赤根梨加 5
「その、それっておいくらなんですか? 私のために独自に調合するって払えないほどの料金とか取るんじゃ、ないの?」
女性は急に視線を泳がせた。やっぱり。危ない、だまされるところだった。梨加は目に力を入れて彼女を見た。
「そのぅ、今のあなた様に言うとなかなか信じてもらえないかもしれませんが……」
そのとき、正面にいた男がさらに苦いものを呑んだような顔になった。
「いろは。こいつ、面倒な客だな。お前が選ぶやつはいつもまどろっこしいじゃねぇか。いいか、信じるか信じないかは知らん。代金は、『お前の欲』だ」
「……欲? え、物欲とか食欲とかそういう、欲? お金は?」
「俺たちは、金じゃなくて、この世にある欲で商いをしているの」
「なんで?」
ますますワケがわからない。女性……いろはと言うらしい、彼女のきれいに整えられた眉はすっかりハの字になってしまった。
「信じてもらえるかどうかはわかりませんが、人間の感情には色がついておりまして、特に欲の色は濃いのです。それを皆様からいただくことで、私共の爪紅の色を作っております」
「欲を……混ぜる? ますますややこしいというかすごく嫌な奴にはならないの?」
「欲の色はいただいたときには濃く、必要以上の念が込められておりますが、うまく調合するとその強さが前に進む力に昇華しますので、そこはご安心を」
現代の言葉で言うWin-Winというものだと思っております。いろはは、微笑んだ。
「そこは、信用していいわけね? ネイルをしても変なことにはならない……と」
「ま、そこが、調合する俺の腕の見せ所ってわけだ」
ずっと不機嫌だったサイが急に得意げに身を乗り出してきた。梨加としては、じゃあどうやって生計をたてているわけ? と疑問に思ったけれど、お金がかからない、となればやってもいいかも、と思い始めた。
自分の欲を取ってもらって、願いが叶うネイルをしてもらえる。そんなおいしい話が、今、目の前にある。
「ただし、願いがよこしまな場合には、その限りではございません」
いろはの声に少し冷気がともった。梨加はそれが少しひっかかったけれど、それ以上に「なりたい自分になれる」という言葉が頭を占めて離れなくなっていた。
「じゃ、じゃあ、やってもらおうかな」
「承知しました。では欲は前払いになりますので、少々お待ちくださいませ」
待つように言った上で、いろはがサイの後ろの障子戸を開けて外に出る。そして程なくして、湯気の出る盥を持ってきた。
「こちらの盥に手をつけていただきますとあなた様の欲が流れ出て参ります。最初のうちは多少ピリピリしますが、じき収まりますので少し我慢をお願いします。手をつけている間は、何が起こっても決して盥から手を出さないでくださいませ」