赤根梨加 6
ピリピリ……という言葉と、先ほどまで柔らかかったいろはの声が急に厳格に響いたので、梨加は心臓から震えるような寒気がした。
盥をのぞき込むと、湯に顔が映った。そこに写った顔がひどく疲れた顔だったので、それを消すように急いで手を入れる。
パシャン――
水滴がはねる音がして映っていた顔が起こった水輪で消えていく。水輪は最初、外に外に波のように広がったが、そのうちに、その波が外側から内側の手に向かって収縮するように集まってきた。
お湯につけた手がピリピリと震え、手から澱のような色が出てくる。
その色は、血のような濃い真紅だった。その色をサイが真剣な目でのぞき込んだ。
「……血?!」
梨加がのけぞって思わず盥から手を出そうとしたとき、その手首を正面からサイが押さえる。
「動くな。持って行かれるぞ」
梨加はビクッとして止まる。持って行かれるって何?! そう思ったら、もう怖くて盥をのぞけない。目をギュッとつむって首を横にそらす。しばらくすると手のピリピリは収まり、盥のうねりも静かになった。
「終わった。もう手を動かしてもいい」
サイに言われて恐る恐る目を開ける。怖さで変に力が入ってしまったのだろう首に鈍痛が走った。
「何この色……これが、私の欲?!」
「すごい濃い真紅だな。これは、紅花と合わせるといい色がでる」サイは上機嫌で立ち上がった。さっきまでの彼とはまるで双子の兄弟なのではないかというくらいにこやかな表情を浮かべて盥をかかえた。
「手を拭いて、茶でも飲んで一息ついたら、いろは、手入れから頼む、俺は色を造ってくる!」
いろはの、「あい」という声は届いてないだろう。最後の方は、障子から外に出た廊下から声が響いてきた。
「あの人は、色造りバカと言うべきか、いい欲が取れると周りが見えなくなってしまって」
いろはは障子の向こう側に消えたサイが見えているかのように、目を細めた。声が心なしか一層艶やかだった。
「さ、こちらも、ネイルを塗るための準備を進めましょう」
「盥の水はあんなに真紅だったのに、手にはなにもついていない」
梨加は自分の手を取ったいろはをじっと見つめた。盥が染まったのは、なにか仕掛けがあったのだろうか。欲って何の欲だったんだろう? この人達は何者、魔法使いなの? ここに長居しても……大丈夫なのかな。
逃げたいという気持ちが9割くらいあるのに、いろはの手は吸い付くように気持ちよかった。頭の中がしびれるような感覚を覚えながら、梨加は自分の手をじっと見つめた。