友人の幽霊
夜。とある男子高校生。彼は自室にて、勉強机に頬杖ついて大きく欠伸をした。
怠けていたわけではない。熱心に勉強し、ちょうど集中力の切れ間。そして事が起こったのも、その時であった。
「ふぅー……」
「よぉ」
「ん、おう。……おおう!?」
彼は振り返ると同時に驚きの余り、椅子からずり落ちた。無理もない。彼の背後に立っていたのは
「お、お、お、まえ、え、どう、え、ゆ、幽霊?」
「おう。でもそんなハッキリ言われると、ちょっと落ち込んじゃうな……」
「え、あ、ご、ごめん」
「……うっそーん! いやもう、マジで体軽いんだよ! 気分までフォオオオウ!」
「い、いや、夜中だし騒ぐなよ……はは、ははは……」
彼は立ち上がり、椅子に座り直す。その間も後もまじまじと見つめるその相手、それは幽霊。それもクラスメイトかつ友人であり数週間前に交通事故で死んだ少年だったのだ。
「だいじょーぶだいじょーぶ! 俺の声、お前にしか聞こえないみたいだから」
「へ、へぇー、そうなのか?」
「そうそう、他の奴らのところに行ったんだけど駄目駄目。ぜーんぜん聞こえてないみたいでさぁ。
むしろお前、よく聞こえたな! すげーよ! 波長が合うっていうの? 親友だな!」
「は、ははは……」
「なんだよ、嬉しくないのか? ま、そうだよなぁ。幽霊だもんなぁ……。
でもあの子の下着の色とか俺知ってんだけどなぁ、さっき見て来たし」
「え!? あの子って、あの子か?」
「おうよ。他にも色々とみんなの情報を」
「親友よ」
「はっはぁ、現金なやつだなぁ。はははっ、はははははっ!」
と、笑い合い、談笑しているうちに彼の中から恐怖心は消えていった。
「幽霊って本当に足がないんだな」
「まあ浮けるし必要ないからだろうな」
「じゃあチンコも消えたか?」
「おいおい、ちゃあーんと立派なのがあるよ」
「本当かぁ? ま、元々ないようなものだっただろうけど」
「おいおいおい見くびるなよ、ほれっ」
「おーい、見せるなよ!」
と、時間が経つと、いつもと変わらない冗談も言えるように。やがて外のほうで小鳥が鳴きはじめると、彼は少し涙ぐんだのを欠伸のせいにしつつ、幽霊となった友人と別れたのだった。
「じゃあな……向こうでも元気でやれよ……」「ああ、また……な……」と。
……が、次の晩。
「おいっすっすー」
「おおう、いや、来るんかいっ」
「あっはぁー! 成仏したと思ったっしょ? してないんだなーこれが」
「はははっ。雰囲気出してたのになぁ」
また笑い合い、談笑する二人。しかし、彼の目は友人の手ばかりに向いていた。
いや、正確に言うと手があるべき箇所。友人もそれに気づいたようで、言った。
「ん、ああ、気になるよな。手」
「あ、ああ……どうしたんだ? ないじゃないか。昨日まであったのに」
「ああ、消えたみたいだな。まあ、考えてみれば足同様、使い道ないからなぁ」
「そ、そうか……」
「あ、チンコは消えてねーから安心しろよ」
「心配してねーよ。馬鹿、だから脱ぐな! いや、そもそも手を使わずに脱げんのかよ!」
「はははははははははははっ!」
その夜も、くだらない話で盛り上がった。そして、その次の夜も。
「おいおいっすすすっー!」
「ああ、おう。元気だなって言うのも変な感じだ……な……」
「はははははははははっ! いやー! 死んでみるもんだな! 気分が明るいよマジで!」
「その、そうか、でもお前、体がなんか……」
「ああ、凹んでるよな。気分は上がってるのになぁ! はははははは!」
「いや、ははははは……」
「多分、心臓とか臓器が消えたんじゃないか? ま、必要ないもんなー。……でも、でも、でもでもでも、ご安心を。チンコは」
「心配してないっての!」
「ははははははははははーはっはっはっはぁ!」
さらに次の夜も。そしてその次の夜も幽霊となった友人は訪ねて来た。だが……。
「な、なあ、お前」
「んっふふふーん?」
「その、触手みたいなのさ」
「ああ、これ? チーンコ!」
「いや、嘘だろははははは……腕のほうから生えてるしさ、ははは……」
「ああ、これな。逆に必要だから生えたんだろうなぁ逆に逆に」
「ああ、ん? 必要なのか……?」
「ああ。他の幽霊を捕まえるのに便利なんだ。こうっ、シュパッて感じでさ」
「他の……? まあ、いるにはいるか……でも、捕まえてどうするんだ? 鬼ごっこか何かで遊んでいるのか?」
「ははははははははは食うんだよはははははははっ! 鬼ごっこってお前、ははははははははっ!」
「いや、そんな笑うことかな、ははははは……食う、ね。ははははは……」
次の夜も。二日ほど跨いだ夜も、その次も。幽霊の友人は訪ねて来た。
彼は次第に口数が減り、今では会話は完全になくなった。
しかし、それはいくら話しかけられても無視しようと決めたというわけではない。
友人は耳をなくし
髪の毛をなくし
目を増やし
触手を増やし
口が裂け、なおかつ増えもしたが言葉をなくしたためだ。
そして、彼は恐ろしく思った。
夜、時に曇り空の日中でも、うしろについてくるアイツは俺が死に、幽霊になるのを待っているのでは。食うために。会話できなくなったのも、必要ないと判断したからではないだろうか……と。