8.特別な、幼馴染。
「なぁ、柚子、今日なんかおかしくね?」
今日は私が誘うまでもなく康太が私の部屋にいる。
英語の問題に苦戦する私の横で、こちらに向けられた視線が妙に熱い。
「何が? 別に……」
「別にじゃねぇだろ? 急に嫌いなプールに誘ったり、珍しく部活見に来ようとしたり……」
シャーペンでカツカツと机を突いて落ち着かない雰囲気を見せている。
「たまにはいいじゃん。私だってそういう気分の日もあるんだよ。それより、ここどうやって訳すの?」
話題を変えたくて英語の長文を康太の目の前に突きつけた。
「……んだよ。えっと、ここは……」
一生懸命説明してくれる横顔から康太の心の中まで透けて見えればいいのに……なんて思いながらじっと見つめる。
「聞いてる?」
康太が私の両頬をガッと両手で覆って視線を掴む。
「き、聞いてるよ」
固定された顔を動かすことが出来なくて懸命に目だけを逸らそうと必死になった。
「ほら、またそうやって目を逸らす」
「何がよ」
心の中を悟られてしまいそうな、康太の瞳の圧に押し潰されかけた心を膨らます様に、頬に空気をギュッと入れて本音を消す。
「そうやってだよ! なんなんだよ、最近。俺の顔見て話すの嫌なの?」
力の入った大きな手に押されて『ぶっ』と口から空気が外に出た。
「ははは!」
「何よ!」
思わず笑った康太。
気がつくと見惚れている私。
一瞬の沈黙に呑まれそうになる。
「……はっきり言ってくれよ。頼むから。柚子とはずっといい関係でいたいんだよ」
「……いい関係?」
「そう、いい関係」
そっと康太は私の頬から手を離した。
「俺の幼馴染は柚子だけだ。特別なんだよ」
「……とくべつ」
ボワッと顔が赤くなったのが分かった。
どうしよう、恥ずかしい……!!
「お互い別々の道歩く時が来たって、俺は柚子とは切れたくない。だからどんな時でも、どんなことでも、遠慮しないでなんでも言えって」
別々の道……
それって進路の話……?
それとも……
「……うん」
お互いの彼氏とか、彼女とかの話?
別々の伴侶がもし現れたらの話……?
「……? ほらまた……。……約束のミルクレープ、一緒に食おうぜ」
「……うん」
無理だよ。
普通にしてるなんて。
康太が他の女の子に反応するなんて、私は今日初めて見たんだよ?
私だって……ずっと康太とこんな風に優しい関係がずっと続いていくって信じて疑うこともなかったのに。
「なぁ! どうしたんだよ! ほら、食わせてやっからあーんしろ!」
「やだよっ! いい歳こいて恥ずかしいっ!」
やだ、見ないで見ないで!!こんな真っ赤な顔……
「なんだよ、つい最近までやってただろ?」
「やってたけど……」
「けど? はい、あーん!」
「あ、あーん……」
「………」
せっかっくやっとの思いで口を開けたのに康太の動きが止まる。
「………?」
急に康太の顔が真っ赤に!
「……なんだよ、急に色気付きやがって……。あとは自分で食え!」
「……? 何がよ……」
色気付くって何なのよ?
康太が『あーん』しろって言ったくせに……!
急にそんな気まずい顔されたら、恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだよ……