赤根梨加 4
新調されたい草の香りがすがすがしい。おばあちゃんの家で畳がきれいになる時に、こんな風に緑の濃縮した匂いがしたなと懐かしく思い出す。なのに、目の前の男は苦々しい顔を見ると全く台無しだ。
「そこ」
ぶっきらぼうに指で示されたところは、畳が切られていた。その手前に座布団がおいてある。梨加は正座のまま、座布団のところまで近づいて、足を中に入れた。
「……暖かい」
掘りごたつになっているのだろうか。下からじんわりと暖気が上がってくる。梨加のつぶやきとほぼ同時に正面の障子戸がカラカラと音を立てて開いた。女性がお盆に湯呑みを載せてはいってきた。
「いやだ、そんなところから普通に入れるのなら、そちらを案内してよ」
梨加は場の気まずさに救いを求めるように女性に言った。彼女は少し眉を下げて微笑むと、横にお盆を置く。目の前にいた先ほどの口の悪い男性が馬鹿にしたような声で言った。
「こっちは、裏方が出入りするところなんだよ。茶室の仕組みも知らないのか、お前」
なによ、この男……。梨加は奥歯をギュッとかんで睨む。
「サイ、お客様に失礼ですよ。申し訳ございません。彼は腕利きの色造り職人なんですが、どうにも口が悪くて。でも、彼の造った爪紅はとてもめづらしきもの。あなた様の願いにあわせて世界に一つしかない爪紅を仕立てるのです」
「願いにあわせて……? なんだかそれ、怪しい」
「願いにあわせて、というのが怪しいなら、願いが一つかなうと言い換えましょうか」
そんなのますます怪しい。この女性は何を言っているのだろう、時間を損したかも。梨加は立ち上がろうと畳に手を置いたのに、なんだか力が入らない。女性はそのままたたみかけるように言った。
「考え方はいたってシンプルです。色彩心理学、という言葉もある通り、人は、まとう色で印象が変わります。逆を返せば、願いをかなえるためには、まず身近な色から変えると自分の思い描いている姿に近づく、というわけです」
女性はうたうように言いながら、梨加の腿の上に膝掛けをかけ、橋を渡すように小机を置いた。その上に、湯呑みを載せる。
「夜も更けて参りましたが、どうでしょう。あなたの願いに合わせて爪紅を施してみませんか?」
怪しい、と思う気持ちは変わらなかったけれど、願いが叶うという言葉が耳の奥で行ったり来たりしていた。ネイルをするだけでなりたい願いが叶うなら、別に魂を抜かれるわけでもないし、遅いついでにやってもらってもいいんじゃないの?
自分の中で声がする。待って、値段は?! すごい値段を取られるんじゃないの? 梨加は頭を振った。そうよ、肝心な金額を聞いてないじゃないの。