室にある珈琲牛乳を飲みたいな。

あ、でもジンジャエールも捨てがたいな。

天井から落ちてきた水滴が鼻に当たって、目を開ける。

なんで、いつも現実は、甘い時間さえ奪っていくのだろう。

両手でお湯を救い顔を洗う。

「そろそろ上がろ」

 立ち上がると、ぐわんと視界が揺れる。一気に立ち上がったせいか、立ち眩みがした。

手すりにしがみついて、何とか倒れないようにする。

自分の中では少しの間しか入っていない感覚だったけど、思っていたよりも長湯し過ぎていたのかも。

 足元がふらつく。あ、これやばいやつかも。ここで倒れちゃ駄目だ。

せめて、脱衣所まではたどり着かないと…… 。露天風呂から上がり内風呂があるところまでは来たけど、扉を開けた瞬間むわっとした空気が身体を包む。喉も渇く、早く脱衣所に。

「なこ!大丈夫?!」

 脱衣所に繋がる扉を開けると、まどかが驚いた顔で私を見たあとすぐにタオルを被せて、

お茶を渡してきた。それを受け取り、一気に飲み干す。

「ぷはっ!い、生き返る…… ありがとうまどか。でも、休憩室に行ったんじゃ?」

「なこが全然戻らないから心配になって来てみたら、フラフラのなこが出てきてびっくりしたわ。自販機でお茶買っていてよかった」

 まどかは胸を撫で下ろす。

「ありがとう。私、そんなに長く入っていたんだ。ごめん考え事とかしていて」

「ううん、大丈夫。もうちょっと、ゆっくりしてから脱衣所出よう」

 まどかの肩を借りて、扇風機の前にある椅子に座らせてもらった。

「何か飲みたい物書はある?」

「ジンジャエール飲みたい」

 喉がカラカラで、砂漠みたいに乾燥している。こういう時こそ、しゅわしゅわする炭酸飲料を喉に流し込みたい。

「おっけー。買ってくるから待っててね」

 まどかは早歩きで脱衣所を去っていく。

露天風呂では、まどかが気を遣ってくれたけど、本当はもっと話したいな。

 その為にも、私は本当の言葉でまどかと向き合わなくちゃいけないんだ。

いつまでも、過去に縛られたままは嫌だから。

「はい、持ってきたよ~自販機になかったから番台さんに言ったら瓶のジンジャエールくれたよ! 中々見ないよね瓶のジンジャエールなんて」

 まどかが持ってきたジンジャエール瓶の形は、持ち手が車のタイヤのようにぐにゃと曲がっていて瓶自体の色は透明な緑色だった。まどかの言う通り、ジンジャエールの瓶はあまり見ない。そもそも瓶のジュース自体初めて見たかもしれない。

「ありがと、確かに珍しいよね」

 飲み口に唇を付け、喉まで流し込む。辛口だったようで、ジンジャーの辛みが後からや

ってくる。

「んん~! この感じたまらない~!」

 足をばたつかせることで、ジンジャーの辛みを逃がす。特に効果はない。

「分かる! ポテトにも合うよね~!」

「なんかそれ、おじさんみたいだよ」

「あはは、確かに!大人になったらビールと合わせた方が美味しいかもね」

 ビールか。大人は皆、なんであんな苦そうなもの飲めるんだろうか。大人になれば分かるんだろうか。大人って何なんだろう。

「ねぇ、なこ。大人になっても、こうやってまた会えるといいね」

「うん、そうだね。そんな未来が待ってるといいね」

 私なんかにそんな未来待ってるのかな。待ってるといいな。

「大丈夫、きっと待ってるはずだよ」

 まどかは、一呼吸置いてからまた話出した。

「なこ、ありがとう。吐き出したらだいぶ楽になったよ。言いたくても誰にも言えなかったのに、なこには話すことができたの」

 そういうまどかの顔は、憑き物が取れたような笑顔だった。

「私の方は、言えなくてごめん…… 本当は言いたいの!でも、言えなかった。ごめん」

「大丈夫。タイミングってあると思うの。多分、今はなこにとってその時じゃないってことだと思うの」

 そんな風に考えたことはなかった。いつか言いたい、この胸の内を何もかも吐き出したい。

「ありがとう、その言葉で私も少し楽になれた気がする」

「ならよかった。さ、そろそろ行こっか。身体はもう大丈夫?」

 ゆっくりと立ち上がる。さっきみたいに視界が歪むこともなく身体の自由もきく。

「うん、大丈夫。着替えてから行くから待ってて」

「分かった。また何かあれば大声で叫んでね!すっ飛んでいくから!」

「も~! 大丈夫だって。でも、ありがとう」

光の次に、親しい友達ができた。嬉しいな。

他人はいつか裏切る、そう思って前の高校では必要最低限の会話しかしてこなかったけど、他愛のない話もいいな、誰かと会話すると、その人と直に繋がっている感じがして心が温かくなる。渚と黎明とも話がしたいな。

長湯したせいか、頭がボーっとする。

「こういうの、なんかいいな…… 」

 また来年、まどか達と来たいな。その時には抱えている問題が全部解決して心の底から笑いあえていたらいいな。

 ふわふわした気分で、制服に着替え終わった。まどかから貰ったペットボトルの残りを飲み干す。脱衣所を出ると、三人が各々違うことをして私を待ってくれていた。

「なこ! 大丈夫だった? 中々上がってこないから心配していたんだよ!」

 珈琲牛乳を飲んでいた渚は、畳に瓶を置いて走ってきた。

「心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ。ちよっと長湯し過ぎちゃって…… 」

「そっか、大丈夫ならいいんだ」

「先に宵咲の方が上がってくるから何事かと思ったよ」

 黎明はスマホを弄っていたが、瞳だけこちらに向ける。その瞳は何かあったのか? と問うてくる目だった。この人はホント察しがいいな。

「私が暑くて先に出ちゃったんだ。あはは、言ってなくてごめんね」

 誤魔化そうとする前にまどかがフォローしてくれた。

「ふーん、まあ、そういうことにしとくけど。この時間はさすがに心配する。次からは連絡してくれよな」

 黎明がスマホの液晶画面を見せてきた。そこには十五時十五分と表示されていた。

そんな時間経っていたんだ…… 気付かなかった。

「まあ、いいじゃない。何事もなかったんだしさ!さ!次行こう!」

「ああ、渚。そのことなんだけどね。長湯し過ぎて疲れちゃったから、次は温泉街の探索にしない?」

 またお風呂入るとなると、さすがに倒れるかもしれない。

「確かに、そっちの方がいいよね。じゃあ、そうしようか。皆は?」

「俺は意義なーし」

「私も」

 黎明とまどかは立ち上がって休憩室から出て行く。

「渚、これ忘れてるぞ」

 渚が置き忘れていた

珈琲牛乳を黎明が渡す。

「ありがとう、黎明くん」

「ん、じゃあ行くぞ」

 レンタル用のタオルを番台さんに渡す。靴に履き替えて、外に出るとムシムシとした暑さが身体に纏わりつく。

「一気に暑くなってきたな…… なあ、休憩室戻らねぇ?」

「戻りません!アンタ一人で戻れば?」

「分かったよ…… あっつー」

 まどかの言葉に負けて、黎明は猫背になりながらあつーと恨み辛みを呟いている。

「そんなに暑いなら、サイダーでも飲む?」

「え、マジ?どこにあるの?」

「ここに来る途中のお店で見つけたの湯上がりに丁度いいを歌い文句にしてたから覚えてたわ」

 私も周りを見ていたはずだったのに、全然覚えてない。まどかは凄いなぁ…… 。

「じゃあ、そこに行こう!今すぐ案内してくれ!」

 姿勢を正した黎明はきびきびと歩いていく。ブリキの人形みたいだ。

「はいはい…… 渚となこも来る?」

 振り返り、問うまどか。

「珈琲牛乳を飲んどいてあれだけど、まだ喉渇いていていたから行きたいな」

「私も行きたい」

「じゃあ決まりね!行きましょ! 黎明! アンタは先に行き過ぎだっての!」

 黎明を追い掛けるまどか。なんだ、案外仲、良いじゃん。それに表情もここに来る時よりも笑顔になっている。

「ねえ、なこ。まどか少し変わったね」

 隣を歩く渚が声を掛ける。

「渚もそう思う? なんかここに来る時よりも変わったよね」

「うん、それもあるけど。昔のまどかに戻ったみたいだ」

 渚の視線の先にはまどかがいる。

「昔の?」

「うん、昔のまどかは凄かったんだ。元気って文字がそのまま独り歩きしてるような子で、笑顔がよく似合ってた。そんな彼女に僕はいつも守られていた」

 渚は懐かしそうに語る。私も、相槌を打って聞く。

「でも、高校に上がってから似合わない金髪をして誰にでも笑顔を振り向く存在に変わっていった。僕は、あの笑顔が好きだった。あの純粋無垢な笑顔が。変わってしまった笑顔は僕にとって気味悪く思えてならなかった。だから距離を置いていたんだ」

「そう、だったんだ」

 あの憑き物が取れた表情は、昔のまどかの表情だったんだ。

手助け出来たってことなのかな。そうだとしたらいいな。

「うん、保健室で会った時も正直気まずかったし、気は進まなかったけど、今さっきまどかの表情を見て理解したよ、まどかの根っこの部分は変わっていなかったんだなって。その手伝いを君はしてくれたんだろ?」

「え、な、なんのことかな~」

咄嗟に言われて、めちゃくちゃ下手に誤魔化してしまった。あそこでの会話は私の口からじゃなくて、まどかの口から伝えた方がいい。私はただ聞いただけで何もしていないんだから。

「…… まあ、そういうことでいいよ。でも、なこのおかげで、僕もまどかと話すことができそうだよ。ありがとう」

 渚は立ち止まって礼を言う。

「別に大したことはしてないって。ただ、話を聞いただけで」

 何だか気恥ずかしくて、指で髪の毛を絡み取り、回す。

「ううん、僕にとっては大したことだよ。本当にありがとう。君がいなかったら、ずっと後悔したまま生きていたよ」

 数メートル先でおーいと、黎明とまどかが手を振っていた。

「二人が待ってる。行こう」

 私は頷く。渚もゆっくりとした足取りで進んでいく。

「あ、今話したことはまどかには内緒ね。恥ずかしいから」

「うん、分かった」

 まどか達と合流するまで、私達は無言だったけど何故だかその時間さえも心地良く思えた。

「ちょっと~! 二人とも! なんで走って来ないの!」

 まどかは両手に二本ずつサイダーの瓶を持っていた。中にビー玉が入っている昔ながらの瓶だ。隣にいる黎明は財布からはみ出ているレシートの束を整理している。

「いや、暑いし…… 」

「だからってね、もっと早く来てもいいじゃない!両手が冷たいのよ~!」

 両手、両足をジタバタさせるまどか。

「ああ、ごめんごめん。じゃあ一つもらうね」

「じゃあ僕も一つ」

 まどかの右手から瓶をそれぞれ貰う私達。右手が自由になり、肩を回す。

「触れていいか迷っていたけど、黎明くんは何をしているの?」

「財布の整理をしてたんだよ。俺が支払いしようとしたら財布からレシートがばーっと出ちゃってさ。その間宵咲に持ってもらったってわけ」

財布を整理し終えた黎明はバツの悪そうな顔で答える。

「いつもは綺麗にしてるんだよ。今日はたまたまなんだ! たまたま!」

 はは、と苦笑いをする。

「あ、そういえば幾らしたの?払うよ」

 スカートのポケットから財布を取り出す

「あー、いいよ。全部俺のおごりだからそれは仕舞っとけ」

「え、でも悪いよ」

「俺がいいんだからいいの!」

 黎明は強引に財布を押し返す。納得はしないけど、そこまで強く言われたら仕方がない。

財布をポケットの中に入れる。

「分かったよ。じゃあ有難く頂くね」

「ちょっと待った」

 瓶を開けようとする私を止める黎明。

「黎明くん、さっきからおかしくない? 大丈夫?」

 渚が心配して黎明に近づく。渚もまだ瓶を開けていない。

「だ、大丈夫だ。お、俺は…… 」

一瞬、まどかを見る黎明。

「あ~もう! 分かったわよ! コイツはね皆と乾杯をしたいの。その為に二人を待ってたの」

 まどかが助け船を出すと、黎明は安堵した表情になる。まどかが催促していたのは、そういうことだったのか。

「僕達を待っていてくれたんだね。ありがとう黎明くん」

「いやぁ、それほどでも」

 まどかが咳払いをすると、黎明が首を振り、瓶を持つ。

「よし! じゃあ乾杯だ!」

 黎明は先端のビニールを破り、プラスチック製のビー玉を押し出す物で勢いよく押す。

泡が一気に噴き出す。私達も押し出して、飲み口を開けた。黎明以外は泡が噴き出すことにはならなかった。

「「「「乾杯~~!!!」」」

 瓶がぶつかる気持ちの良い音が響く。そのまま喉に流し込む

サイダーの炭酸飲料感と、甘すぎない感覚が癖になる。

「ねぇ、このサイダーなんか普通のと違う?なんていうか…… あんまり甘すぎない感じ?」

「そう! そうなのよ! この感じが癖になるのよね~」

 まどかは恍惚の表情を浮かべる。そんなに好きなんだ…… 。

「へ、へぇ~まどかはよく飲むの?このサイダー」

「ここに来ると絶対飲むの。通販はやってないからここで、じっくり味わうしかないのよ。私の中で二番目に好きな飲み物なの!」

 こんなに美味しそうに飲むのに、二番目なんだ…… 。

「ちなみに一番はなんなの?」

 興味本位で聞いてみる。

「ミルクセーキ! あの甘ったるい感じがたまらないのよ! でも中々売ってないのよね」

「あ、私も好きだよ。そういえば前に言ってた高校の近くの自販機に売ってたよ」

 何気なく言ったつもりだったけど、まどかは顔を近づけてきた。とても興奮している様子だ。

「それはどこの自販機?! 今度連れていってくれない?」

「う、うん。いいよ」

 鼻と鼻が触れ合う距離だ。近い。目だけで黎明と渚を見る。黎明はよほど喉が渇いていたのか飲むことに集中している。渚も、ゆっくり飲んで味わっている。

「約束ね! 絶対連れていってね! 指切りげんまんっ!」

 半ば強引に指切りげんまんをさせられた。でも、羨ましいな。好きなことで、ここまで饒舌になれるのはある種、才能だ。私には好きなことがない。だから、まどかが眩しく見えた。

「うん、絶対行こうね! ん~美味しかった~!」

「喉の渇きが癒されたぜ…… 」

 ようやく口を開いた黎明は満足した表情で笑っていた。

「もう一本買って帰ろうかな…… あ~でもなぁ」

 ぶつくさ独り言を呟く渚。

「皆、そろそろ旅館に戻る?」

 私の一言で皆、現実に帰ってきた。

「そうだな。一旦帰るか」

「そうだね、サイダーは明日でいいや」

「明日には売り切れてるかもしれないわよ!」

 まどかが渚に詰め寄る。

「いや、お店にいっぱいあったし大丈夫だよ。昔からサイダーが好きだったよねまどかは」

 渚にそう言われると、急に萎んで顔が赤くなるまどか。分かりやすいなぁ。

「お、覚えていたんだ…… 」

 まどかの声は嬉しそうに弾んでいる。

「うん、覚えているよ。まどかは僕にとって憧れだったからね」

「憧れ…… うん、そっか、そうだよね」

 耳が垂れた犬みたいな状態で、みるみる萎んでいくまどか。

「じ、じゃあ旅館に戻ろっか!」

 無理に笑っているのが痛々しい。やっぱり私から渚に言った方がいいのかな。

「うん、そうだね」

 渚の方は表情が読めない。分かっているのか、敢えて分からない振りをしているのか。

どっちなんだろう。

「あ、っていうか今更なんだけど、二人は制服で大丈夫だったのかな」

 私達は旅館の方から借りた服を着ているが、二人は制服のままだ。鼻でくんくんとTシャツを嗅ぐ。少し匂う……… 洗ってから返したいな。補導とかさえないか。少し不安になってきた。

「ここまで来ているんだし、大丈夫だろ。もし補導されても逃げればいいし」

 黎明は楽観的に言う。

「四人いれば、きっとなんとかなるよ」

「渚まで…… まあ、でもそうね。ここまで何事もなかったし、杞憂で終わるよね」

 私の心配し過ぎかもしれない。

「結局、なるようにしかならないんだからさ人生なんて…… 」

 渚は悟ったような表情で呟く。いつか渚の抱えているモノ、そのポケットに触れて本当の笑顔を見てみたい。

その為にも、自身の悩みを吐露しないとポケットの中に触れることはできないと思うから、私は私自身の過去をまた向き合わなくちゃいけないんだ。

「確かに、そうだね」

 私達は商店街を出て、旅館に戻る帰路につく。皆、温泉に入って、眠たくなったのか歩いている時は無言だった。

 もうすぐ十六時だというのに、まだ空は明るい。あれほどうるさかった蝉の声も徐々に小さくなっていく。

 大通りに出ると、観光客も少なくなっていた。汗でシャツが張りつくほどの暑さも今ではいくらかマシになる。たまに吹く生ぬるい風が少し気持ち悪いけど、お昼に比べれば旅館まで歩いていける。

 旅館に着いたら、横になりたいな。あ、旅館ってご飯ついているのかな。

そんなことを考えていると、後ろから声を掛けられる。

「君達、どこの子? その制服ここら辺の子じゃないよね?」

 振り返ると、青い制服に青い帽子を被っている男性警官が私達に声を掛けてきた。口調こそ穏やかだが、疑いの目を私達に向けている。

「私達は学校の帰りで、今から帰るところです」

 疑われないよう、噓をつく。

「ふーん。でも、ここらへんの学校って駅から一時間あるところなんだけど、そこからわざわざ来たってこと?」

 嵌められた。警官は真顔で私達の問いを待っている。

渚達を一瞥する。皆、ゆっくりと首肯する。踵を強く踏みしめる。

「いや、警官さんそれ間違ってますよ~! あそこの看板見てくださいよ!」

 おどけた様子で答えて、警官の後ろにある温泉街を示す標識を指差す。警官はそれに気を取られて、後ろを振り返る。その隙に私達は走る。腕を全力で振る。こんなところで捕まってたまるか!皆でここまで来たんだ。

 いつかは、過去と向き合わなくちゃいけない。だけど、それは今じゃない。

 皆と一緒に逃げ続けてやる。絶対捕まるものか。

渚達は私の前を走っていく。

 私達が逃げ出したことに気付いた警官は、全速力で走ってくる。みるみるうちに距離が縮まる。上を見上げて、息を吸い込む。肺が苦しい。息が出来ない。もう駄目だ……追いつかれる。右手を掴まれ、地面に顔を押し付けられる。

「なんで逃げた? やましいことがあったのか?」

 両手は警官の腕で拘束され、身動きが取れない。痛みはないが、逃げられない強さで調整しているのがベテランの警官というのが感じ取れた。警官は私の答えを待っているが、私は何も答えない。

「何も答えない……か。それならそれでも構わない。署まで連れていく」

 警官は私を立ち上がらせて、手錠を掛けようとする。それを渚と黎明がタックルして止める。

「なこ! 早く! 逃げろ!」

「渚!? 先に行ったんじゃないの!?」

「ううん、なこが心配になってさ。ここは僕達に任せていいから早く逃げて!」

「でも…… 」

 ここで渚達を置いていけない。でも、警官ももうすぐに起き上がってくる。どうしたら……と考えていると、まどかに手を引っ張られる。

「いいから! 行くわよ!」

「まどかまで?」

「貴方を助けに来たのよ。ほら、行くわよ」

 まどかは有無を言わせぬ勢いで、私を引っ張って走らせる。

「なこ! 走って!」

無茶を言わないで欲しい。さっきまで全速力で走っていて、足も腕も限界だ。

喉が渇いて張り付きそうだ。

「ま、まどか…… 待って…… 息ができない…… 休ませて…… 」

「分かった。ごめんね、無理させて」

 まどかは大木の根っこの部分に私を座らせてくれた。

「ありがとう…… い、息を整えさせて…… 」

 肩で息をして、自然の空気を吸い込む。ああ、空気に味があって美味しい。

「二人は大丈夫かな?」

 二人であの警官を抑えられるとは思えない。地面に押し付けられた時、服越しでもごつごつとした筋肉が伝わってきた。あんな武闘派な人間を正面突破で相手をして敵うわけがない。

「心配しなくても、二人なら帰ってくるわよ」

「なんの根拠があって?」

「う~ん、根拠は特にないけど、二人を信じているからかな」

 歯が浮くような言葉を平然と言えるまどかは凄い。

「信じている、か。確かに、信じなきゃ何も始まらないよね」

 あ…… そっか。私は何も、誰も信じていなかったから、誰かに裏切られたんだ。

期待も信用もしていなかったから、誰かの一番になることもない。誰かの特別になれない。

 信じて、手を伸ばさなければ誰も手を取ってくれない。

私に足りなかったのは、そういう信じる心だったのか…… 。

「あ、見て。二人戻ってきたよ」

 まどかの声で思考を中断する。渚と黎明はフラフラの状態で戻ってきた。黎明の髪はぐちゃぐちゃになっていた。

「あの警官マジでやべぇな…… 肩脱臼したかも。それに、せっかく固めた髪が台無しだ」

「僕は腕骨折かな~あはは」

 二人とも制服は泥だらけで、身体もボロボロのはずなのに笑っていた。

「二人とも、大丈夫だったの?」

「ああ、タックルし返されたり、羽交い締めされたが、最終的に俺達が勝った」

「うん。あの警官の持っていた手錠を右手と右足にして、少しの間眠ってもらったよ」

 二人ともやり切った表情で、青空を眺めていた。

「二人とも、よくそんなことできたね」

「ただのマグレだよ。上手くいけばいいってビクビクしながら祈ってたし」

「それでも僕達が上手くいったのは、皆が信じてくれたからだよ。皆、ありがとう」

 渚は深々と頭を下げる。

「信じることしかできなかったけどね」

 まどかは笑いながらいう。

でも、私は最初は信じていなかった。まどかの言葉がなければ今でも半信半疑だっただろう。

「私は、最初は信じていなかった。あの体躯の警官に二人とも敵わないと思ってた。でもまどかに言われて、私は期待すること、信じることを一人で勝手に諦めて、拗ねていたんだ。信じなきゃ、誰かの一番にすらなれないのにね…… 二人とも信じていなくてごめん!」

 私も渚と同じように深々と頭を下げる。

「大丈夫だよ、頭を上げてなこ」

 言われた通り、頭を上げる。

「僕は、そうやって自分の非を認めれる君の方こそ凄いと思うよ。自分を諦めないって感じで凄いと思う」

「渚だって!」

 言い返すが、間髪入れずに渚が答える。

「ううん、僕は、僕をとっくに諦めているから」

 渚は、ひどく苦しそうな顔で地面を自身の掌を見つめていた。

「それって、どういう意味なの」

 前の私なら、こんなこと絶対聞かなかった。でも、今聞かなくちゃ絶対後悔する、そう思ったから。

「ごめん、何でもない。さ、皆、旅館に戻ろう」

 渚は顔を伏せて、先に進んでいく。

「そのことなんだけどさ、俺から提案があるんだ」

 黎明のその提案に、皆黙って耳を傾ける。渚も足を止める。

「荷物だけ取りに行って、どこか別の場所に行かないか?あの警官が近くにいるってことは旅館にすぐに気付きそうだし」

「確かにそれはいい案かもしれないけど、夜は旅館に泊まって朝一番に行くのはどう?」

 黎明は不服そうな顔をしたが、頷いた。

「まあ、夜は危ないしな」

 そうこうしているうちに、旅館に到着した。

「着いたな。部屋に戻ったら、朝すぐに出れる準備をしてくれ。俺は眠たいから準備したら寝る」

 黎明は先に、部屋に戻った。

「僕達も行こうか」

「でもなんか黎明、不服っぽい顔してたけど大丈夫なの?」

 まどかは腕を組みながら、黎明の後ろ姿を見ている。

「大丈夫、きっと警官がすぐ来るかもしれないから不安なんだろう。でも大丈夫さ。何事もなく終わるさ」

 渚のいう通り、何事もなく終わるだろう。現実はドラマや映画みたいに劇的な起こらない。起こっちゃいけないんだ、あんなこと絶対に。

「うん、きっとそう。トラブルなんて起こらないよ」

 私の表情を見て、まどかは何か言いたげだったが何も言わなかった。部屋に戻ると、黎明は布団を被ったまま眠っていた。

 スカートのまま寝ると皺になるから嫌だけど、黎明はすぐ出れる準備をしてくれって言っていたから仕方がない。借りた服は扉の前に、置手紙と一緒に畳んで置いた。洗って返せなかったのだけが心残りだけど仕方がない。

 トイレで下着だけ着替えて、窓側に布団を敷いて床に就いた。


 4


「…… こ! なこ! 起きてなこ!」

 まどかに肩を揺らされ、目を覚ます。

「んん、もう朝ぁ?」

 瞼を擦りながら、欠伸をする。

「そんなこと言ってる場合じゃない! 警官が来てるのよ! 早く起きて!」

 まどかに無理矢理起こされる。頭を振って、夢から覚める。

「え、警官が来てるの?」

「うん、さっき黎明が玄関まで来てるの見てきたの。ほら、早く!」

 来るのが早すぎない?

「う、うん…… !」

 慌てて準備をする。といってもポケットの中に入れるのは財布だけなんだけど。

「なこ! 早く!」

 渚が私の手を掴んで、走る。

「どこに行くの?」

「どこか! ここじゃないどこかに行くんだよ!」

 渚は窓から飛び降りる。

「ち、ちょっと! ここ二階なんだけど?!」

 靴もないし、落ちたら脱臼しそうだ。むしろ脱臼で済んだらいい方かもしれない。

下で渚が手を振っている。

「靴は黎明が持ってきてくれてくれてるわ。はい」

 まどかが私の靴を持ってきて、渡す。

「肝心の黎明がいないんだけど」

 部屋の中だけど、緊急事態だから仕方がない。靴を履き、足に馴染ませる。

「外の様子を見るって言ったきり戻ってこないわね。まあ、大丈夫でしょ」

 ドンドン! と扉が強く叩かれる。

「黎明が来たのかもしれない」

「待って! 開けないで! 何かがおかしい…… 」

 扉を開けようとするのをまどかに止められる。

「おい! ここを開けなさい!」

 この声は、私の腕を掴んだあの警官の声だった。

「なこ! 早く!」

「う、うん! でもこんなに早く見つかるなんて…… 」

 扉はなおも強く叩かれる。まどかが先に窓から飛び降りる。

下でまどかと渚が待っている。私も早く行かなくちゃ。

 警官が扉が勢いよく、開け放たれる。私の姿を確認すると、待てと叫び走ってくる。

窓に足を掛けて、飛び降りようとするも足首を掴まれる。

「逃がすか」

 警官は鋭く冷たい声で射抜く。まただ、また逃げられない。こんなところで私は…… 。

「暁から離れろ!」

 黎明が靴べらで警官の頭を殴る。警官はよろめき、足首を掴む手が離れる。

「今だ! 早く飛び降りろ!」

 黎明は何故このタイミングで来たのか疑問はあったが、ここで逃げないと捕まってしまう。もう足手まといにはなりたくない!勇気を出して飛び降りる。

 足が捻挫することもなく、綺麗に着地できた。上で黎明が叫ぶ。

「警官は、ここで俺が押さえる!だから先に行け!」

「駄目だよ! この旅は誰一人欠けちゃいけないんだ」

 渚が叫ぶ。こんなに感情をさらけ出す渚は初めて見たので驚いた。一瞬あっけに取られたが、私も黎明に向かって叫ぶ。

「早く降りて来て! 渚のいう通り、この旅は誰一人欠けちゃいけないの! それに、まだ抱えているモノは解決してないんでしょ!」

「そうよ! 私達は皆何かを抱えているって言ったのはアンタじゃない!ここで勝手に退場するのは許さないわ!」

 皆で、叫ぶ。

そうだ、黎明があの言葉を言ってなかったら私達は気付かなかった。

 秘密は秘密のままでいいのかもしれない。それでも、光と少しの間話せて楽になれた。

本当のことこそ言えなかったけど、誰かに何かを伝えることってそれだけで凄いことなんだ。

 私は、まだその勇気が出ないけど…… でも、いつかは吐露したい、この気持ちを。

「全く…… 俺がここまでお膳立てしたのに見捨てないなんて、とんでもない奴らだな!」

 そういいつつも、黎明の口角は上がっていた。警官は黎明を押さえつけようとするが、

どこからか取り出したエアーガンで警官を打つと、窓から飛び降りた。

「おう、待たせたな」

「あのエアーガンどうしたの」

「ああ、あれな。こんなこともあろうかと鞄の中に入れておいたんだ。ただ、BB弾が入っていなかったから、朝一から玩具屋回っていたんだ」

 ポケットから手鏡を出した黎明は固めた髪を整えている。ワックスをしている時間があればもっと早く来れたんじゃないかということは心の中だけに留めていよう。

「でも、エアーガン持ってたならさっき使ってくれてもよかったのに」

 掴まれた足首を摩り、黎明に罪悪感を与える。

「あの時は弾丸入れていなかったのから、靴べらでひるませてから、装填してアイツにぶち込んでやろうと思ったんだ」

「最初から刺し違える覚悟だったの? なんでそこまで」

「それはな…… それは…… 」

 黎明は口を濁す。

「まあ、いいじゃん。誰一人として、欠けなかったんだしさ。それよりも、急ごうあの警官がまた追いかけてくるよ!」

 渚が黎明のフォローする。警官が頭を振りながら、鬼のような形相でこちらを見る。

「貴様ら…… 」

「アイツもしつこいなぁ…… 」

「まあ、本来ならこうやって逃げてる僕らが悪なんだけどね」

「じゃあ、渚はここで捕まってもいいの?」

「まさか! 冗談! 行くよ!皆!」

 渚は駆けていく。私達を導くように。

ずっと、こうやって渚の背中を追いかけていきたいな。ああ、ワクワクが止まらない。この旅もずっと続けばいいのに。そんな、絶対ありえないことを想像しながら私達も駆けていく。枠からはみ出すことがこんな楽しいだなんて知らなかった。世界がこんなにも美しいだなんて、私は知らなかった。


 5


 皆で笑い合いながら、走ったあと芝生で寝転んでいた。

「もう、動けない~!」

 芝生の上で寝転がる。太陽が眩しい。手を傘にして陽を遮る。その隣には渚も寝転んでいる。

「警官に二度も追い掛けられる経験なんて早々ないよね」

「早々っていうか絶対ないね」

 渚と二人で笑い合う。黎明とまどかは奥に何かないか見に行ったみたい。気を遣ってくれたのかな、ありがたいな。

「はぁ…… 家に帰りたくないな」

 渚が独りごちる。渚の顔に翳りが見えた。

「私もまだ帰りたくない。行こうよ、どこまでも」

「…… ありがとう、なこ。君と出会えてよかったよ」

 渚は笑った。だけど、その顔は悲しげだった。

今ここで、一歩踏み出さないと私は、ずっと後悔したままだ。それはもう嫌だ。

「ねぇ、渚。言いにくかったら大丈夫なんだけど、渚の抱えているモノ私も肩代わりしたい、だからもしよかったら── 」

 スカートの裾をくしゃくしゃになるまで、握りしめて一つ一つ言葉を紡いでいると、背後から二人の声が聞こえた。

「おーい!あっちにログハウスがあったぞ!ひとまずそこに行こうぜ!」

「あ、もしかしたらタイミング悪かったかも」

 二人ともしまった…… という顔をしている。タイミングが悪すぎる。うう、どうしょう……と悩んでいると、渚は立ち上がって「そこに行こう!」と言った。

 多分、意図して答えを避けた。他人だから仕方ないけど、まだ心の距離を感じてしまう。

私じゃ駄目なのかな…… ううん、諦めちゃ駄目。最後まで諦めちゃ駄目なんだ。

「私も行く!」

 起き上がり、二人について行く。道なりをそって進むと、木造で作られた白いログハウスがあった。

「なんで、こんな森の中にログハウスが」

「さあ、なんでだろうな。走って暑いし中に入ろうぜ」

 中に人がいるかもしれないのに、黎明は扉をノックする。

「返事がない。誰もいないんじゃないか?ここならあの警官も来ないだろうし、入ろう」

「中に誰もいないなら。まあ…… 」

 こんな豪華なログハウスに誰も住んでいないってことあるのかな。

扉は空いていて、中に人の気配はない。木造のいい匂いがする。

「本当に誰もいないのかな」

 靴を脱いで、中に入る。スリッパがあったので使わせてもらおう。

「すきま風が結構あるな。冬は辛そうだな、ここ」

 黎明は柱に手を置いて、のんびりした口調で喋る。

そのまま真っ直ぐ進むと、キッチンが見えた。近くで見るとIHのようだ。

 確かにここで火を使ったら大惨事だ。

シンクも、綺麗にされておりピカピカだった。触ってみると、キュキュッと音がした。

「結構手入れもされてる…… ねぇ、渚。ここ本当は誰か住んでるんじゃ」

 振り返ると、後ろにいる渚は白髪頭の男性に羽交い締めにされていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ