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20.こんなハズじゃなかったのに。

「はい、じゃあ、まずは水に慣れよう!」

 そう言って王子は水の中に潜る。

 わたしはよく分からずに、ポカンとその光景を見ていた。


 数秒経って、ザバッと水面から顔を出したと思ったら、勢いよく左右に首を振ってキラキラとした雫を散らしながら水を切る。


「……全く、絵になりますね……」


 こんな下々の者がお気軽に声をかけてもいいのだろうか……?

 もはや王子が後輩なのは幻想なのかもしれない。


(一体なぜこのお方が私の相手などをしてくれているんだろう?)

 冷静になってそんな事を考え出したらここ数日で起きていることは奇跡以外の何物でもない。


「セシリアちゃん、水に潜って僕と睨めっこしよう!」

「えっ、睨めっこ?!」


 睨めっこってお互い変顔をして醜態を曝け出す、アレですよね?


「ムリムリ!! やるのも見るのも無理!!」

「なんで? 恥ずかしいの?」


 恥ずかしいに決まってんでしょうがっ。

 王子の変顔なんか見たら……ファンの子に処刑されちゃうよ。


「じゃあ、潜って僕のほっぺたを両手で触ってみて」

「ほっぺた……?」


 ほっぺたって……その美しいお顔のソレですよね?


「僕はセシリアちゃんのほっぺた触るから。ちゃんと目を開けなきゃダメだよ?」

「へ?」

「はい、潜るよ! いちにのさんっ!」


 ぽちゃんとしぶきも上げず、美しく水の中に潜っていく。

 私はあたふたしながら王子を水中で待たせてはいけないと、思いっきり息を吸い込んで後を追った。


(水の中で目なんて開けたら……痛くないかな……)

 それでも王子の言う通り、そーっと目を開けて前を見る。


 王子が視界に入った途端、ニッコリと笑って私の頬を両手で包み込んできた。


(う……ヤバイ、心臓が持たない……)


 王子は待ちきれないように私の両手を自分の頬に導いた。


(ち、近い……!)

 水中であってもすぐ手の届く距離に王子が居て……

 しかもお互いの頬を触り合ってるなんて……


「……もう無理っ!!」

 プハーッ!!と大きな飛沫を上げて水面から顔を出す。


「………いやぁぁああ!!」

 突然ガラスの向こうから女子たちの悲鳴が聞こえた。

 私はそれがまさか自分達に向けられたものだなんて、その時は理解できなかったけど……


「セシリアちゃん……もう、手、離していいんだよ」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら王子がはにかんでる……?

 ……ってよく見れば王子のほっぺたに私の手がっっ!!


「うわぁぁ!! ご、ごめんなさい!!」

 驚きすぎて腰が抜ける。

 ふらついて水中に沈みそうになった私は、見た目からは想像できない筋肉質な王子の腕に、ガッチリと支えられていた。


 気がつけば水泳部の人たちもいつのまにかプールサイドに集まっていてニヤニヤしながらこちらをと見ている。


(康太……)

 探し求めて見つけたのは、……驚きと……暗い影のある顔だった。


「あ、あの……、その……」

 私は何とかこの空気を収めなきゃ……そんな事で頭の中がいっぱいになる。


「セシリアちゃん。上手に潜れたね。次は少し水に浮かんでみようか?」

 周りのざわつきなど、ものともせず、マイペースで王子は授業を進めていく。


「なんだ? あいつら?」

 そもそも何で私と王子がここに居るのか、理由を知っているのは平松と康太だけ。

 不協和音の様に色々な声が不穏に上がる中、ここから私は助けを求めるように康太を見た。



(康太………!)

 一瞬目があったのに。

 ……絶対、私の視線に気づいていた。

 それなのに、フイッと何も見ていなかったかのように私に背を向ける。


(ねぇ……まだ怒ってるの……?)


 康太の横に胸張って並べるように……そう思って今ここにいるのに。

 まるで私の存在すらなかったかのような態度に、一瞬音も色も失った。


「ほら、セシリアちゃん。膝を抱えて浮かんでみて」

 王子は相変わらずニッコリと私に微笑んでいる。


 二階の見学室からはガラスの窓を叩いて私に向かって叫ぶ女の子の声。


 目の前が心なしかグルグルと不安定に回り始めた。


(……こんなハズじゃなかったのに……)


 それでも目の前にいる王子の姿と、康太が成長した私の横で嬉しそうにしている顔を想像したら……


 私は急に重たくなってきた背中をやっとの思いで丸めて……水中で膝を抱えた。




 ……そこからの私の意識は、……完全にどこかに飛んでいた。

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