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3.わかりたい、ですか?

 あの夜を境に、青木君の雰囲気が変わってしまった。

 かわいいだけの後輩だったはずなのに、今は一緒にいるとすごく緊張する。


 この間なんて――


「三橋先輩、この商品なんですけど――」


 青木君が商品資料を持って、休憩中の私のデスクに相談に来た。

 先輩としては、後輩の積極的な仕事の相談はいつでも大歓迎ではあるのだけど……


 青木君が私の横に立って机にあげた資料を指さすと――顔が私のすぐ横にきて、距離が近い。近すぎる。


「あ、これはね――」


 離れるのも感じが悪いので平然を心掛けて説明するも、

内心は「平常心……平常心……。資料に集中すれば大丈夫。っ……! わわ、いい香りする……。ていうか、なんで椅子に手をかけてくるの。包まれてる感やばい……。とか考える私気持ち悪。もう早く終わってくれ~っ!」とドッタンバッタンしてる。


 説明が終わって彼が余裕たっぷりに笑ってお礼を言って立ち去ると、ふんわりと彼のグリーン系の香りが残される。

 心地よい香りにしばらく呆けてしまい、我に返った私は慌ててうちわで香りを散らした。



 またある日は――


「三橋先輩、客先でおいしいお菓子屋さんの話になったんで買ってみたんです。どうぞ。甘いもの、お好きでしたよね?」


 行列ができると話題のキャラメルカヌレを買ってきてくれた。

 それはうれしいのだけど……、なぜか私が食べる様子を興味深げに観察してくる。

 目が合うとニッコリ笑って、「俺の分も食べますか?」とか手ずから食べさせようとしてくるから、私はブンブンと必死で首を横に振った。



 果ては、

「お弁当作ってきたんです。作り過ぎちゃったんで、三橋先輩もどうですか?」


 私好みの見栄えがしつつも健康的なお弁当をご馳走してくれて、「先輩、ここついてますよ」とか、顔に触ってこようとしてくる。もちろん光速で口拭いた。



「三橋、青木になんかしたのか? なんつーか、狙われてねぇ?」

 おっさんであるトシさんにもこんなこと言われるぐらい――明らかに私は青木君に狙われていた。


「なんにもしてませんよ! やめてください……」


 先輩の顔を崩さないで頑張っていた私は、青木君のこない屋上の喫煙所まで逃げてきて、やっとぐったりと疲れることができる。逃げなきゃ身が持たない。


「まあ、いいことじゃねーか。お前にもまた春が来て。うん、このまま食われちまえ」


 クククと笑われて、トシさんを睨みつける。


「他人事だと思って……。年の差を考えてくださいって……。これはアレですよ、ちょっと懐かれてるだけです。角がたつのもなんなんで、やり過ごします。しばらく耐えれば多分飽きるはず……」


 からかわれてるんだろう。そんなタイプにも見えないのだけど、まさか本気じゃないはず。常識的に考えて。


「そうかあ? もったいねーな」

「だから、他人事だと思って……」


 疲れ切った私とは反対で、トシさんはなぜか楽しそうだ。


「お前は嫌なのかよ」

「嫌……ていうか、困りますよ。あんなの。会社で……」


 まさかニヤニヤするわけにもいかないじゃないか。そんなことしたら、先輩の威厳とか社会人としての大切ななにかが失われてしまう。


「ふーん。会社じゃなかったらどうなんだ? 三橋はアイツ自身のことは好きじゃねぇの? 齢とか、そういうめんどくさいこと抜きにしたら」

「え……?」


 トシさんに思わぬことを言われて、私は考え込んでしまう。

 会社じゃなかったら? 青木君の齢を考えなかったら……?


 ふわわん、と若かりし頃のキャピキャピ(死語)した私と青木君を妄想してみる。

 でも、若い頃の私は今よりも断然アホでミーハーでどうかしてたので、ただただ若い自分をどつきたくなる。


「うっ、頭が……!」


 封印したはずの若い頃の失態の記憶まで吹き出してしまい、ついに頭痛までしてきた。


 トシさんは苦笑する。


「ま。ホントに嫌だったら、オレでもヒデでも頼ってくれりゃ、なんとかしてやっから、言えや」

「や……優しい。惚れてまうやろー」

「がはは。惚れとけ惚れとけ。だがオレは高けーぞ。煙草と酒代が」


 そんな軽い冗談を交わしていると、


「あ、三橋先輩、こんなとこにいたんですか」


 ひょっこりと屋上の入り口から青木君が顔を出してきて、ビクッとする。


「あ、青木君……」


 なんとなく逃げていたことが後ろめたくて、及び腰になってしまう。


「あれ? 三橋先輩、煙草吸いましたっけ?」

「ううん。トシさんにちょっと用が……」


 トシさんはそっぽを向いて煙草をふかす。

 くそ……援護しろよ。口の端笑ってんのわかってんだぞ?


「ふぅん。……ま、いいや。ちょっと俺、先輩に教えてほしいところがあって……」

「あーはいはい」


 二人で屋上から内階段で降りていく。


「トシさんと、何話してたんですか?」

「え? えーと、犬。犬の話」

 ということにしておく。


「へぇ。犬、好きなんですか?」

「うん、好きなんだけど、飼うのはちょっと勇気いるよねー。一人身だし。私になんかあったら道連れだし」


「ふーん。心配性なんですね」

「生き物なんだから当然だよ。最後まで責任持たなきゃ」


「じゃあ、俺が責任とってあげましょうか?」


「は!? わっ……!」


青木君が変なこと言うもんだから、階段を踏み外した。と同時に、腕を掴まれて引き寄せられた。


「大丈夫ですか……?」


 図らずとも彼の体に密着した形になってしまった。


 うわ。うわ。うわわ……


 掴まれた腕や顔に当たる胸の感触は意外なほどがっちりしていて、びっくりする。華奢な印象だったけど、さすが男の子……

 じゃなくて!


「あはは……、ごめんね、ありがとう……」

 離れようとするも、


「……煙草の匂いがします」

 そのまま髪の匂いを嗅がれる。

 ひいっ


 顔がガンガンに熱くなる。


「それは喫煙所にいたから……」

「三橋先輩って、トシさんと仲いいですよね」


 心臓がバクバクと鼓動する。


「え、いや、フツー……。10年以上一緒に働いてれば、あんなもんだよ。あと、飼い犬の写真みせてくれるから……」

「俺も犬好きですよ。実家でも飼ってました」


 吐息が頭にかかって、さらに顔が熱くなる。


「へ、へぇ……」


 なのに、がっちり掴まれたまま離れられない。

 彼特有のグリーンの香りが強くして、胸がギュッと苦しい。


「三橋先輩になにかあっても俺が面倒見ますよ?」


 い、犬の話だよね?


「ハハハ……。なんでそこまで……」

「わかりませんか?」


 顔をあわせてきた青木君は真剣な目をしていて、目をそらせなくなる。

 この間の駅でのことと一緒だ。

 でも、ここでは電車は来ない。


 追い詰められて、頭が上手く働かない。


「わかん……ない……」


 本当に、わからない。私と彼の間にあるものは、会社と先輩と後輩、あと5年前に彼の絵を買ったことくらいだ。彼にとって年上過ぎる私が恋愛に踏み込むには、理由が足りない。


「わかりたい、ですか?」


 青木君の囁くような問いに、頭がクラクラする。

 答えを間違えたら、危うい質問。


 逃げるべき、なんだろう。けど。


「そりゃ……知りたい……よ……」


 口から出たのはそんな答えで。


 青木君はにっこりと微笑んで、身を離した。

 ホッとするのに、温もりがなくなって残念に思ってしまう自分に戸惑う。


「じゃあ、今夜、俺んちに来てください」

「えっ!?」

「そしたら、教えてあげます」


 いたずらに笑って青木君は先に行ってしまう。


 取り残された私は、心細くて泣きそうだった。

 間違えた……かも。

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