P.S.I.R.T.
人払いされた、総裁室。
総裁のデイモス・ブライトン公爵を前に、私たち三人は、緊張の面持ちで直立している。
まあ、地球側には伏せることにしたものの、やはり内々で済ませられる話ではなく、結局、エレノアは父親のデイモス・ブライトン公爵に相談したのである。私とルナにとってはとんだトバッチリである。
「ヒカリ・サガ少尉、ルナ少尉。忙しいところすまないね」
「いえ、またお目にかかれられられて光栄ですわおほほほほ」
壊れたロボットのように返答する私。ルナが顔をしかめて私の袖を引いた。
「……お姉様」
公爵は苦笑する。
「……普通にしてもらって構わないが」
「すみません」
偉い人の前ではなんか調子が狂うんだよねぇ。
「娘からは既に聞いたが、『蒼き夕空』から接触されたというのは本当なんだね」
「はい」
「……詳しく話しもらえるだろうか」
「国王陛下が下車された後、その人物が現れました。こんな風に――『我々は、アオキユウゾラさ★』」
私はキメ顔で、前髪を指で弾く。ポーズを決めると、エレノアが「プッ」と吹き出した。
「『反体制派だなんて人聞きが悪い。火遊びはほどほどにね、お嬢様★』」
ビシッと公爵に向かって指を指す。
エレノアは肩を震わせながら、私の足を踏みつける。反対側からはルナのローキック。痛い、痛いって。
ルナは溜息交じりに公爵に説明を始めた。
「愚姉が大変失礼しました。正確には――」
ルナがいきさつを説明すると、公爵の顔色が変わった。
「つまり、その人物は職員でもないのに、アストロ・レールウェイの制服を着用し、列車に同乗していた。しかも、国王陛下のお言葉を聞ける距離にいたということなのか」
つまり、セキュリティが完全にザルだったということだ。公爵は渋い表情でこめかみを押さえた。
私は端末に国王陛下との記念写真を表示して、説明を加えた。
「この隅に写ってる人物だと思います」
公爵は目を見開いた後、頭を抱えた。
「……な、なんだこの写真は。ヒカリ少尉……」
「姉には後でよく言い聞かせておきますので」
「……ああ、頼むよ」
公爵とルナが深い溜息をついた。国王陛下との自撮りツーショットが何か問題あったのかな。そういえば本国にも怒られたっけな。
「まあいい、この人物がそうなのだね」
「はい。私とルナの記憶から抽出した映像もいくつかあります」
「つまり職員として完全に溶け込んでいたと」
そこへ、エレノアが慌てて補足する。
「わ、わたくしが手引きしたわけではありませんわよ」
「エレノア、分からないか。もし国王陛下に何かあったなら、エレノアが真っ先に疑われていたはずだ。この国の最高司法権は国王陛下にある。例え無実でも処刑されていたかもしれない」
「申し訳ございません、お父様」
「分かればいい。ただ、国王陛下も目を瞑ると仰ったのだから、今回は見過ごしてくださるだろう。ただ、今後も疑いの目は向けられるだろうな」
「……」
「ヒカリ少尉……いや、ヒカリ三等書記官、ルナ三等書記官、これは貴国への個人的なお願いだが、もし万が一のことがあったとき、エレノアの亡命を受け入れてくれないだろうか。娘の命だけは何としても守りたいのだ」
「えっ、はい。できる限りのことは――」
ルナが私の言葉を遮る。
「残念ながら、それは私たちの一存で決められることではありません。本国は火星政府との確執を恐れて亡命を受け入れない可能性もあります。ただ、可能な限り、受け入れるよう本国に掛け合うことはお約束します」
ルナの言うとおりだ。私個人の意思を無視して火星への派遣を強要した地球政府である。エレノアのことよりも、火星政府との関係を優先する可能性は高い。
「感謝する。そんな事態にならないことを願うが」
一方、エレノアはどうにも肩身が狭そうだ。悔しそうに唇を噛む彼女の表情を見ると、どうしても黙ってはいられない。
あくまでも地球出身の私からすれば、彼女の考えは一理あり、単純に否定されるべきものではない。ここは助け船を出したい。私は雄弁に語れないが、ルナならできる。私はVルナを脳内に召喚する。
「しかし、ダイモス様。率直な意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「構わないが」
「地球政府としても火星の格差社会に起因する情勢不安は憂慮しております。両国関係の前進のために、アストロ・レールウェイが果たすべき役割は大きいはずです。駅弁という形でその端緒を開き、可能性を示したのはエレノア様のお考えによるものです。結果的に、『蒼き夕空』や、アストロ・レールウェイのセキュリティの問題を炙り出しました。もう少し、エレノア様をご評価なさってもよろしいのでは」
「……物は言いようだな」
「国王陛下にも自らの手を動かすよう仰っていただきました。エレノア様は、蒼き夕空ではなく、アストロ・レールウェイで大暴れするべきです!」
「しませんわ!」
すると、本物のルナが、私の耳元でささやく。
「……お姉様は詰めが甘いです。Vルナにはあとで話があります」
そして、公爵に向き直った。
「ブライトン公爵、現実問題として、エレノア様が《《大暴れ》》して地球に《《避難》》しなければならない状況を想定した場合――」
「大暴れはしませんわよ!」
「――今のアストロ・レールウェイの技術は充分でしょうか」
「いいや。少なくとも、地球側の散逸した亜光子渦流のみで航行できる技術。さらに、火星軌道上で、次の最接近を待つ最大26ヶ月間、物資やエネルギーの供給がなくても生活できる高エネルギー効率の車両の開発も必要になるだろう」
「今の開発部隊でそれは可能ですか?」
「不可能だ。到底人手が足りない。専門市民の人口は限られているし、人手の奪い合いだからな」
「今アストロ・レールウェイができるのは、専門市民だけでなく、一般市民の職員にも専門教育を行い、技術者として育成することです」
公爵は顎に手を当てる。
「……ふむ、それは専門市民の反発が大きいだろうな」
「ただ、こうなってしまった以上、エレノア様の理想をアストロ・レールウェイの中に作ることが、万が一に備える最善の選択肢になります」
「確かにその通りだ」
「今、アストロ・レールウェイは開業に向けて人手不足です。私たちが遭遇したエアセクションの問題の解決も急務です。大義名分はいくつもあります。エレノア様に関する真の目的を隠すことができるでしょう」
「だが、アストロ・レールウェイ全体でそうするのはまだ早い。そうだな、まずは私直轄の小さなチームを作ろう。例えば、旅客安全性インシデント対応チームはどうだろうか」
略してP.S.I.R.T. か。何か格好いい登場ポーズを考えなければ。
私とルナは一礼する。
「ありがとうございます」
「……ルナ少尉、君が地球で准尉なのは実に勿体ないな。ぜひ火星に永住してほしいものだ」
「いえ、私は」
「ああ、分かっている。火星にはまだ君たち新人類の市民権はないんだったな。格差社会も窮屈だろう。魅力的に思ってもらえる社会を作らなければならないのは我々の方なのだが……」
その後、他愛ない会話を交わして、私とルナは総裁室を後にした。エレノアは居残りである。




