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俺たちの世界湯けむり漫遊記  作者: 幹竹
序章:始まりの街 トレヴゼロ
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005:出発


「師匠、そろそろ旅に出てこようかと思います」


 2人分の昼飯を屋台で調達して、師匠の営んでいる風呂屋へと向かった。

 本を読みながら番台で店番をしていた師匠が顔をあげて俺をみた。50歳は過ぎているはずだが、肌のハリもよく、目に力もあるので若々しく見える。顔に刻まれた皺だけがそれなりの年月をかもしている。

 その目がぎょろりと俺をにらむ。


「んあ?なんだおまえまだ行っとらんかったのか」

「ぐうううすいません今まで踏ん切りがつきませんでした!」


 俺は数年前、旅に出ることを師匠に相談していた。

 両親と付き合いはあるが、そこまで親目線で言ってくるわけではない大人。相談しやすさは段違いだった。

 同じ街に住んでいるが、そんなに頻繁に顔を見せているわけではない。ひと月に一度だったり、数ヶ月空いたり、用事がなければそこまで会うことがない。でも、別に用事がなくとも顔を見せることはできる。そんな適度な距離を置いて付き合える数少ない大人の1人だった。


「わりと思い切りはいいほうだと思っとったが、意外だったな」

「いやあ、俺もです……まさかこんなに両親に言い出しにくいとは……」


 番台から出てきて、そこらのテーブルに腰掛けた師匠のところに昼飯を広げながら、俺もなんでこんなに言えなかったかな〜と何度目かの反省をしていた。

 近所に3日くらいの旅に出るなら、両親にも「ちょっと野宿してくる」と言ってふらっと出られるのに。


「その様子ならもう許可は取ってきたのか」

「はい、早く言い出さないか待ってたらしいです」

「だろうな」


 ごっふ。

 豚肉を薄切りにして葉野菜と炒めたものと、白パン、野菜がいろいろ入ったスープを2人でつつきながら話す。気負いしないで話せるいつもの空気だ。


「ううう……そんなわけで、明後日くらいに出ます。1〜2年くらいで一度帰ってきたいな〜とは思ってるんですが、いかんせんどのくらいかかるかはわからないので……」

「おう、気にせず行ってこい。ってーか、若者が後ろを気にしてどうする」


 師匠もそれなりの年だ。冒険者として無茶もしてきたらしいから、もしかしたら平均寿命よりも先は短いかもしれない。治癒魔法はあるが高いし、そもそも病や怪我はともかく、老衰にはあまり効かない。

 今生の別れかも知れないとうっすら思っている俺は、やや涙目になったのを隠しながらスープを飲み干す。


「はい……師匠もお元気で」


 そんな俺に気づいているのかいないのか、いや多分気づいているだろうけど……。師匠はニッと悪い笑みを浮かべた。


「土産期待しとるぞ」

「うっ酒ですね、はいはい。あ、でも師匠、酒飲みながら風呂はだめですよ」

「わかっとるわい。幻の火龍の酒とかな?」

「まあ、見つけたらがんばって買いますよ」


 そんなの買えるかな?

 師匠はたまに気持ちよく酔っ払うと湯に浸かりたがるが、酒飲んで風呂はだめだ。それこそぽっくりいってしまう。

 俺がこの街に戻ってくるまではがんばってほしい。




 ひと通り挨拶もすませ、帰り道に雑貨屋をのぞいて買い忘れたものを補充していく。

 出発が近づいていることにそわそわする。



◇◇◇



 俺は宿屋の風呂につかり、しばらく考えこむ。



 世界を回ってみたいなんて格好つけてたが、本当の本音は「温泉巡りがしたい」というシンプルなやつだ。


 だって、俺はこの街の温泉が、温泉のすべてだと思っていたのに、そうではないんだぞ?

 お湯の色だっていろんな色があるらしいし、効能だってその温泉ごとに違う。そして温泉に付属して発展した街だって千差万別あるらしいと知った日には、本当に天地がひっくり返ったような心持ちだったのだ。


 そして同時に、湧き上がるワクワクした気持ちを抑えられなくなった。

 その日から俺は、旅をする準備を始めたんだ。

 俺の狭い世界を切り開いてくれた師匠にはほんとうに感謝している。


 そして温泉といえば火山、火山といえばドラゴン。

 幻の火竜に、良き温泉との出会いに恵まれますようにと、火山の方角に向かってここのところ毎日俺は祈っていた。



「あ〜……、でもウチの風呂は最高だなあ……」



 今日はそれまで泊まっていた宿泊客が朝早くに出発して、後続がなかったので風呂に入り放題だ。

 ただし、お湯を沸かすために自分で火の魔石を用意する必要がある。せちがらい。客がいないのにわざわざ沸かしはしないからしょうがないとはいえ。


 でももうしばらくこの湯に入れないとなると、やはり味わっておきたいなと思って俺は自腹で魔石を用意した。


  5人くらいが湯に浸かればいっぱいになるくらいの広さの湯船をぐるりと囲んだ洗い場が、湯気でくもっている。湯の花も風情だが、清潔が一番なので定期的に湯を抜いて掃除をしているうちの風呂。

 なんとなく感傷的な気分で眺めていたが、ぼちぼちのぼせそうなので上がるか。




「ま、なんとかなるでしょ。おもしろい温泉があるといいなあ」


 ざばりとお湯を波立たせながら、俺は風呂上がりの冷えた果物のジュースに意識を切り替えた。



◇◇◇



 旅の準備が終わり、出発の朝になった。

 俺とクレッグとイームルは、大門の前で待ち合わせていた。


 空間魔法をかけ、容量を増やした魔法鞄(マジックバッグ)も持っているが、性能がいいやつは当然お高いので、俺が持っているのはそこそこのものだ。

 かさばるものをなるべくそちらに詰めつつ、細かいものを入れた軽めの鞄も肩からななめにかけておく。

 それでも結構な荷物になった。

 護身用の武器や狩りの道具はすぐに出せる場所に。

 お互いの持ち物をチェックしつつ、城壁の大門まで見送りに来てくれた各々の家族に手を振り、俺たちは出発した。





「それじゃ、行ってきます!」


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