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神様候補は失踪する  作者: 海野桃
1/1

神様候補と身代わり少女

「花代」


背後からかけられた声にきょとんとした顔で振り向いた少女は、優し気な顔の少年を見ると快活な笑顔を見せた。


「しゅー、どうかしたの?」


「そっちこそ、何してるの?」


付き合いの長さ故の気安い会話が二人の間で飛び交う。花代と呼ばれた少女は、真っ白な髪をツインテールにし、桜舞う庭で踊っていた。アップテンポなダンスは、日本舞踊よりもJポップアイドルによっているように思える。

少女は、少年の問いかけに我が意得たりというしたり顔で頷いた。


「当然、ダンスの練習だけど?」


「・・・決意は固いんだ?」


しゅーと呼ばれた少年は、少し寂しそうな笑顔を見せながら少女に問う。


「当たり前でしょ!これでも待った方よ。私は明後日の誕生日のあと、村を出ていく。それで、アイドルになるの!」


「花代はまだ15歳だろ?」


「そうね、しゅーと同い年だから」


「15歳で、一人暮らしなんて・・・心配だよ。もう少し大人になってからでも」


少年は、そう語り掛けながらも少女の気持ちが変わらないことを十分理解していた。


「もう16よ。アイドルなんて消費期限が早いんだから、これでも遅い方。私はもっと早く村を出たかったんだから」


「そういうもん・・・?」


「そういうもんよ」


少年と少女は、顔を見合わせるとくすりと笑いあった。


「まあ、安心なさいな。すぐにテレビで毎日見かけるようなアイドルになるから。私のことを推すといいわ!」


「いや、この村テレビないし」


少年の冷静な反応に、少女は呆れたような声を上げる。


「本当にアナログよね、この村。テレビもない、修学旅行でしか外の世界を見られなかったわ。しかも外で暮らせるようになるのは16歳以上じゃないといけない掟があるなんて、文明から見放されすぎだわ。何よ掟って!」


「俺に言われても・・・」


「そりゃ、そうだけど・・・。ところで何の用なんだっけ?」


「ああ、村長が呼んでたよ」


「村長が・・・?」


怪訝な顔を見せた少女は、自分を納得させるように呟いた。


「姉さんの誕生日の件かしら・・・。まあ、行ってみるわ。ありがとう」


真っ白なツインテールを左右に揺らしながら、駆け出した少女を、少年は眩しそうに見送った。



************************



「今日から氷姫の代わりになれ」


村長にそう言われた時、花代は思わず「はあ?」という声が出そうになったのをすんでのところで踏みとどまった。


「どういう、ことですか?」


おっとりとした垂れ目に似合わず好戦的な性格の花代は村長をじとりと睨みつけた。そんな花代の無礼と意にも介していないのか、気が付いていないのか村長は冷淡に語り掛ける。


「氷姫が脱走した」


「はあ?」


今度ははっきりと口に出した。村長に睨まれると、失言を誤魔化すように花代は問いかけた。


「脱走って・・・、どういうことですか?」


難しい顔をした村長は、しかし花代の望んだ答えは返してこなかった。


「わからん。3日前の朝、書置きを残して従者と共に失踪した。方々探したが、まだ見つかっていない。全く・・・」


村長は厄介事を持ち込まれたとばかりに煩わしそうな表情を見せた。一方で花代は自尊心だけは立派な村長に対して軽蔑の目を向ける。


「3日も何をしていたんですか?それに、代わりになれってどういうことですか?氷姫は秘匿の存在なことくらい、村の人間でも知っています。氷姫が失踪したことと、私が氷姫の代わりになることの必要性が結び付きません」


「それについては、お前が考えることではない。もともとこの村は、氷姫のためにあるのだから。お前は本来の役目を果たすだけだ」


「そんなの・・・建前だけの話ではないんですか?」


花代の反論は、しかし通らない。村長は、花代の言葉を聞いていないのか話を進める。


「お前には、元々氷姫についていた護衛をつける。詳しいことは千草殿に聞け」


「は・・・」


花代がなおも反駁しようと声を漏らし、沈黙する。今まで誰もいないと思っていた背後に、視線を感じたからだ。


「千草殿、あとはよろしく頼む」


花代の背後に立つ青年は、村長にそう声をかけられると、小さく礼をした。


「おい、行くぞ」


そして、花代をぞんざいな手つきで立ち上がらせる。


「自分で立てるわ。それに、私は村長に話がまだあるのよ。邪魔しないで」


「無駄だ。もう話は終わった。行くぞ」


「ちょっと!」


もう話をする気はないらしく、他人のような顔をした村長はそそくさと部屋を立ち去る。そんな村長に追いすがるように視線を向ける花代を強引に千草は部屋から連れ出す。


「ちょっと、どこに行くのよ!」


「着けばわかる。少しはその煩い口を閉じていろ」


おっとりとした垂れ目を精一杯吊り上げて抗議をする花代に対して、千草の返答はにべもない。


「花代」


ふと、向かいから声がした。


「しゅー」


甘い声を返す花代に、ぴくりと眉を吊り上げたのは千草だった。


「村長の話なんだった?それにその人は・・・」


「下賤、許可なく話すな」


そう千草が秀の言葉を遮ると、路傍の石でも見るような顔つきで秀を見下ろし、花代の手を引く。その場には、状況を飲み込めない顔で固まる秀だけが残された。



************************



「ちょっと!いい加減説明しなさいよ!」


はたして千草が連れてきたのは、村長の屋敷の中にある六畳ほどの和室だった。屋敷の中でも奥まったところにあるその部屋は、村長の屋敷の中といえど渡り廊下で繋がっているだけの離れ小島のようだった。和室の中には漆で出来た机と、座布団が二つ置かれている。千草は部屋に入るとようやく気難しそうな顔を花代に向けた。


「ねえ、なんだっていうの?私はまだ何の説明も受けてないんだけど!もがっ」


「一度黙れ」


千草は右手で花代の口を塞ぎ、左手で花代の両手を拘束する。花代は唯一自由に使える瞳で、精一杯に千草を睨む。


「座れ」


「もがが」


「早く」


ゴミでも見ているかのような顔でにらまれ、花代は渋々といった顔で古びてぺしゃんこになった座布団に座る。


「お前にはこれから氷姫、すなわち白雪様の代わりになってもらう」


「その話はもう村長に聞いたわよ。もっと詳しく話せって言ってるの」


苦々しい顔で舌打ちをした後、千草は探るような表情を花代に向けた。


「・・・現人神の話はどこまで知っている?」


「昔話程度なら?」


いきなり話が変わったことに戸惑いながらも花代は答える。


「そうか。じゃあ、説明してみろ」


「説明?なんでまた・・・」


「お前が思っている情報と俺が持っている情報が一致しているかを確かめるためだ。場合によってはお前に教育をつける必要があるから、お前の方から語った方が、手っ取り早い」


鋭い視線でそう睨まれて、花代はようやく少し冷静になる。小さく咳払いとしたあと、花代は語り始めた。


「かつて、神という存在が世界に生まれた。神々はあらゆる異能を駆使し、人々を助けた。

異能を持つ神は八百万。水をつかさどる神、火をつかさどる神、様々な神がいる。人々の生活に、神々は欠かせないものとなった。しかし神にも寿命がある。高位な神ほど寿命が長く、異能の力が小さい神ほど寿命が短い傾向にあるがそれでもだいたい寿命は千年程度。

寿命を全うした神は、次世代の神に異能を引き継ぐ。次世代の神は人の中から神が選ぶ。私たちが暮らすこの村は、神々が次世代の神を選ぶために作った箱庭である。


・・・みたいな昔話とも言い切れないような昔話が私たちの村では小学校では教えられるんだけど」


少し気恥ずかしそうに語る花代に、千草はふむと納得した表情を見せた。


「なるほど、大体わかった。そして、氷の神であるところの氷姫に次世代の神として選ばれたのがお前の双子の姉である、氷室白雪様なことも、当然理解しているな?」


「当たり前でしょ?白雪は、神に選ばれたからこそ村を出て行って、村に守られているのだから」


「神に選ばれたものがどこにいくかは知っているか?」


「氷の宮と呼ばれる離宮で暮らしていると聞いていたわ。そこで護衛に守り囲われ、外には情報が一切でないと。・・・だから私たち家族にも、白雪がどう過ごしているのかはよく分からないのよ」


花代が嘆息する。千草はそれを表情のない顔で見ていた。


「その白雪様が失踪した。だからそれが外部にばれないように、白雪様が見つかるまで白雪様の代わりをしろ、それが花代。お前に与えられた仕事だ」


「それがよく分からないのよ」


千草の言葉に、花代は憮然と抗議する。


「次世代の神、村の外では現人神と称される白雪たちは、外どころか私たち村の者にさえ情報が知らされないわ。家族だからこそ白雪が次世代の神だと私たちは知っているけれど、外の人間には白雪が神に選ばれたことすら知らない人間がほとんどじゃないの?だったら、もとから存在していないのと同じよ。顔写真も公開されていないでしょう?それなのに、白雪の代わりを務めることに、意味なんかあるの?・・・・確かに、私と白雪の顔は似てるのかもしれないけど」


「それが、お前が怒っていた理由か?」


少し意外そうに千草が問いかける。


「それだけじゃないわ!急にそんなことを村長に言われた挙句、私に状況説明してくれるはずの男は失礼だし、実際今まで何の説明もないし!」


「失礼な男もいたものだな。苦労するな」


「あんたのことよ!・・・それに、私はこんなところで足止めを食らっているわけにはいかないのよ」


親指の爪を苛立たし気に噛む花代の腕を、千草は掴む。


「安心しろ。疑問には答えてやる。お前が白雪様の代わりを務める意味は、ある」


「は?」


「白雪様は、顔写真付きで外の世界に公開される。・・・俺の婚約者として」


「・・・は?」



************************



「いいか?白雪様は今、体調を崩しており病気療養中という名目だ。氷の宮にもから離れた場所で静養すると伝えてあるから他の神様方にも連絡を控えるように伝えてある。だからこそ、氷の宮に戻ったら、少なくとも睦月様はお見舞いにいらっしゃると思う。睦月様はもともと白雪様に対しても友好的だから、まずは睦月様のことを覚えろ」


初めて千草と会った時に連れてこられた小さな和室で、花代は千草に強い口調でそう告げた。花代は千草に状況を説明してもらった日から、村長の屋敷の中にある離れ小島。この小さな和室に閉じ込められていた。千草の言葉を借りるなら、「白雪様の代わりと務めるにあたって、必要な情報を教えこむ」のみこの和室に閉じ込められているのだった。

若干げんなりした顔で、花代は千草を見る。


「ねえ、千草」


「なんだ?」


「意外なんだけど」


「何が?」


「私、白雪の代わりになるなんて一言も言っていないわよね?」


「様をつけろ、様を。お前と白雪様では立場が違う」


「それなのに勝手に部屋に閉じ込められて謎の教育が始まったと思ったら、やってることってほとんど神様たちの人物紹介じゃない。これって意味あるの?」


花代は千草の言葉を無視したまま問いかける。千草は、そんな花代のことをじっと見た後、嘆息した。


「意味がないことを、しているように思うか?」


「それが分からないから聞いているのよ。千草も村長も回りくどくて何が言いたいのかいまいち伝わってこないわ」


「・・・村長に会ったのか?」


「会ってないわよ。この前村長に氷姫の代わりになれって言われた時のことを話しているの。だって、この部屋に連れてこられてから千草以外の人と私、会えていないじゃない」


元々花代は暗くもないがおしゃべりでもない、という性格だ。だから誰とも自由に語れない状況に文句はなかったが、千草とだけ楽しくもない会話を続けるのもいい加減気づまりだった。それは千草も同様らしく、どこかげんなりした表情で花代に語り掛ける。


「安心しろ。あと数日したらここから出してやる。その時には俺以外の護衛も来るから」


「護衛?千草は白雪の護衛なの?婚約者なのに?」


「様をつけろ、様を。そうだな、現人神の方々には専門の護衛がつく。大体3人前後が相場だが、白雪様にも護衛が付いていたんだ。その護衛が白雪様の失踪が原因でいなくなってしまって、新しい護衛を決めるのに時間がかかっていたんだ。流石に俺に一人でお前の護衛をするのは荷が重いからな」


「ふうん・・・というか私の質問に答えているような答えていないような回答をするわね、いつも」


「そうか?本当に俺が白雪様の護衛なのかって質問じゃないのか?」


「そりゃ、そうだけど。そうじゃなくて、この前はどうして白雪のことが外に公表されるのかって聞いた時に、俺の婚約者だーってだけ語ってやめちゃったし。今日は、千草が白雪の護衛なことは分かったんだけどなんで白雪の婚約者でもあるはずの千草が白雪の護衛もしてるのかって聞いたの。言葉が足りなすぎるのよ、千草は」


「なれなれしいな、お前は」


「言っときますけど、私は白雪の双子の妹なの。白雪の家族!白雪と千草が結婚するってことは、私とも家族になるってことなんだから、そういうことをようく考えたうえで私には対応した方がいいわよ」


「心配するな。俺は、白雪様と婚約したつもりはあるが、氷室家と家族になる予定はない」


「え?」


「俺は現人神の誰かと婚約できればよかった。白雪様じゃなくても。たまたま現人神の中で婚約できそうな妙齢の女性が白雪様しかいなかったから白雪様と婚約しただけだ。第一、俺が恋愛結婚するように見えるか?」


花代はふるふると首を振る。


「見えない、けど。・・・どうして」


「俺の本業は政治家だからな」


花代はきょとんとした顔を千草に向けた。それが、政治家という聞きなれない単語に当惑したのか、政治家と結婚という言葉が上手く結びつかなかったか判断しかねたのだろう千草は、ゆっくりと問いかける。


「政治家って、分かるか?」


「馬鹿にしないでよ。学校で習ったわ。村の外世界を統括している人たちよね」


「・・・まあ、大体あってる」


「・・・それで、千草が政治家なことと、白雪と婚約しなきゃいけないことがどういう関係があるの?」


「俺の政党は、『神々の育成を目的とする省』の政策を推し進めていってるからな」


「つまり、どういうこと?」


「政党ってわかるか?政治家が所属するグループみたいなところなんだが・・・」


「まあ、」


「そのグループにみんな所属するからには、なにかしら理由がある。じゃなきゃ一人でいた方が楽だからな。理由の一つにみんなが同じ志を持っていること、なんていうのが挙げられる。俺たちは『神々の育成を目的とする省』で進めている政策を応援するっている共通の志を持って一緒にいるんだ。だから群れている」


「・・・そういう考え方なのは、千草だけだと思うわ」


「へえ?」


千草は、花代の言葉に意外そうな顔をする。花代の考え方を示して見せろと、顎でしゃくる。


「多分、何かのグループに所属して一緒に行動しているのはその方が楽だからよ。一人で考えて、行動できる人間は意外と少ない。誰かと同じ場所にいるうちは自分も安心できるからね。草食動物が群れて行動するのと同じ原理じゃない?自分が死ぬ確率を少しでも下げるため。あとは、群れ、今回でいると政党かしら?政党にブランドイメージが付いていると、本人に価値がなくても、その政党にいるってだけで本人が立派に見えたりするものよ。立場は人を良く見せるから。政治家って、選挙?で誰かに選ばれないといけないんでしょう?所属しているのは単に、自分が選んでもらえる確率を上げるためじゃない?」


「・・・お前、意外と賢いな」


「馬鹿にしてるの!」


「してないしてない」


いつもより軽い口調の千草に、一瞬怒ってみせた花代もくすりと笑う。


「それで?千草が政治家なことと白雪の結婚はどう関係があるの?」


そう問いかけると、千草は歯切れ悪そう人ぽりぽりと頬を掻いた。


「『神々の育成を目的とする省』は、現人神に援助をするのが仕事なんだが、身も蓋もない言い方をすれば、それは神様に媚びを売っているという行為なんだ」


「なるほど?それって何か意味があるの?」


「村の外には自動操縦ロボなんてものが闊歩して、嫌なことはやらなくても毎日が快適に過ごせるようになった。そんな怖いものなしな人類が、唯一恐れているものはなんだと思う」


「身内の裏切り?」


大真面目な顔で答える花代に、千草はくすりと笑った。


「それもあるな。だが、それも対策出来ないわけではない。人類が何の対策も出来ず、ただただ受け身で恐れているもの、それは地震や豪雨などの自然災害だ」


「なあんだ。でも、それも耐震工事したりとか、対策しているでしょう?」


「それも完全ではない。いかに対策したとしても天災が起これば少なくない犠牲者が出る。だからこそその自然の部分を司る神様にお願いして、どうか俺たちを守ってくださいっていうのが『神々の育成を目的とする省』の考え方だ。現人神の方々は、いずれ神になられる。だからこそ、神の前世とでも言えるだろう今のうちに出来る限り媚びを売ってなるべく助けてもらおうってわけだ」


そこまで聞いて、花代はきょとんと首を傾げる。二人は随分長いこと話し合っている。いつもお茶を淹れて持ってくるのも全て千草が行っていたため、部屋に入る人もなく、飲み物で口を湿らせるなんてこともなかった。でも、不思議と花代は疲れを感じなかった。親へ絵本の読み聞かせをねだる子供はこんな気分かもしれないと思いながら、真剣な顔で千草の言葉に耳を傾けている。そんな最中、ふと湧き出た疑問を、花代は口にする。


「今の白雪たちに媚びを売って、どうするの。だって、神様は千年も生きるのでしょう?だったら、今現人神に媚びを売ったところで、いざ神になって暫くたつとそんなことも覚えていないんじゃないの?」


「まあ、それもそうなんだがな。ならない偽善よりやる偽善というスタンスらしい。人間は、信じたいものだけ信じるからな」


「ふうん?」


平淡な口調で相槌をうつ花代は、ふと襖の外に目線を移した。おそらくいつも通りの春の陽だまりのような日差しが降り注いでいるであろう外には人ひとり分の気配も感じることができなかった。そのことに、うすら寒さを感じながらも、こういう環境だからこそ、千草は自分をここに連れてきたのだろうと花代は悟った。

そして、まだ答えてもらっていない質問にゆっくりと触れる。


「それで、千草が政治家であることと、白雪が千草と婚約したことは、どう関係があるの?」


ここまで聞いておいて、まだ分からないのかという呆れかえった視線を、千草は花代に向ける。


「何よ、その眼は」


「いや、察しがいいのか悪いのかよく分からんなと思って」


「千草は言葉が足りなすぎるわ」


「それもそうか」


小さく口角を上にあげると、千草は真っすぐ花代を射貫くように見つめた。


「神様に媚びを売って、神様に助けてもらおうとする怪しい連中が何を考えるかなんだが」


「怪しい連中って・・・千草もそうなんじゃないの」


「そう。俺も含めて怪しい連中だ。現人神に媚びを売ろうという考えの根幹にあるのは、神様に助けてもらおうなんだから、俺たちを裏切れないくらい大切な人を人間の中に作ってもらうのも有効な作戦というわけだ」


「まさか・・・」


ふふっと思わず声を出して花代は笑った。しかし、千草の目は真剣だった。


「そのまさかで合っていると思う。神様も、元家族なら手を出せまい。つまり、現人神の家族になって、人間を助けずにはいられないくらい大切な存在にしてしまおうという、いわゆる人質作戦だな」


「それで、その人質が千草ってわけ?」


「まあ、そうなるな。これが俺が白雪様と婚約に至った経緯だ」


「外の人たちが何を考えているのかよくわからないわ」


「そういってやるな。やつらも真剣なんだ」


「千草の外の人たちでしょう?」


「そう俺も含めてだ」


千草と花代は顔を見合わせて少し笑いあった。そして、ふと我に返ったように千草が真剣な顔をして花代を見る。


「と、言うわけで花代には悪いが白雪様が見つかるまで、もしくは俺と白雪様が正式に婚姻するまでの少なくとも1年間。ここで白雪様の代わりとしてもらうことになる」


「・・・1年間?」


その花代にとっては長すぎるほどに長い期間を口に出された瞬間、初めて千草から名前を呼ばれたとか二人で笑いあうほどに打ちとけてきたとか、そんな感慨はまるで消え去り、花代の顔はぴしりと音を立てて固まった。



************************



「わっ」


顔面に大きな木の枝を打ち付けられた瞬間、花代は両手で顔を抑えてうずくまった。頬や目の周辺を軽く撫でで、傷になっていないことを確認すると、ほっと息と吐く。

今、花代は真っ暗な自然のトンネルの中を一人で進んでいた。それはもともと森の中の一部なのだろうが、鬱蒼と茂りすぎた木々のせいで光の差し込む余地は一切なく、通るものの恐怖心をあおり、視界を奪い続ける。

そんな恐怖の森の中を、花代はたった一人で迷うことなく進んでいた。


「こんなところに1年間もいなきゃいけないなんて冗談じゃない・・・」


目の前を邪魔する草木を鬱陶しそうにどけながら、花代はそう呟く。

花代が村長の屋敷を抜け出して1時間ほどの時間が経過していた。花代が歩いているのは、村から外へと繋がっている抜け道だった。通常村から外へは特殊な道路でつながっており、通るためには許可がいる。おそらく千草は花代を連れ戻そうと正規ルートから追いかけてくるだろう。一刻も早くここから逃げ出す必要があった花代は、やっとのことで鉄製の重い扉に到達した。全身の体重をかけて扉を開けると、やたらと狭い出口に到達する。


「は・・・?」


出口から全身をひねり出すようにして出てきた花代が驚いたのは、村の外の様子が自分たちが普段暮らしている村とあまりにも違うからでも、出口を抜けてみるとそこがマンホールに繋がっていたからでもない。


「おい、見つけたぞ。帰ろう」


どのくらいの時間、そこにいたんだろうか。その場で茫然と立ち尽くしていた花代の腕を掴んだのは、同じくマンホールから出てきたであろう千草だった。千草は、自分に気づいているのかいないのか反応なく立ち尽くしている花代を怪訝そうに見る。


「どうした・・・花代?」


花代は、目の前の巨大モニターを見つめたまま千草に語り掛ける。


「ねえ・・・どういうこと?」


「何が・・・?」


囁くように小さい声で呟いた花代に呼応するよように、自然千草の声も小さくなる。


「どうして・・・白雪の写真と名前が発表されているの?」


「・・・は?」


花代のその言葉に、千草は心の底から意味が分からないという顔で反応した。



************************



「行きに通ってきたマンホールから帰るぞ。周りに気づかれないようにそっと通れ」


千草の声に小さく首を縦に振ると、花代は千草の後についてマンホールの中に滑り落ちた。


「一体何が不思議なんだ?白雪様の顔写真と名前が公表されるなんて元々言っていたことだろう?」


花代が見つかったことに安堵しているのか、帰り道の千草は少し饒舌だった。


「こんな急なんて聞いていない」


のろのろと千草の後をついていく花代は、呻くように呟いた。


「それが後か先なんて、一体何の問題がある?どうせ晒されるのは白雪様と、せいぜいが俺の情報だ。お前には一切関係ないだろう?」


「問題大ありよ!」


絹を裂くような花代の悲鳴は、真っ暗な森の中で嫌に大きく反響した。びくりと肩を震わせた千草は、思わず後ろを歩いていた花代の方を振り向いた。


「花代・・・?何を泣いているんだ?」


窺うように、腫れ物に触るように花代におずおずと話しかけた千草は、想像以上にショックを受けているように見える花代に、しかしどうやって接していいのか分からないようだった。


「私・・・私は、白雪と似ているというだけでこれから白雪の代わりをさせられるのよ・・・?」


ぐずぐずと鼻をならしながら花代はそう問いかけた。


「ああ・・・そうだな?」


「さっき、マンホールから外に出た時に、周りの人の視線、感じた?」


「いや・・・別に?」


「あんた、ちょっとはそういうの気にした方がいいわよ」


呆れたように千草にそう言うと、花代はなおも語り掛ける。


「私、周りの人に見られてた!」


「そりゃ、見られるだろう。目の前にモニターに映っているのと同じ顔の人間がいるんだから」


「わかんないの!?私かこれから一生村の外にいる時は白雪と同じ顔の人間として見られることになるのよ!」


至極当然といった顔で答える千草に、花代はかっと叫ぶ。


「それが何か問題か?」


もどかしそうに腕を振りながら花代は千草を睨む。


「どうして・・・私がこれから外で生きるのにこんな生きづらいことってないわ!私がこれから一生他人に現人神の氷室白雪と同じ顔の人間として見られるのよ」


「花代は村の外で暮らしたかったのか?それならそうと早く言ってくれればよかったのに。安心しろ、影武者を務めてくれた報酬は弾む。花代が外でも不自由なく生きられるように俺たちが家も用意するし、金も渡す。・・・それに、村でも氷室家は現人神を輩出した家として知られていただろう?今の状態が外でも起こるだけだ。なんの不自由がある?」


「問題あるのよ・・・私は・・・私は、アイドルになりたかったの。それなのにこんな、1年も村で待ってたら私はチャンスをみすみす逃す。それに、現人神と同じ顔の人間なんてどう考えても厄介案件よ。普通にオーディション受けても通るとは思えない」


悲痛な声でそう告げる花代の言葉に、千草は目を見開いた。確かに現人神は国が警護している国家機密の存在でもある。どう考えても現人神と血縁者の人間なんて普通の事務所ならきな臭すぎて雇おうとは思わないだろう。目の前の、少女の夢を、人生を一つ摘んでしまったという事実に千草は言葉を失い、目を見開いた。


「花代・・・」


ぎこちない手つきで花代の涙を拭おうとした千草は、花代にその手を振り払われる。


「もう、いい」


「・・・え?」


「もう、いいわ。村の外に出るのもいったんもういい。アイドルになるのも、いったん保留する」


「・・・いいのか?」


「とりあえず白雪の代わりになるわ、完璧な。そうして白雪の居場所を奪う」


「花代?」


「心配しないで?私、千草にも怒っているから。私の夢を潰した千草にも、私に厄介事を押し付けた白雪にも。私は二人に復讐する。二人が不幸になるなら、私は幸せになんてなれなくても構わない。死んだ方がましだって目に合わせてあげるから、安心してよ」


そう言ってにっこりとほほ笑んだ花代は、千草がこれまで見た花代の表情の中で最も美しかった。

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