はじまり
ーーあぁ、また死んでやり直しだわ。
いつからこうなったのか。
何度目のループでこうなると気付いたのか。
ただ分かっていることは、私が悪役令嬢として振る舞わないと死んでループするということだけ。
一番古い記憶が本当に最初のループなのかどうか自信はないけれど、そう……。
あれは私が六歳の時に父が再婚をして、そして……。
継母と、その連れ子であるミシャが男爵家にやって来たばかりの時。
* * * * * *
「紹介するよリリス、彼女がこれからお前の新しい母親になるジェシカ。
そしてお前の妹になるミシャだ。
挨拶をなさい」
父親がそう言うと、リリスはこの日初めて会った「新しい母親と妹」に挨拶をすることになった。
(……わたしの本当のお母様が亡くなってから、まだ一年も経っていないというのに。
まだお母様のことが恋しくてたまらなくて、悲しみから抜け出せていないというのに)
「……リリスです。
よろしく、お願いします」
「あらあら、しっかり挨拶が出来て良い子ね。
ケヴィンの妻になるジェシカよ。
あなたの新しいお母様になる、ということよ。
よろしくね、リリス。
さ、ミシャちゃんも挨拶なさい。
あなたのお姉さんになる娘よ、ミシャちゃん」
眩いばかりに豪奢なドレス、煌めくような美しい金髪にはゴテゴテとした大きな髪飾りを着けた、一言で言うならとても派手な女性が甲高い声で笑いながら、後ろに隠れている少女を前に押し出すように紹介した。
「ミシャです、よろしく……です」
母親と同じ波打つような美しい金髪、雪のように白い肌、瞳は空のように碧くキラキラと輝いている。
もじもじとしながら、リリスとは一つ下のミシャが拙い言葉で挨拶してきた。
ミシャを一言で表すのなら、そう……地上に現れた天使といったところか。
恐らくこの少女に会った者は男女問わず、年齢問わず、果てには動物でさえもこの少女を守りたくなるだろう。
そう思わせる程ミシャは愛らしく、庇護欲を掻き立てられることだろう。
しかし未だ悲しみが残っているリリスにそんな余裕などなかった。
むしろ愛していたはずの母親が亡くなったばかりだというのに、こうもあっさりと他の女性と結婚が出来た父親に怒りが増し、この親子に対しては憎しみすら感じていた。
他人と話すことがまだ苦手なのか、恥ずかしいのか、ずっと母親のドレスの端を掴んだままで離れようとしないミシャに対し、リリスは微笑みかけることはなく。
リリスはただじっと、目の前の親子を睨みつけていた。
そんなリリスの様子に気付いた父親が、娘の態度を諫める。
「こらリリス、その態度はなんだ。
まだ小さいのにこんなに一生懸命になって挨拶してくれているんだぞ。
可愛らしいと思わないのか」
(わたしと一つしか違わないのに……)
リリスの目の前で、実の父親とこれから母親になる女性がミシャという愛らしい少女を慰めている。
自分の娘が失礼なことをした、とか。
ミシャは可愛いから大丈夫、といった具合に。
そしてここには誰一人として。
母親を失ったばかりのリリスを慰める者など、誰一人としていなかった。