ロアの回想
なぜ、ロアは殺されずに今でも採掘を続けられるのかというと、コンクロの存在が大きい。
そしてもう一つ。
ロアには他人と違う特殊なスキルがあったからだ。これは天性のもので、アルト人の千人に一人の割合で持っている遺伝子による。スキル内容は人によって違う。
強く発動する者もあれば、自分でも一生気づかないスキルもある。
ロアのスキルは、「マリオネット」と呼んでいる。
目を合わせた一人だけ、念ずるままに動かすことができる。それが操り人形のように見えるから、自分で名付けた。
効果は短時間しか持続せず、一度に一人にしか効かないが、ピンチを切り抜けるには充分である。
マリオネットは、相手の行動や思考を一々念じて動かす必要があるので、大勢に長時間はやってられないというのもある。
ロアが天涯孤独となったのも、採掘権が原因であった。
家族は、父の実の弟である叔父に殺された。
今でも目を閉じれば、血塗られた忌まわしい記憶を思い出せる。
ロアは、父に言われて納屋でコンクロの掃除をしていた。
そこに母屋から銃声が何発も連続して聴こえてきた。
襲撃かと驚いて駆け付けたリビングでは、父が蜂の巣となって倒れていた。おそらく即死だったろう。
弟と妹も血まみれで床に転がり、ピクリとも動いていなかった。
母は血を流して苦悶の表情で仰向けに倒れていた。指先が微かに動き、まだ息があった。
母の前には、マシンガンを構えた叔父が立っていた。
叔父は、父と協力して採掘の仕事をしていた。
兄弟仲は良かったように見えた。ロアたちにはプレゼントをくれたりして、とても可愛がってくれた。
そんな優しくて働き者だった叔父の豹変が信じられなかった。
まさか身内に襲われるなどみじんも考えていなかった父は、コンクロで反撃するとか、壁に掛かるライフルを掴んで発砲するとか、いざという時に考えていた防御を何一つできなかったようだった。
ロアもそうだった。
どこからどう見ても、犯人は叔父しかいない。
それでもなお、現実を飲み込むことができずに棒立ちした。
昨日まで仲の良かった親戚をいきなり殺すことなどできなかった。それは父も同じだったろう。
『叔父さん……、どうして……』
叔父は冷たく言い放った。
『採掘権を兄貴が独り占めしたからだ。俺は長年仕えてきた。このままでは、一生兄貴の下僕だ。だから採掘権は全て俺が貰う』
そんなことを考えていたとは、全く気付かなかった。
断末魔に苦しむ母が『ウー、ウー』と、唸った。
『俺もこんなことをしたくなかった。せめて苦しまずに死なせたかった』
叔父は、母の頭に銃口を向けると、情け容赦なく「バンッ」と、一発撃ち込んだ。
母の動きはピタリと止まり、息が止まった。
優しかった母が二度と微笑むことはないのだと分かった。
『お前で最後だ』
叔父は、身動きできないロアに顔を向けて銃を構えた。その冷たい瞳にロアの心は凍り付いた。あれだけ可愛がってくれた自分に対して、何のためらいも情けも感じられなかったからだ。
お互いの目が合った。スキルを使う最初で最後のチャンスだった。
ロアは、必死で叔父の目を見つめてスキル・マリオネットを発動した。
(殺意を失くす。マシンガンを手放す――)
『………………』
見事に効いて、叔父は、念じた通りに殺意を失くした表情となり、マシンガンを床に手放した。
(外に向かって歩く――)
ロアは、叔父を歩かせて外に出すと崖に向かわせた。
ためらうことなくまっすぐ歩いた叔父は、崖から転落して谷底に吸い込まれて行った。
大好きだった叔父に手を下せなかったロアの、これが精一杯の復讐だった。
叔父はマシンガンで兄一家を殺したあと、自責の念に駆られて崖から投身自殺したとされた。
もしもあの時家族と一緒にいたら、スキルを使って全員殺されずに済んだかもしれないと、今でも後悔の念が押し寄せる。
ロアのスキルを知っているのは両親だけだった。
『誰にも話すな、知られるな』と、口外することを父から固く止められた。
叔父さえも知らなかったはずだ。だから、どうして自分が殺意を失くしたのか理解できない顔をしていた。
『お前のスキルは、必ずお前の身を守るだろう。だから隠せ』
あのような状況になることを予見したかのような、父の教えであった。
今では過ぎ去った過去として、忘れるように努めている。
辛い経験があるからこそ、なんでもない日常を大切に生きようと考えている。
日の出と共に起きて、ニワトリにエサをやり、菜園に水をやる。
収穫できそうなものは収穫して、マハフィの体を洗ってやり、コンクロの筺体を磨き、朝ご飯とお昼のお弁当を準備して、ゆっくり食べて、採掘に出掛ける。
火喰石を手に入れたら買い取り業者に持ち込み、アウハで夕飯を食べて、買い物して帰る。
繰り返す営みは、とてつもなく愛おしくて、考えただけで涙が出る。
誰にもこの日常を壊してほしくない。
ロアのただ一つの願いである。