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アストロ・レールウェイ ―火星姉バカ放漫軌道―  作者: 井二かける
第二章 波乱の火星編 セクション5: レジスタンス
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エレノアの過去(1)

 エレノアは研究開発卿の家に生まれ育った。常に新しい科学技術を探求し、火星社会の発展に寄与することがその使命だ。ブライトン公爵家は、火星入植当時から代々研究開発卿の地位を受け継ぎ、様々な分野で基礎研究から実用化研究に至るまで研究活動を担ってきた。


 エレノアは、幼少期から英才教育を受け、地球換算で七歳になる頃には、体験学習として研究活動に参加するようになった。当時から宇宙に興味を持っていたエレノアには、五十メートル級の電波望遠鏡の優先利用が認められていた。


 夜空を見上げれば、青白く輝く星が一つ。あれが地球だ。


 地球との連絡が途絶して既に約二世紀が経過した。もちろん、途絶した当初は皆がこぞって地球の観測を試みたと記録されている。しかし、いくつかの状況証拠から地球の人類は滅んたと結論づけられて以降、人々の関心は急速に失われた。今となっては、あえて地球に望遠鏡を向けるのはエレノアぐらいだった。


「ヘイ、アシスタント。望遠鏡の方角を設定。地球を精密に追尾してくださる?」

『地球を自動追尾します』


 モニターには続々と観測結果が表示されていく。エレノアは父親のブライトン公爵と共にそれを眺めていた。可視光ではあれだけハッキリと見える地球が、電波望遠鏡にはほとんど何も映らない。他の研究者にとって、地球はお世辞にも面白い観測対象とはいえなかった。


 しかし、エレノアにとっては何もかもが新鮮だった。今、最も近い惑星である地球。それは遠い昔、祖先達が旅立った惑星だ。ひょっとしたら、祖先達が置き忘れてきた携帯端末が今も電波を発しているかもしれない。そんなことはあり得ないと分かりきっているが、想像するだけで楽しかった。喜々として隅から隅まで観測データをチェックする。やがて、微かな光点を見つけたエレノアは、満面の笑みで指さした。


「お父様! ここにピークがありますわ」

「エレノア、これはノイズではないかな。あるいは他の天体の干渉かもしれない」


 と、ブライトン公爵は口ひげを撫でながらエレノアに応じた。しかし、それで引き下がるエレノアではない。


「知ってますわ! ……でも、お父様、この光は瞬いてますわ。ヘイ、アシスタント、一〇〇〇メガヘルツ帯を強調表示してくださる?」

『強調表示します』

「ほら、六秒周期で規則的に明るさが変化してますのよ」

「六秒周期――地球の方角にパルサーがあるのかもしれないが……。ヘイ、アシスタント。この明滅の厳密な周波数を特定できるか」

『一一七六・四五メガヘルツです』

「私の記憶では地球のGNSS衛星の周波数だったと思うが」

『その通りです。データベースによると、周期はL5信号の周期に一致します』

「エレノア、すごいぞ! まだ検証は必要だが、地球軌道上で機能しているGNSS衛星が存在してる可能性を示したんだ」


 もしそれが事実ならば、二つの可能性が示される。一つは人類が滅亡し何のメンテナンスを受けていない人工衛星が数世紀も機能し続けている可能性。もう一つは人類は滅亡しておらずメンテナンスを続けている可能性だ。いずれにしても大きなニュースに違いなかった。


「やりましたわ! やっとキアラ様にも自慢できますわ!」


 キアラは、医療卿であるカンティド伯爵の娘でエレノアの友達である。


「……いいかい、エレノア。この研究成果は家の外の者には教えてはいけないよ」

「お父様、どうして?」

「火星の社会で生き残るためには必要なことなんだよ」

「でもでもお父様、知識は科学の発展に欠かせない公共財だと、先生が仰っていましたわ」

「そうだね。理想としてはそうだ。でもね、この星では、専門市民として社会から必要とされるためには知識の独占も仕方ないんだ」

「キアラ様に教えてもいけないの? お父様も医務卿と一緒にお仕事なさったら良いのですわ」

「そうできれば良いのだが、家の領分を侵したと思われるだろうな。火星はそういう社会なんだ」

「火星なんて大嫌いですわ!」

「……エレノアは正しいよ。しかし正しいだけでは人は動かないのだよ。いつの日かエレノアがキアラと一緒に働ける日が来る。でもそれは今じゃないのだよ」

「むう」

「エレノア、怒らないでおくれ。地球に人類が生存している可能性が明らかになれば、火星の社会は大混乱に陥るかもしれない。エレノア一人にその責任を負わすわけにはいかない。いつか適切なタイミングが来たら必ず公表するから、その日までは家の中の秘密にしておくれ」

「約束?」

「ああ、約束だ」

「それまで火星の誰にも言いませんわ」



 ……。


 …………。



「――それが、火星の社会のあり方に疑問を抱いた最初の出来事でしたの」


 エレノアが遠くを見つめる。当時と同じように、夜空には地球が輝いていた。


 エレノアがGNSSの電波を観測した頃、私は八歳、ルナは四歳だった。あの頃の私とルナは毎日のように夜空を見上げていた。もしかしたら、エレノアとお互いに見つめ合っていた瞬間もあったのかもしれない。何となくエモい話だ。



「それから公表されたのはいつだったのですか?」


 ルナが尋ねると、エレノアは少し口角を上げた。


「……火星と地球との交信が復活した時のことは覚えておられますわね」

「もちろん。地球でも大騒ぎになったよ」

「私が火星を目指したきっかけです」

「そのメッセージはご存じかしら」

「確か、『火星より地球へ 誰か見ていますか? 返事を待っています』のリピートメッセージだったよね」


 すると、エレノアは自慢げに微笑んだ。


「そのメッセージを送ったのは私ですのよ」

「ええっ」

「本当ですか?」

「こっそりと隠れて送ったのですわ」

「約束を破ったことになるのでは」

「あら、わたくし、火星の誰にも言わないと約束しましたが、それ以外の惑星のことは何も約束していませんわよ」

「えぇ……」

「その後、父にこってり叱られましたけど。私の研究成果は公表せざるを得なくなりましたの。もちろん今はもうそんなことはしませんわよ」

「いや、それはどうだか」


 つい先日、エレノアに上手いこと乗せられて宇宙駅弁アストロ・ベントーを開発したような記憶はあるが。



「それで、反抗少女エレノアは、グレていったと」

「人聞きの悪いことを仰らないでくださいまし。でも、確かにそうですわね。あれは、私が義務教育を終える頃のことでしたわ――」


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