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21.ショック!!

 セシリアは僕の大切な飼い猫だった。

 いや、飼い猫なんて言い方は相応しくない。


 ーー恋人。


 きっとこの言葉がピッタリだ。




 セシリアがこの世から去って早二ヶ月。

 大雨の日に姿を消し、心配で一晩中探し回ったが、翌朝、川の中に浮いているところを発見した時には、すでに亡骸になっていた。


 それからというもの、僕は傷心に蓋をするが如く、誰にも悲しみを悟られないよう日々を過ごしていたんだ。


 そんな時に突然目の前に現れた彼女。

 セシリアは猫だけど、全く同じ空気を纏った不思議な女の子。


 自分から女子に積極的にアクションを起こす事なんて未だかつて一度だってなかったのに。

 彼女の目を見たら、……声をかけずに居られなかったんだ。


 強がっていてもどことなく哀愁を漂わせているところなんか、そっくりで。

 元気のない彼女を……放って置けなかった。


 何故かセシリアちゃんの横にはいつも姉さんのお気に入りの咲田先輩が居て。

 幼馴染だと知って一時は安心したものの……


 知れば知るほど、二人の間に僕の入る隙間なんて少しだってない、そう分かっていたのに……


 ◇◆◇◆


「柚子! しっかりしろ!!」

 目の前で咲田先輩がセシリアちゃんを抱えプールサイドに上がっていく。

 僕は突然の事に呆然と立ち尽くし、それをただ眺める事しかできなかった。



 僕とセシリアちゃんは水に慣れるため、一緒にプールの中でダルマ浮きをしていた。

 息が続かなくなって先に僕が水の中から顔を出したが、セシリアちゃんはまだ浮いたままだった。


(……どうかしたのか?)

 そう思った時には、もう咲田先輩が横にいたんだ。


 よく見ると膝を抱えていた筈のセシリアちゃんの両手が、ゆらゆらと水中で揺れていた。

(……?!)

 僕は動揺して一歩も動けなかった。

 猫のセシリアを失ったあの大雨の日の出来事が、頭の中を埋め尽くしていたからだ。


 咲田先輩は僕をギッと睨みつけ、彼女を担ぎ上げた。


「柚子! 柚子!!」

 そう叫ぶ先輩の後ろからは女子の叫び声が聞こえる。

 それは心配というより、羨む様な声。


 咲田先輩は僕に向かって『タオル取ってこい!!』そう厳しい声で叫んだ。

「はい!!」

 ハッと我に返ってようやく僕の足は動きだす。

 彼女がギリギリまで被っていた大きめのタオルを急いで渡した。


 先輩はそのタオルを僕からふんだくり、ぐったりと横たわった彼女の身体を周りの視線から守るようにそっとかける。

「クソ……呼吸してねぇ……」

 そうボソッと呟いた後、彼女の顎を引き上げた。


「俺なんかで……ごめんな、柚子……」

 辛そうな顔をした先輩は、彼女の額をそっと撫でた後、顔を近づけ唇を大きく塞ぎ息を吹き込む。


 何度繰り返したんだろう。

 僕は横で必死で祈ることしかできなかった。


 彼女は軽く咽せて少量の水を吐いたと思ったら、静かな呼吸音が戻って来たのが僕にも分かった。


「よかったぁ……」

 すぐそばに集まってきた水泳部の部員達が一同に安堵のため息をついている。

 その横で、いつも穏やかな姉さんが、見たことのないような険しい表情で二人をじっと見ていた。


 咲田先輩は、まだ意識の戻らないセシリアちゃんを両腕で抱き抱え立ち上がる。

 姉さんに、『とりあえず、コイツ連れて保健室行ってくるんで、平松先生に伝えといてください』そう言ってプールを出て行った。


 ◇◆◇◆


「あれ……優?」

 心配そうに優が私の顔を覗き込んでいる。


「……柚子!! あぁ、よかった……。バカっ!! 死んじゃったかと思ったんだから!」

 怒りで真っ赤になったかと思いきや、目から大粒の涙をバタバタと落として私を抱きしめた。


「ここ……どこ??」

 確か、私王子とプールにいなかったっけ……?


「康太が助けてくれたんだよ。あんな奴でもちゃんと役に立つんだねぇ!」

 涙混じりの声でフニャッと笑う。


「康太が……? 何で? っていうか、私どうしたんだっけ……?」

「なに、全然覚えてないの?」

 優が呆れた顔で見ている。


「うん……。なんか、もしかして、やばいことになってる??」

 プールにいた筈の私が何故か保健室に居る……


 ……ヤバいことになってないわけないっ!!


「あんた、水に浮いたまんま意識失って、康太が助けてくれたの!」

 プププと赤面しながら笑いを堪えてる。


(康太が……?)


「……そっか……。また迷惑かけちゃったのか……」

 踏んだり蹴ったり……

 もう一生口聞いてもらえないかもな。


「なんかさ、康太の愛を感じたよ、私は。うん、感動した!!」

「そんな……大袈裟な……」

 優が大恋愛映画の一本でも見終わったような、満足げな顔をしている意味がわからない。


「柚子。あんたは、幸せ者だから、ずっと悶々してなさい」

 そう言って制服を私に手渡した。


「なに? どういう事?」

「康太に直接聞きなさいよ!」


 そう言ってベットの周りのカーテンをシャッと閉める。

 私はバスタオルの中がスッポンポンになっているのに気がついて『ぎゃー!!』と叫んだ。


「大丈夫よ、脱がしたのは私だから!」


 ぬ、脱がした……?

 って言うか康太がここに連れてきたって事は……


 もしかして……見られた?!

 スクール水着のレアなわたくし……の姿ぁぁぁっっ!!


「優……、私、もうお嫁に行けない……」

「は? 気にしてんのそこ? いいから、さっさと着替えろっての!!」


 優の冷ややかな返しの理由も分からず……

 頭がショックのあまり真っ白になって、私は再び布団を被るのだった。



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