22.康太の背中
「用意できたか?」
平松が保健室を覗く。
「ちょっと待ってくださいね!」
優は私のベットを囲んでいたカーテンの隙間から顔を出すと、『着替え終わった?』そう、目で合図をしてきた。
「終わったけど……」
「よし、じゃあ行くぞ!」
決して優の声ではなく、野太いしゃがれ声。
カーテン越しに平松の影がボーッと見えたかと思ったら、シャッとカーテンが開く。
「行くって……どこに?」
「病院に決まってんだろ! お前は意識失ってたんだぞ?」
いつもキレてる話し方をする人だけど、今日はさらにイライラしているようだった。
「しかし、水に浮いたくらいでこんな事故になるなんて一体どうなってんだ?」
平松の強面な表情が怒りをこえて、憐みの色に変わる。
「もう私、どこも痛くもないし、このまま一人で帰れます」
平松と二人で病院なんてまっぴらごめん!
「あのな、ほんの数分前まで救急車呼ぼうとしてたんだぞ? いくら元気になったからって、学校側としてもこのままお前を帰すわけにいかないんだよ」
先生の仰る通りですね……
凍てついた体に重くのしかかる『迷惑』という言葉。
今の私に拒否する権利は一ミリもない。
「ご両親に連絡したら、今お父さんが病院に近い所に居るらしいから、直接病院で落ち合うことになってるんだ。とにかく早く行こう」
ハイハイ、分かりましたよ……
明日の朝もちょっとした騒ぎになりそうだし、元気なのに病院行かなきゃ行けないし。
はぁ……ほんっと、最悪。
「じゃ、すまんが咲田、行くぞ」
「はい」
(………康太?)
廊下の方から声がする。
まさか……ずっと待っててくれたの?
「川嶋。いくら幼馴染だからってちゃんと感謝しろよ? 咲田だって忙しいのに付き合ってくれてんだからな」
感謝……してるよ。
もうこれでもかってくらい、そして本当に申し訳ないって思ってる。
こんなんで私、一体どんな顔して康太に会えばいいんだろう?
「……先生、私一人で大丈夫ですから、康太の事解放してあげてください。これ以上迷惑かけられないし」
遠慮とかそんなんじゃない。
もう、これ以上怒らせたくないし……嫌われたくない。
「まぁ、絶対来いって話じゃないから、咲田、用事あるなら本当に帰っていいんだぞ?」
平松が誰かを気遣うところ、初めて見た気がする。
「でも状況説明……した方がいいですよね? お医者さんに」
冷静な康太の声が遠くから聞こえてきた。
「うーん、当事者がいてくれた方がまぁ話も早いけど……、川嶋も見たらピンピンしてるし、お父さんも来てくれるし、無理してまで行く事ないぞ?」
コソコソと廊下で話す平松の声。
「……心配なんです。だから連れてってください」
(康太……? 怒ってるんじゃないの……?)
「分かった。……ほんと色々悪かったな、咲田」
含みのある珍しく平松の沈んだ声。
……と思いきや、
「ホラ! さっさと動け!」
私に向かって罵声が飛んでくる。
「は、はい!」
私は優に支えられてふらつきながら立ち上がる。
「大丈夫? まだ足元おぼつかないけど……」
優の瞳の中に映る自分を見て心底心配してくれているのが分かる。
「大丈夫。心配しないで」
大丈夫とか無理とかそんなのもうどうでもいい!
とにかく優にも康太にも……周りに迷惑かけすぎてツラすぎる。
すると康太がズカズカとカーテンの中に入ってきた。
「優、柚子の荷物持ってくれる?」
「あ、うん」
康太は私の前に後ろを向いて座り込み大きな背中を見せた。
「ほら、乗れよ」
「え?」
「早く!」
私は素直に康太の背中に乗る。
ジャージの上からじんわりと康太の温もりが伝わってくる。
「……助けてくれたんでしょ? 迷惑かけて……本当にごめんなさい」
どんなに無視されても仕方ない。
それでもちゃんと言わなきゃ……今の気持ち。
「……別に。こっちこそ……ごめん」
「何で康太が謝んの? 康太は一つも悪いところなんてないじゃない。元々は私が勝手な事して康太に迷惑かけたのに……」
「いや……そうじゃなくて……」
「………?」
会話が途切れた。
でも私は康太の心がちゃんと私の方に向いてくれたことにホッとして、全てを預けるように背中に頭を乗せた。
顔を横にして背中に耳をくっつけると、ドクドクドクと心地よい早さで鼓動が聞こえる。
(ずっとこうして聴いていたい……)
「康太の心臓……早くて、聞いてると眠くなる……」
「……寝てろよ。車までちゃんと運んでやるから」
康太の広い背中の上で、私は『やっぱりココがいい……』そう何度も思いながら目を閉じた。




