出発
火喰石という万能エネルギーを持つ特殊な石を採掘して暮らす少女ロアの元に、少年トウゴが転がり込むことから話が動き出します。
火喰石ハンターのロアは、AI搭載蜘蛛形採掘ロボット「コンクロ」に乗り込むと、AIに話しかけた。
「コンクロ、調子はどう?」
「良好デス」
「周辺の地帯図を表示して」
「了解デス」
操縦席前方を覆う大型モニターに、等高線図がデジタル表示される。
地形の起伏を示す等高線は黄土色。
座標軸は青色。
すでに採掘を終えている地域には、赤いバツが表示されている。
ロアが火喰石の採掘を始めてから一年たらずだが、祖父の代から掘り続けているためにバツの数はおびただしく、地図全般を赤く染めている。
「座標152°、拡大して」
少しでも領域に余裕がある個所を探し、拡大して、さらに細かく表示していく。
わずかに残る未採掘場所が見つかれば、当たりを付けるのだ。
必ずしも火喰石が出てくるとは限らない。
出てくるまで掘り続けるギャンブルである。それが火喰石ハンターの宿命だ。
「今日はここにしよう」
「了解デス。目的地ヲ座標152°ニ、セットシマス」
少しジャングルを分け入るが、手ごろな場所はあらかた掘りつくされている。あらたな鉱脈を見つけるには、危険覚悟でより奥地まで探しにいくほかない。
このところ絶不調なロアは、ほとんど火喰石を手にしていない。このままではコンクロを動かす火喰石も足りなくなる。
今日は今までの分を挽回しようと少し焦っていた。
「コンクロ、到着予定時間を算出して」
「2時間18分32秒デス」
コンクロが地図から計測した時間は、驚くほど正確である。
たとえ地図に乗らないトラブルが起きても、予告した予定時間を守ろうとあらゆる手段を講じる。
そこまでしなくてもいいのにとロアは思うが、融通の利かなさはやはり機械だからだろう。
「出発!」
アルトドラゴンのマハフィは、前脚をロアの肩に乗せると、まるで冒険に出発する号令のごとく声高く鳴いた。
「ピィーーーー!!!」
ロアの言葉を合図に、コンクロが八つの脚を器用に動かして歩きだした。その動きは蜘蛛そのものである。
見た目が蜘蛛に似ているだけでなく、性能も蜘蛛に負けず劣らず。それがよく分かるのが、地図にない状況に陥ったときだろう。
もしもドラゴンの群れにぶち当たれば、木を登って回避する。急斜面の崖も登れる。それだけの強靭なバネと硬い爪を持っている。
さらに、ジャンプもするし、水中歩行もできる。
危険を察知するため、すべての脚の関節にセンサーがついている。これで周辺の状況を常時監視している。
前脚はドリル付き。
ドリルで地中を掘り進み、鉱脈を見つけると採掘する。
他のハンターに襲われても反撃できるよう、後ろ脚には火炎放射器や銃火器が仕込まれている。これだけの性能を同時にこなせるのも、火喰石のお陰である。
火喰石の力で自動修復までするので、メンテナンス不要の優れものだ。
火喰石は、300グラム程度でロケット一基を宇宙に打ち上げるエネルギーを放出する。
「ブワッ」
ロアの背中にいたマハフィが、興奮したのかロアの肩越しに小さく火を吹いた。
その火がロアの額をかすめて前髪が少し焦げた。焦げた前髪から異臭がして、操縦室内が黒煙でかすんだ。
「アッツウッ」
叫び声に反応したコンクロが、すかさず天井から小さな消火用放水ノズルを出してロアに向けた。
「ああ、大丈夫だから。もうなんともないから」
慌てて放水を止めた。これから始まる前にずぶぬれになりたくなかった。
「マハフィ! 火を吹いたらダメでしょ!」
ロアの叱責にマハフィはうな垂れた。
マハフィはトアルト・ドラゴンという島の固有種である。
体内の石嚢という袋に火喰石を入れて、分泌される消化酵素と反応させて口から火を吹く。
昔は火喰石を食べてしまうと考えられたことから駆除対象となり、生息数が激減した。
今では食べるのではなく格納しているだけと誤解が解けて、数を増やすための保護対象となっている。
しかし、今度は体内の火喰石目当てに密猟されるようになってしまった。
マハフィはロアに懐いているが、野生のドラゴンは火を吹く危険生物。出会ったら逃げることにしている。