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アストロ・レールウェイ ―火星姉バカ放漫軌道―  作者: 井二かける
第二章 波乱の火星編 セクション5: レジスタンス
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KA★I★ZEN


 そして、朝が来た。


「姉さん、行きましょう」

「うん」


 自室の扉を開け、エントランスホールへと向かう。


 エレノアの姿を見つけ、駆け寄る私。


「おはよう! エレノア!」

「……ごきげんよう、少尉」


 エレノアはそう言った後、小声で捲し立てるように続けた。


「ヒカリ、今日は一昨日までの通りにするという話だったではありませんの!」

「あ、そうだった。ごめんね~」


 と、私は頭を掻く。


「……ヒカリ少尉はもっと真面目に生きるべきですわね」

「同感ですね。おはようございます、ブライトン少尉」

「おはよう。ルナ少尉」


 エレノアの襟には流星をかたどった金色の紋章が輝いている。それは、彼女が専門市民である証、ブライトン公爵家の人間である証、そして彼女の青春(レジスタンス)の終わりの証だった。けれど、彼女の表情に一点の曇りもなかった。


「では、計画通りに」


 私たちは解散し、火星アストロ・レールウェイ公団の本庁ビルや、工場を歩き回る。宇宙駅弁アストロ・ベントーやミニツアーの改善点を聞いて回るという体だ。名付けてヒカリ式KA★I★ZEN作戦。


 今、ブライトン公爵家の一族は、襟にブライトン公爵家の紋章を付けている。その他の専門市民も、各々の紋章を襟に付けている。


「あら、ヒカリ少尉。ごきげんよう」

「おはようございます、グリームシア大尉」


 襟に輝くのはブライトン公爵家の紋章だ。ただし、銀色のそれは分家を表している。グリームシア家はブライトン公爵の分家なのである。


「ミニツアーは好評でしたわね。でもわたくし、思いましたの――」


 次々と繰り出される回りくどい苦言を聞き流す。エレノアとも最初はこうだったなと、少し懐かしくなる。いつか、グリームシア大尉とも仲良くなれれば良いのだが。


「ヒカリ少尉、おはよう!」

「おはよう、えぇと、フィオナ・ターナー少尉」


 彼女の襟には何もない。一般市民である。ルナの地球式カトラリー捌き教室のおかげで、一般市民からも声を掛けられるようになった。


「えっ、名前覚えててくれたのー!? 嬉しい」


 ごめんなさい、ぶっちゃけ職員名簿と照合しただけです。どこで会ったかも覚えていません。


 適当に会話を切り上げ、廊下の徘徊を続ける。


 十二時の方向、中年男性が接近。


――げ、私の上官だ。


 ちょっと苦手なんだよなぁこの人。何を言っても待機を命令してくるし。


「ブライトン少佐、おはようございます!」

「おはよう少尉」


 襟には紋章が――ない。まさか。


「あぁ、すまない。これを付けないとな」


 慌ててピンバッジを襟に付けるブライトン少佐。金色に輝くブライトン公爵家本家の紋章だ。そうだよね、この人、一応私の直属の上官だもんな。


「いやあ、これを付けてると、エレノアが、ギャアギャアうるさいからね……」


 ……あぁ、そういうパターンもあるのか。


 そういう言い方をするということは、それなりにエレノアに近い親族なんだろうな。エレノアは親族の中では陰謀論に染まった面倒くさい娘みたいな扱いだったんだろうか。それは少し同情しちゃうな。


 ちなみにブライトン少佐は、五人いる。同族企業(?)はこれがややこしいね。


 こうして声を掛けて回っているうちに、分かったことがある。


 やはり尉官には一般市民が多い。専門市民の尉官は三割程度で、総じて見習いか社会経験を積むための修行といった雰囲気だ。お客様待遇で、手の汚れる仕事は何もしていないように見える。どちらかというと、エレノアもこの手の部類だ。修行組の中にはブライトン公爵家の以外の者もいるようだが、少佐以上の職員となれば百パーセント、ブライトン公爵家の一族だ。見たくなかった現実が可視化されていた。


 エレノアは胸が張り裂ける想いだろうな。


 でもまあ、大昔の偉人は言いました。KA★I★ZENの第一歩は可視化だと。


「さてと、次は誰にしようかなぁ」


 ふらりと食堂の近くまで足を運ぶ。この辺りには専門市民は寄りつかない。エレノアを除く普通の専門市民は自室で食事を取る。少し勘の良い専門市民は、食事のことで一般市民から後ろ指を差されることを感じているからだ。


 ところが、そこには意外な顔があった。


 以前、給仕係の訓練にちゃっかり参加していた、あの大佐である。部門が違うのに訓練に参加していたので、この人のことは強く印象に残っている。


「あ、大佐! この前はどーも」


 大佐は一瞬驚いたのち、小鼻の横を掻いた。


「……ああ、少尉。ええと、君は確か……」

「先日、給仕係の訓練を主催した――」

「ああ、そうだった、そうだった」


 ふと首元に目を遣る。ブライトン公爵家謹製の金銀ピカピカの紋章が――ない。職員名簿にも彼の顔はなかった。

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