2.兄妹みたいな幼馴染
「よし、だいぶ正解率上がったじゃん」
「ありがとうー! ホント康太って教えるの上手だよね。なんか光が見えてきた気がする」
『まあな』そんな風に呟いて照れ笑いをしている康太を見て、二人だけの空間にドキドキがこだまする。
聞こえたらどうしようとあたふたしていたら、七時に合わせていたスマホのアラームが機械的に鳴り響き、バッサリと現実を突きつけられて朝勉強の時間に幕を閉じた。
「ごめん、10分だけ寝かしてくんね? 床でいいから」
康太が眠そうに目をこする。
「なんで? 自分の部屋に帰んなよ」
こっちで寝るよりも自分の布団でちゃんと寝たほうがよく眠れるだろうに。
「あのな、今日は誰も起こしてくれる人がいないの! うちの親、今両親とも出張」
「あぁ、そっか。じゃ、朝ご飯うちで食べていきなよ。勉強も教えてもらった事だし」
まだ帰らないで近くにいてくれる事、本当は嬉しい。
「ありがたいけど……今は眠い……」
その場に倒れ込むように床に横になる。
「うん、分かった。10分位したら起こすからゆっくり寝てていいよ」
私はママに康太が朝来てくれた事を伝えに行く。
年頃の女の子の部屋に男の子が朝いるなんて、ほかの親だったら卒倒しそうなものだけど、ウチではこの光景は結構日常。
中学までは泊まりにくる日もあったくらい。
流石に高校生になってからは康太は自分から泊まりたいって言わなくなったし、私も誘わなくなった。
一応その程度の気遣いはお互い持っているものの……
窓から康太が私の部屋に侵入してくる事を知っていても、何も言わないお互いの両親は、ウチらが男女の関係になる事なんてまずないだろうと変に確信持たれていて、それもまた、なんだか悔しい。
「あら、康太くん来てるの?」
「うん、勉強教わってた」
ママは『じゃ、もう一人分増やさなきゃね』と冷蔵庫に卵をもう一つ取りに行く。
「康太くんだって今日からテストなんでしょ? あんまり足引っ張っちゃダメよ?」
「大丈夫だよ。康太は勉強やんなくったっていつも成績は10位以内だって威張ってたもん」
ママが呆れた顔して私をみる。
「勉強やってないわけないでしょ? あんたほんとバカね」
『ふぅ……』とため息を吐きながら卵をフライパンに割り入れた。
「こんなんじゃ康太くんに愛想尽かされる日も近いわね」
ブツブツとレタスをちぎりながら私を睨む。
「愛想なんてとっくに尽かされてるし」
「じゃあなんで今日も睡眠時間削ってあんたの相手してくれてんの? 愛想尽かされてたらまず来てくれないでしょ?」
ダイニングテーブルに寝不足でうなだれながら座っていた私の顎をクイっと上げて吐き捨てる。
「ボーッとしてると、康太くん誰かにとられちゃうかんね? 後悔しても知らないよ?」
「ママ……? それってどういう……」
私に背を向け焼き上がった目玉焼きをお皿に乗せて盛り付けている。
「ママは、いつか康太くんが本当の息子になってくれる日を夢見てんのよ。優しいし、かっこいいし、頭いいし。あんただって文句ないでしょ?」
皿に乗った目玉焼きをボンと私の前に差し出した。
「も、文句って……、私と康太はそんなんじゃないし……」
「じゃあ、康太くん誰かに取られちゃっていいの? ね、パパ」
バンとママがテーブルを叩いた。
「ま、まぁ……それは柚子が決める事だろ? パパは康太が小さい頃からずっと見てきてるし、咲田さんちとはずっと家族ぐるみの付き合いさせてもらってるし、これから先もみんなで仲良くできる時間が続けて行けるなら、そりゃ嬉しいなぁって思ったりもするけど……」
ママの勢いに押されて弱々しく答えるパパ。
「ちょっと待ってよ! 今まで二人とも私と康太に何かあってもいいって思って私の部屋にアイツが来ても何にも言わなかったの?!」
「まぁ、ねぇ?」
パパとママが声を合わせてクスクスと笑っている。
「だったら……残念ながらそんな雰囲気は私たちにはないよ全く。今も昔も何にも変わってない。康太と私は兄妹みたいな幼馴染だから」
自分で言ってて嫌になる。
まるでこれからもずっとこの関係が続いてく事に失望するように。
「まぁ、そうでしょうね。二人を見てて変な心配するまでもないって分かってるもの。ま、そうなったらなったでパパとママは康太くんならウエルカムだからさ。だから、できれば他の男の子なんて連れてきては欲しくないよねー」
ママの強い口調にパパがめんどくさそうに『だねー』と合わせる。
「だから気にしないで、バンバン康太くんのこと部屋に連れ込みなさい」
ニコッと私に向けたママの笑顔の中にハイエナの残像が浮かび上がる。
私はブルッと身震いして誘導されるように浅く頷いた。
「ほら、朝ご飯出来たから康太くん呼んできなさい」
ママは項垂れた私の肩にズシンと重みをかけて手を乗せる。
「……はい」