第一話 ダンサーとして脚光を浴びる 01
こじんまりとした事務所風の部屋にはくたびれた背広を着た男が一人座っているだけだった。昔であれば新聞を読みながらタバコを吸っているという感じなのだろうが、ガムを噛みながらタブレットを見ているだけだ。たまに短めの無精髭をこすっている。
唯一の出入り口であるドアがノックされた。ん? 男は首を傾げた。今日は事務所に誰か来るという約束などはしていないはずだし、そもそもこの事務所に直接来ようなんていう客は今までほとんどいなかった。
「はい、開いてますよ」
一応声をかける。お客だったらいいのだが。今まで予約もせずに訪れた者がやっかいでなかった試しはない。
「し、失礼します……」
そっとドアが開いて、入ってきたのは二十代後半だろうか? それなりに整えられた茶髪でちょっとした買い物にでも行こうかみたいな服装の女性だった。少しキョドっていてなにかに取り憑かれたかのような表情をしているのが分かる。
男は噛んでいたガムをこっそりゴミ箱に処分して、無駄に大きく豪華過ぎて事務所にあってない机にタブレットをおいてから立ちあがって女性を出迎える。
「ようこそ、小滝探偵事務所へ、浮気調査ですか? それとも猫か犬探し?」
こんな場末の探偵への依頼はだいたいこんなものだ。つまらない仕事だがそれなりの頻度で依頼があるので食べていけている。
「いえ、あの、その……」
女性はさらにキョドり始める。浮気調査かな? 浮気調査の依頼主は恥と感じているのかなかなか話を切り出せない人も多いからな。
「幸い暇してましてね、時間はありますから落ち着いてください。椅子をどうぞ」
めったに直接事務所へ訪れる客はいないため、パイプ椅子しかない。パイプ椅子をセットして女性に勧めた。
「あの……夢を、ですね、夢を消してくれると……」
おおう、こっちか。こっちでもいいけど、どうやってそれを知ったんだ、この人は、と男は思ったので疑いの目で女性を見てしまう。女性はその目を勘違いしたのか、慌てて言葉を付け加える。
「わ、私も探偵事務所って看板を見て、騙されたのかな、とか思ったんですが、精神科とかですよね、けど病院に行く勇気はなくて、念の為……」
「いえいえ、結構ですよ、先程も言いましたが暇でしたので。それに私は探偵ですのでね、いうなればなんでも屋みたいなものですから。その夢を消したいというのは、悪夢でも見られたのですか?」
男はゆっくりと自分の椅子まで戻って、手ぐしで髪を整え、にこやかに微笑みながら椅子に座った。無精髭が生えているおじさんの微笑みなので逆に胡散臭くなったことは本人は気づいていないようだ。ちゃんと身だしなみを整えればそれなりに男前のはずなのだが。
「あ、いえ、そっちの夢じゃなくてですね。えとですね、将来は何になりたい?とかの夢です」