28.女の戦い
「川嶋さん! ホラよそ見しない!!」
東海林先輩の厳しい叱咤が飛ぶ。
あの、人工呼吸事件から早2週間。
私は水泳部が始まるまでの30分間、土日の休みなど関係なく毎日東海林先輩にマンツーマンで泳ぎを教わっている。
『教えるとなったら康太くんの仲良しなお友達だって、厳しく指導させてもらいますから』
言葉の裏に刺々しいモノが見え隠れするような言い方で、がっつり東海林先輩に宣言された私は、半ば意地になりながらも平穏な時間の中で何とか毎日続けられている。
女の子達が見学室で騒ぎ出す前だから人の目に触れることもないし、何より、あの日険悪ムードになって以来康太と朝も別々に登校。
一言も会話をしていないし、すれ違っても目も合わさない。
(何をそんなに怒ってるのよ?)
これだけ口をきかないのはもしかしたら生まれて初めて?
向こうは何にもなかった顔をして普通に生活しているのがなんだか悔しい。
そんなこんなであの動画の騒ぎは最初の一週間位は色々噂が飛び交っていたけど、急激に疎遠になってしまった私たちを見て興味を無くしたのか、自然と鎮火していった。
(あぁ……色々考えるとダメになりそう)
気を抜くと、『もしかしたら康太とはもう元に戻れないんじゃないか……』頭の中はこんな不安で一色になってしまうけど、東海林先輩が厳しく教えてくれている間はそこに集中できるからかえって気持ちは楽でいられた。
「この短期間で25メートル泳げるようになるなんて凄いじゃない。そろそろ卒業かしら」
珍しく東海林先輩が柔らかく笑う。
やっぱり綺麗だな……この女性。
「本当にありがとうございます」
改めてお礼を言う。
「川嶋さんは、なんで急に泳げるようになりたいなんて思ったの? 別に進学とかに影響出るわけじゃないし泳げなくったって困らないでしょ?」
プールサイドで休憩がてら東海林先輩が話しかけてきた。
「……私好きな人がいるんです。でも自分はなんの取り柄もないし、この見た目だし……色々自信がなくて」
自分の膝をじっと見つめながらきっと東海林先輩にはわからないだろうと思いながらも続けた。
「東海林先輩みたいに、私も素敵な女性だったら……好きな人に幼馴染なんかじゃなくて、ちゃんと女の子として見てもらえたかも知れないのに」
「やっぱり康太くんの事好きなのね」
東海林先輩はじっと私を見つめる。
私はコクリと頷いた。
「もう康太を好きでいられる時間すらも残りわずかなのかなって最近思うんです。康太だって……憧れの女性がいるみたいだし」
「それって、私の事?」
躊躇いもなく私をしっかりと見て聞いてくる。
「さ、さぁ……」
ここで『そうです』なんて言っちゃったら、変な形で康太の気持ちを先輩に伝えちゃう事になる……
「私ね、康太くんの事、結構気に入ってるの」
何となくは気づいていたけど、突然の東海林先輩の告白に固まってしまう。
「ねぇ、私と勝負しない? 私がハンデを付けて50メートル、あなたが25メートル。私が勝ったら、今日康太くんに気持ち伝えるわ。でも負けたら……彼に『好きだ』って言ってもらえるまで自分からは告白しない」
挑戦的な目……
そんな事しなくったって東海林先輩の勝利は確約されているのに。
「川嶋さんの本気見せてよ。これで、私とあなた、どっちが康太くんの事好きかも分かるじゃない?」
どっちが康太の事が好きか?
そんなの決まってるじゃない。
「いいですよ」
負けるわけがない。
康太の事が『大好き』な気持ち。
どれだけ愛想を尽かされても、喧嘩しても。
どんな康太も私にとって宝物のように大切なんだ。
「じゃあ、やりましょう」
東海林先輩は立ち上がってザッと上着を脱いだ。
やっぱり完璧なスタイル。
あんな風に生まれてきたら……きっともっと自信を持って康太に好きって言えるのに。
同じ人間なのに。
同じようにお腹が空いて、同じだけの時を費やし過ごしているのに。
『不公平』そんな理不尽に思う怒りも後押して、私も負けじと立ち上がった。
「練習は今日が最後。総仕上げ、見せてちょうだい?」
フッと強気に微笑んでスタート地点へ向かう東海林先輩の後ろを、遅れを取らないように懸命に追いかけた。




