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15.大人になんてならなくてもいいのに。

「そっかー」

 優が私の後ろの席でニヤニヤしながら小さく相槌を打つ。




 昨日の夜、私は康太のTシャツがグショグショになる位、今まで溜まっていた気持ちが堪えきれなくなってひたすら泣き続けた。


 私が落ち着くまでずっと頭や背中をさすってくれたり、時には強くなる康太の腕の力に、恥ずかしさとか、緊張……ううん、そんなんじゃなくて……


 幼馴染とか友人、恋人……? 

 そんな面倒な括りなんてどうでも良くなって、ずっとずっとこの溶けそうになるくらい心地良くて温かい康太の温度に包まれたまま一生過ごせたらいいのに……


 そんな事を思いながらヒックヒックと、しばらく肩を震わせていた。


「落ち着いたか?」

 優しい声が私の耳元を擽り、私は『うん』と小さく頷きそっと胸から離れた。


「ごめん、なんか急に昔みたいに康太が近くに感じて……。あ、だからって変な意味じゃなくてっ!」

 鼻をズルズルさせながら、聞かれてもいないのに必死で弁解する自分が何だかみっともない。


「ほら」

 テイッシュの箱を私の目の前に差し出した。

「ありがと……」

 私は遠慮なくそれを手に取り鼻をかむ。

 そんな私の様子を見てフッと穏やかに笑った。


「大人になんて……ならなくてもいいのにな」

 ポソリと康太が呟いた。

「ホントだよね」


 今思えば、キスとかそれ以上の事はもちろんある訳がないけれど、手を繋いだり、ハグしたり……

 ちょっと前までは、お互い心が寂しくなったり、傷ついたりした時に、それを埋め合うかのように寄り添っていた。

 そうすると、『あぁ、今は一人じゃないんだ』って思えて相手に弱った心を全て預けることが出来たのに。

 もしかしたら、今きっと康太も同じ気持ちでいてくれるのかもしれない。


「カレー食ったらさ、ゲームやろうぜ!」

 この時間にしっかりと区切りをつけるように康太は話を変えた。

 小学生の頃に戻ったみたいなやんちゃな顔をして。


「うん!」

 十分だった。

 いつまでこうしていられるのかなんて考え出したら、心細くなって一歩も前に進めなくなっちゃうから……




「なるほど、深夜までゲームをやって疲れた二人は、気がつくとソファーで朝まで肩を寄せ合って寝ていたって訳ね」

 優はふむふむと頷いた。


「そう。何にもなかったし、何も出来なかった」

「うん?」

 優が私の声音の変化に気づく。


「大人になっちゃって、ただでさえ子供の頃の距離感には戻れないのに、これで『好き』なんて言っちゃったら……」

「分かった、分かった! ほら、また涙目になってるよ」

『しょうがないなぁ』そんな顔でわたしにハンカチを貸してくれた。


「で、純粋に大人になった康太に抱きしめられた感想は?」

 ペンケースをマイク代わりに私の前に突き出した。


「だ、抱きしめられたって……言葉にするとなんか露骨……」

「照れるなって! で、どうだったの?」

 鼻の穴を膨らませて私ににじり寄ってきた。


「どうって……小学校の頃とは全然違ってて……びっくりした」

「何が、何が!?」

 優、食いつき半端ないよ?


「だって私中学入ってからは、康太の裸とか、まともに見たことなかったし……」

「は、裸?!」

「違うって、上半身! ……だから、びっくりした」

「何が……何に……??」

「あぁ、大人になっちゃったんだなって」

「どこが?! どんな風に??!」

 じりじりと顔が近づいてくる優の肩を突き放す。


「もうっ! ほら、胸板とか、その……腕とか……」

「行こう!! 今日こそ水泳部!!」


 目が血走ってるよ?!

 そういえば見たことないんだよな。

 康太が泳いでるところも中学校の時に数回だけ。

 何しろプール嫌いの私はあの場所に自ら近寄りたいと思った事なんて一度もないし、どうせいつも康太目当ての女の子の山ができてるから、行ったって見えないし。


(ちゃんと康太の事、見に行ってみようかな……)

 東海林先輩の事もあるけど、あんな風に抱きしめてくれた康太の成長した姿を、逃げずにちゃんと見ておきたいと思ったんだ。

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