結成
「それでは、第一回のPSIRTのミーティングを開催いたします。わたくしはPSIRTの責任者を拝命しました、エレノア・ブライトン臨時少佐ですわ。以後お見知りおきを」
小さな会議室に、エレノアの声が響く。参加者は私を含めて七名だ。
ちなみに、「臨時少佐」というのは、地球の省庁に例えるなら、空席の課長の臨時代行をヒラ職員がするようなもので、特に偉くなったわけではない。エレノアにはPSIRTに関する指揮権は与えられているが、待遇は少尉のままだ。そんな不安定な立場であることもあってか、エレノアの公爵令嬢然とした態度は、いつもよりは控えめである。
「本日お集まりいただきましたのは、他でもない『蒼き夕空』を名乗る者による爆破事件の件についてですわ」
エレノアは、少しばつが悪そうに指を弄る。
「……話を始める前に、最初に告白しなければなりませんわね。この事件の責任の一端は、わたくしにございますの」
会議室が緊張が走った。ピンと張り詰めた空気の中、エレノアは続けた。
「――最初に彼らがわたくしに接触してきたのは、わたくしのプライマリー・スクール時代でしたの。わたくしは当時から、一般市民と専門市民の格差に疑問を持っておりましたのよ。できるなら平和裏にこの星から格差をなくしたい。当時からそう思っておりましたの」
参加者達がざわつき、お互いの顔を見合った。
ブライトン公爵令嬢であるエレノアが公の場でそのような発言をするのは、一大スキャンダルに等しい。けれども、エレノアは臆する様子も見せない。
「『蒼き夕空』は、格差の撤廃を標榜する地下活動組織ですわ。しかし、彼らの真意は不明。今となっては、本当に地下活動組織かも怪しいですわね……。少なくとも、彼らはわたくしの想いに乗じて接近し、火星アストロ・レールウェイ公団に侵入するために、わたくしを利用したのですわ。現にミニツアーの開催は中止。火星アストロ・レールウェイ公団のイメージを失墜させる結果になっていますわね。彼らの狙いは、アストロ・レールウェイを妨害し危害を加えることであると想像できますわ」
私とルナにとってはもう既に知った情報だが、エレノアがここまで包み隠さず話すとは思っていなかった。内心ドギマギしている。ましてや、事前に何も知らされていなかった他の参加者は、目に見えて動揺していた。特に一般市民の職員三名は、先入観とは異なるエレノアの言動をどう受け止めて良いのか考えあぐねているようだった。
「少なくとも、彼らと交流を持ったことは、わたくしの人生で最大の過ち。これ以上、お客様の安全に関わる問題を看過するわけには参りません。自らの行動の責任を取る意味でも、旅客の安全を脅かす事態は防ぎたいと考えておりますの」
エレノアは悔しそうな表情で、言葉を捻り出す。
「――けれども、残念ながらわたくし一人でできることには限りがございますわ。チームで対処すべきだという総裁の意向を受けて結成することになったのが、このPSIRTですのよ」
事件以降、エレノアは火星からの脱出手段の確保という裏の目的は捨て、この火星アストロ・レールウェイ公団での安全確保に責任を持って全力を尽くすと総裁に伝えた。ここに出席しているメンバーは、その観点で選ばれた者達だ。
そして、エレノアは身を乗り出して、一人一人に語りかけた。
「わたくしの思想や信条については横に置いておきますわ。賛同していただく必要もございません。ただ、今回の事件を含めて、火星アストロ・レールウェイ公団で発生したインシデントを調査し、対策を講じ、旅客の安全確保に力をお貸し願いたいと考えておりますの。ただ、お察しの通り、PSIRTの活動には様々な危険が予想されますわ。もし参加を希望されない場合、遠慮なくご退室なさってくださって構いません」
数名は腰を浮かせる。
「――けれども、このエレノア・ブライトン、全力で取り組んで参りますわ。是非、皆様のお力をお貸しくださいませ」
エレノアが深々とお辞儀をした。ブライトン公爵家の者が、一般市民の前で頭を下げる。その光景に誰もが言葉を失った。
……。
………。
結果として、誰も退室しようとしなかった。いや、できなかったというのが正しいかもしれない。彼女の気迫に圧倒されて、身体が一ミリも動かせなかったのだ。
頭を下げているのに、このオーラを出せる人を私は他に知らない。国王陛下ですら出せないかもしれない。覚悟を決めたエレノアは本当に強い。
もちろん、それだけが留まった理由ではない。私達にはアストロ・レールウェイの職員としての安全確保の責務がある。彼女個人を責めることは容易だが、安全には何も寄与しない。清濁併せ呑み、前へ進むのがプロとしての覚悟だ。それは皆の表情が物語っていた。
ここは、私が呼び水役になることにしよう。
「はーい! 私、やりまーす!」
私が手を挙げると、ルナもそれに続いた。
「私もです。『安全の確保は、輸送の生命』ですからね」
「……何ですの? それは」
エレノアの問いには、私が答えた。
「地球アストロ・レールウェイ公団の安全綱領の第一条ですよ。それでは、ルナ《《准尉》》、安全綱領唱和!」
「はい、少尉」
「安全の確保は!」
「輸送の生命!」
「規程の遵守は!」
「安全の基礎!」
「執務の厳正は!」
「安全の要件!」
「よろしい。……とまあ、こんな感じで、地球側の公団では事あるごとに唱和するんですよ。大切なことなので」
……ちょっと、滑稽だけどね。
「感謝いたしますわ。ぜひ地球の知見の共有をお願いいたしますわね」
それに続いたのは、丸顔のお嬢様だ。
「エレノア様、昔から変わってないねぇ~」
マイペースで、おっとりとした口調だ。
襟には青みがかった銀色の紋章が光る。六本線のアスタリスクはカンティド伯爵家の紋章だ。医療部門の白い制服に、DOCTORの文字がある。
「――私は、医師のキアラ・カンティド大尉。ブライトン公爵に依頼されて、王立中央病院から出向してきました。皆様~、お見知りおきを~」
「キアラ様、感謝いたしますわ」
「堅苦しいお礼はいいよ~。友達なんだから」
こうして、お互いに自己紹介する流れとなった。
「私は、火星車両センター開発課のヒカリ・サガ少尉です。地球アストロ・レールウェイ公団から出向してきました。よろしくお願いしまっす!」
ウィンクして挙手の敬礼をして見せる。
……だれも反応してくれない。ノリ悪いな、この人ら。
「ルナ少尉です。ヒカリの妹で、同じく地球から出向してきました。所属は営業部営業課旅客サービス企画係です。よろしくお願いします」
続いたのは、ターナー少尉だ。
「私は、保安部のフィオナ・ターナー少尉。よろしく」
浅黒い肌に、ショートヘアの若い女性少尉。襟に紋章はない。二十一世紀のアニメに出てくるとすれば、何となく棒とかブンブン振り回してそうだ。
そして、チェガル少尉。
「俺は、火星車両センター製造課と航宙機関士兼任のアルバート・チェガル少尉。よろしくな!」
小太りで、テカる頬と額。いかにも機械弄りが好きそうな万年少尉のおじさんという感じだ。この独特な雰囲気の人は、技術復興省でもよく見掛けるタイプである。地球のエド中佐のような気難しさはまったく感じられない。
ちなみに、チェガルとは中々珍しい名前だと思ったら、漢字表記は、なんと諸葛らしい。諸葛といえば孔明。まさか、三国志の罠が火星でも待ち構えているとは。多分関係ないけど。
最後に、このテーブルの上に足を投げ出す不遜な態度の人物が、リッチモンド大尉。
「運転課のパイロット、レオナルド・リッチモンド大尉」
一目でエスプロリスト号のパイロット、クレイ中尉と同類だと分かる。パイロットってみんな態度悪いよね。何かそういう流行でもあるのかな。ただ、こっちは何となく俺様感が強めだ。
何というか、このチームは変人揃いのような気がしてきた。
――まあ、私は違うけどね。
〈お姉様は間違いなく変人枠です〉
――えぇ~。
Vルナ様は手厳しい。
エレノアは皆の顔を見渡して、ほっとした表情を浮かべる。
「皆様、感謝いたしますわ。それでは、早速ではございますが、まず時系列の整理から――」
これが、私たちPSIRTが、市民階級や立場を越えて、アストロ・レールウェイの安全向上のために歩み始めた瞬間だった。
第三章PSIRT編につづく
ここで一旦休載となります。




