4.何処まで行っても私達は幼馴染。
「行ってきまーす」
そう言いながら靴を履く私の後ろで康太がママを呼び止める。
「ご馳走様でした!」
日常の事なのに、マメにちゃんと私の親にお礼を伝えられるのは、密かに康太を尊敬してしまう所の一つだ。
私達はいつもよりもちょっと早く家を出る。
康太はまだ短パンTシャツのままだったから家に寄って着替えるらしい。
「じゃ、先行くね」
康太の家の玄関の前で軽く手を振る。
「何だよ、待っててくんないの?」
ポケットから鍵を取り出しながら私をチラッと見た。
「なんで? 私と行きたいの?」
「は? いつも一緒に行ってんじゃねーかよ」
まぁ、確かに……
何言ってんだろ、私。
こんなこと言って康太の反応をみたって、私への気持ちが分かるはずないのに。
「……じゃ、待ってる」
「んだよ、ったく。中入ってていいから」
面倒くさそうな顔をして自分の部屋がある二階に上がっていく。
康太の家久しぶりに入ったな……
小さい頃はよく遊びにきたけど、ここ最近は康太のご両親が家を開けがちで、もっぱら向こうが私の部屋に来るスタイルが定着しつつあった。
「コップ溜まってる……」
私はそのまま一階のリビングに入るとカウンターキッチンにコップがたくさん溜まっているのが目に入った。
(まだ時間あるし)
腕まくりをして、制服が濡れないように気をつけながらスポンジを手に取る。
(一人で寂しくないのかな……)
がらんとしたリビングに一人でいると急に寂しい気持ちになる。
最後の一個を洗い終えようとした時康太が着替えてリビングにやってきた。
「あ、勝手にごめん。溜まってたから……」
立ち止まって私をじっと見ているから、触っちゃいけないものでもあったかと思ってビクビクしてしまう。
一度リビングを出て何かを取りに行ったかと思うと、黙って近寄ってきてそっと私に新しいタオルを差し出した。
「……そこのタオル最近取り替えてなかったから、これ使えよ」
「あ、ありがと」
私はそれを手に取って手の水気を拭った。
「さっき……ごめんな」
「ん?」
「ほら、下着のこと」
「あぁ」
なんだ。
一応気にしてくれてたんだ。
「もういいよ。言われるのは慣れてるし」
家の中だけなんかまだマシ。
クラスの男子にだってこの胸のことで散々ペチャパイだのまな板だのって弄られてるんだから。
「柚子さ、なんか言われて学校で困ったら俺に言えよ?」
「どしたの? 急に」
「幼馴染なんだから持ちつ持たれつだろ? もっと頼っていいって言ってんだよ」
「………? うん……」
急にどうしたんだろう?
康太はクルッと私に背を向けた。
「コップ、助かった」
「ありがと。でも大丈夫だよ。心配されるほど病んでないし。コップも洗いたかったから洗っただけだし」
こういう強がる女は可愛くないかな。
でもいつも意地悪言ってくるから、急に優しい言葉かけられても返事に困るんだよ。
康太の負担になりたくない。
足を引っ張りたくない。
ママの言う通り。
ちゃんと分かってる。
今の康太は私がいなくったって女の子は選り取り見取りだって。
家から徒歩20分位の距離に私たちの学校はある。
康太の家を出て、私たちは特に会話をすることもなく歩き出した。
『いつか、こうして一緒に歩けなくなる日が来るのかな……』
最近こんなことばっかり思っては一人悲しくなるのだ。
「康太くん、おはよー!」
「あぁ、おはよ」
「今日移動教室一緒に行こうよ!」
「ごめん友達と約束してる」
「これお弁当作ってきたの! 食べてください!」
「もう持ってきたから、ごめんな」
「あの……握手してください」
「まあ、いいけど」
学校に着くまでに軽く四人の女の子に声をかけられていた。
「モテる男は大変ね」
嫌味たっぷりに言ってるのは自分でも分かってる。
「まぁな。でも不思議といつもお前が隣にいるのに柚子にやきもち妬く女の子っていないよな」
「私はただの幼馴染としか認識されてないからね。朝一緒に行くのも入学式以来ずっとだし、女の子達たちから見たら、私なんて康太の自転車とか鞄とかと同じような存在だよ。ライバルだとも思われていないの!」
「そっか? なかなか可愛い顔してんだけどな」
私の膨れっ面を楽しそうに覗き込む。
「ちょっと何!?」
急に顔が近づいてきて動揺を隠せず叫んだ。
「そういう顔を赤くして怒ってる顔も、俺は可愛いと思うけどな」
康太のサラッと言った言葉に、ボッっと音を立てて恥ずかしさの炎が上がる。
「ククク……お前の彼氏になったやつは飽きなくていいな」
笑いを堪えながら一歩前を行く康太。
……やっぱり私が女子として入り込む隙間はないみたい。
(私は……康太の何?)
アイツの一言一言に翻弄されて上がったり下がったり……
可愛いって思ってくれても、結局女としては見てくれないじゃない……