化け猫のお母さんと子猫達
草木の芽吹く春。
落葉樹や雪でしんみり寂しかった野山にも次第に色が増えてきました。
寒さが和らぐにつれ、動物達が元気に動き出します。
ミカン腹でまるまるとまるくなっていた化け猫達も、コタツが撤去されたことで居場所を失い、自然の恵みを求め野山にやって来ました。
化け猫のお母さんは食糧を得るため狩りをしようと、桜の木に化けています。
獲物の目を引くため、たくさんの体毛を桜の花に変え、ゴテゴテとデコり、映えを意識して盛りに盛っています。
花びらは、白色に近い山桜とは異なり、主張激しく濃い桃色です。
そこへ、ミミズクが一羽やって来ました。
「ほー、ほーんま、えぇー木が見付かりましたわ、やっほー、ほー♪」
映え重視のミミズクは、山びこに話し掛ける程にご機嫌です。
ミミズクは、木が化け猫とは気付かぬまま、頬袋からおやつを取り出し、命知らずにも休憩を始めました。
みずみずしいミミズ食い散らかすミミズク。
むしゃむしゃごっくん、胃袋に収めていきます。
すべて食べ終わると、くちばしを上下に大きく開き、今度は大あくびです。
ねむねむと、羽でまぶたを擦っています。
このまま化け猫のお母さんが枝を伸ばしミミズクをくびり殺してしまってもよいのですが、この日、お母さんは子猫達に狩りの練習をさせることにしました。
子猫達は化け学がまだ未熟なため、魔方程式を覚えきれておらず、完璧な木には化けられません。
枝を数本伸ばしたり、小さな花を咲かせたりするのがやっとです。
僅かに覚えている魔方程式により、どうにか尻尾を植物に変え、体に二本の桜の枝を生やした子猫達。
体の毛をブチッと引き抜く感覚で、二匹は体から生えた枝をそれぞれ一本、ボキンッとへし折ります。
痛みで「「 にゃー」」と鳴きたいのを我慢し、子猫達は毛を逆立て髭をピンと伸ばし無言で耐えます。
「ほー、ほーほけきょと鳴くのは誰かいな、ワテかいな、んな訳あるかいな、ひゃっほー、ほー♪」
山びこは無視を決め込んでいるようですが、返事がなくてもミミズクが気にする様子はありません。
よほど機嫌が良いのでしょう。
そしてまた大あくび。
ねむねむと、羽でまぶたを擦っています。
まるで酔っ払いです。
子猫達は手折った枝を利き手に持ち、お母さんからの合図をじっと待ちます。
「ほー、ほーけきょ」
どこかで本物のウグイスが鳴きました。
春を告げる美しい鳴き声は、ミミズクの鳴き声とは比べようもありません。
ついちょっと前までぺちゃくちゃ鳴いていたミミズクは、化け猫のお母さん扮する木の枝に止まったまま、何の反応も見せません。
ミミズクは夜行性ですから、日が高くなる今の時間に眠るのです。
化け猫のお母さんは、毛をブチブチ抜く感覚で、桜の花びらをひらひらと落とし、子猫達にミミズクの眠りが深いことを知らせました。
子猫達が構えていた枝を投擲します。
「「 えい、にゃー!!」」
枝は槍のように空を割き、ミミズクに……あぁ残念、あと猫数匹分届きませんでした。
バサバサバサッ
子猫達の気合いは大きな鳴き声となりミミズクの耳に届いたようです。
危険察知能力に優れたミミズクはハッと目覚め、放たれた枝からひらり身をかわして飛んで逃げていきました。
狩りに失敗した子猫達。
しょんぼり肩を落とすと、元々が四つん這いだったということもあり、お腹も地面にぺたぁーとついて、べたぁーと腹這いの姿勢になりました。
「「 ぐにゃっ!!」」
桜の木の姿からしゅるるんと元の化け猫姿に戻ったお母さんは足元の様子がよく見えていなかったようで、子猫達はお母さんの肉球に踏まれてしまいました。
内臓の位置を踏まれ奇声を発した子猫達ですが、その後はマッサージに足の裏の肉球を狙い踏みしてもらって嬉しそうです。
「「 にゃっ、土筆!!」」
地面に顔もへばりついて偉大なる自然とほぼ一体化している子猫達は、目線と同じ高さにある、土からにょきり顔を出した土筆を見付けました。
「「 えい、にゃー!!」」
お母さんに佃煮にしてもらおうと、子猫達は張り切って引っこ抜きます。
すぽぽん
土筆が根から抜けました。
にょろろん
生ミミズのおまけ付きです。
バサバサバサッ
飛んで逃げたはずのミミズクが、みずみずしいミミズ食いたいが一心で舞い戻って来ました。
「ほー、ほーしーい! ミミズ食いたい、ほー、はいほー、 子ねーこがー好ーきー ♪」
すぐさま残りの枝をボキンッとへし折り投擲の構えをとった子猫達でしたが、ミミズクが口ずさむ替え歌に、良心の呵責で投げるのを躊躇しました。
バサバサバサッ
ミミズクは、その隙にミミズ咥えて飛び去ります。
「「 にゃ!? にゃー、待つにゃー!」」
子猫達はまたもやミミズクを逃がし、肉球で地団駄を踏んで悔しがります。
また、枝をへし折った時の痛みがぶり返してきて、苦しそうです。
化け猫のお母さんは、肉球でペシペシ背中を叩いて子猫達を慰めます。
バサバサバサッ
ボテボテボテ
見上げると、ミミズクが上空を旋回しています。
地面には、転がる三つのミカン。
「ほー、ほーほっほっほっ、ほー」
バサバサバサッ
悪役令嬢の高笑いを残し、ミミズクは遠い空へと消えていきました。
化け猫のお母さんと子猫達は、山桜の下に腰掛け、さっそくミカンの皮を剥かんと爪を立てます。
爪をミカン色に染め、自然の恵みに感謝してミカンを食べます。
「「「 美味しいにゃー」」」
白い花の隙間から溢れる春の柔らかな日を浴びて、まるまるとまるくなってお昼寝する化け猫三匹でした。