5.初めてのヤキモチ。
学校に着く間際。
「康太はさ、モテんだから好きな女の子とかいないの?」
我慢できず、ついに聞いてしまった。
「別に……」
言いかけた時、背後から黒い影がボーッと現れる。
「おいおい、いるだろー? お気に入りの東海林先輩がぁ」
康太と同じ水泳部の斎藤くんだ。
「ちょっお前! 何だよ急に!!」
その慌てた様子……ホントなの?
「斎藤くん……その話詳しく教えてよ」
結構な時間、康太と緒に過ごしているのに初耳なんて。
なるほど、私に知られると困る人なんだ。
突然の斎藤くんの爆弾発言に火の子が燻る中、それを横目に私を置いて消えようとしていた二人の首根っこを捕まえ引き留めた。
「じ、実はねぇ、こいつ3年のスーパー美女、東海林花先輩の事が大好きなんですって」
女言葉でクネクネしながら私の耳元で囁いてくる。
「大好きなんて言ってねぇぞ!」
康太が顔を真っ赤にして弁解する。
「『タイプな女子の名前言おう大会』やってた時お前言ってただろうが? 『俺は東海林先輩かな』って。『大好き』も『憧れ』も誤差だろ!」
呆れながら斎藤くんが康太を窘める。
「全然誤差なんかじゃねぇよ! 意味が全然違うだろ!」
確かにそんな大差ない事に必死になってんじゃないわよ!
ってか、そもそもなんなのよ、その大会!
私は話してくれなかった悔しさとか、いろんな気持ちがぐしゃぐしゃになってギロッと康太を睨んだ。
「い、いや……柚子。そんな深い意味はなくてな……」
私の睨みに押されて後退りする康太。
「東海林先輩って言ったらボインで美人で色白で、去年うちの学校のモテクイーンに選ばれたあの人でしょ!?」
知らない人なんていないわよ?
あんなに理想が高かったから、他の女の子なんて目に入らなかったのね?
自分でも制御出来ないくらいフツフツと怒りがこみ上げてくる。
「ボインて……昭和な表現だね、川嶋さん」
「斉藤、気にするとこ、そこじゃねーだろ……」
「やっぱり、アンタも大きいのが好きなんじゃない……」
「違うって!」
「嘘ばっかり! バカ康太!!」
思いっきり康太の背中を叩く。
「なんだよ、お前らカップルみたいな会話しやがって、気持ちわりーな。……ん? まさか君たち二人……」
斎藤くんがわざとらしく『いやん!』と口を掌で塞ぐ。
「そんなわけっ!!」
……もう今更乳ネタなんかで、自分の気持ちと康太の気持ち、ぶつけ合いたくない。
私はぐっと堪えて下を向く。
「付き合っては……ないよ」
歯切れの悪い康太の気持ちが分からないよ。
もう、正々堂々東海林先輩が好きだって認めればいいじゃん!
「ごめんごめん、聞くまでもないよなぁ」
あはは!と笑う斎藤くんに空気を読む力は皆無だ。
(康太なんかひっくり返ったって私の気持ちなんて分かんないんだから!)
「ま、康太と東海林先輩お似合いかもね。東海林先輩はどこ切ってもパーフェクトだし」
こんな話題、さっさと終わらせたくて心にもない事を口走る私。
もうどうでもいいわ、康太と東海林先輩のことなんて。
……ムカつく、ムカつく!!
あぁ、ホントムカつくっ!!
「あ? 何キレてんだよ? だから深い意味はねーって言ってんだろ!!」
私よりよっぽどキレ気味の康太の発言に『まぁまぁ』と斎藤くんが間に割って入る。
「なぁ康太。実はさ、たまたま東海林先輩と話す機会があってさ、『一ヶ月限定で水泳部のマネージャーやってもらえませんか?』ってノリで聞いてみたんだよ。そしたらさ……」
「……そしたら……??」
康太が身を乗り出した。
「OKだってさ!!」
「マジかよっ!!」
二人のハイタッチ。
どれだけ私にケンカ売れば気が済むの?
やっぱり喜んでるんじゃない!
怒りに震える空気を察してか斎藤くんがすり寄ってきた。
「仲良しの康太くんが美女に向かって羽ばたいてっちゃう寂しい気持ちも分かるけどさ、川嶋さんも大切な幼馴染に幸せになってもらいたいっしょ? ここだけの話、東海林先輩、康太の事お気に入りっぽいんだよね。アイツにあやかって、俺たちまでも目の保養をお裾分けしてもらえるし、水泳部の幼気な男子のために、ここは怒りをお収めくださいよ……」
(東海林先輩が康太を気に入ってる……?)
変な動悸が始まって止まらなくなった。
斎藤くんはコソコソと康太に聞こえないように注意を払いながら私にすがりつく。
「………ま、私にはそもそも関係ないし」
そう、関係ない。
ゴクリと唾と一緒にいっぱいあった言いたいことを飲み込んだ。
「康太くぅん! 相棒の許可がおりましたよぉぉ!」
歓喜のあまり斎藤くんが康太の腕に絡みつく。
「ちょっと、くっつくなよ!」
ここにもう私の居場所なんてないわ。
「ごめん、先行く」
私はそろそろ我慢の限界を感じていた。
「え? おいっ!!」
康太の『待てよっ』って声が聞こえた気がしたけど。
私は二人を突き放すように早足で歩き始めた。