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12.『可愛い』って言ってもらいたいだけなのに。

(康太……)

 お互い身動きが取れない時間が数秒続いた。


「お、おう! 行こう買い物!」

 急に動き出したロボットのように康太はくるりと背を向けた。


(え……、何も無し?)

『可愛いね』とか、『今日雰囲気違うね』とか、何かしらあるでしょうがっ!

 こんな私、今まで見た事ないでしょ?


 私はわざとらしく康太の正面に回り込んでクルッと回ってみる。

「……ほら、行くぞ」

 フイと顔を逸らして私の横をすり抜けた。


(なによ……せっかくおしゃれしたのに)

 とてつもなく惨めに感じて思わず『はぁ……』とため息がでた。


 そう思ったかと思えば康太が突然立ち止まる。

 『え?』っとその行動に戸惑ううちに、急に手元が軽くなった。


「ほら、持ってやるよ」

 わたしの持っていた鞄の取手を康太がガシッと掴んだ。

「……あ、ありがと。でも、そんなに重くないから」

「いいからっ!」

 強引に私の手から鞄を奪うと、早足で歩き始める。


「ちょっと、早いよ、どうしたの急に!」

「あ、暑いんだよ!」


 今日はそんなに暑くないし……むしろ秋っぽい風が気持ちいいなぁくらいに思ってたけど。

 康太の額が汗びっしょりになっている所を見ると、本当に暑いのかもしれない。


「ねぇ、汗凄いけど、体調悪いわけじゃないよね?」

「……ちょっと午前中の部活で疲れただけだよ」


 それにしても全くこっちを見てくれない。

 一体誰と話してるのよ?




 近くのショッピングモールに到着した私達は、最近高校生に人気の雑貨屋に真っ直ぐ足を運ぶ。


「わぁ! 可愛いグッズがいっぱーい!!」

 コスメや、キャラクターの雑貨、お菓子や衣類まで取り揃えてあるこのお店に、私はどっぷりハマって康太のことなどすっかり忘れて店内をキョロキョロと歩き回る。


「えーっと、まずはリップ……」

 香りや色取り取りの種類に次々と目移りしながら、とても一人で決められそうにもない。


「康太! 康太! この中でどれが一番私に似合うと思う?」

 私は大きく手招きをしてダイエットグッズを見ていた康太を呼び寄せた。

「あ? んなのわかるわけねぇだろ」

 フンと鼻を鳴らしてソッポを向く。



「これがいいんじゃない?」

 私の目の前に明るいピンクのリップが突然現れた。


「……え?」

 振り返ると、背後に王子が!


「セシリアちゃんがこの色のリップつけてたら、きっとみんな振り返っちゃうよ」

「王子! 何でここに……?」

「付き合いでちょっとね。セシリアちゃん、水着も可愛かったけど私服も素敵だね」

「み、水着?! やだ、その話はやめて下さい!」

 わたしは慌てて王子の口を塞ぐ。

「ごめん、純粋に可愛いと思ったからつい口に出しちゃったけど、嫌だったかな? すまない」

 申し訳なさそうに塞いでいた私の手を優しく取り頭を下げた。


「そ、そんな! あの、その……あんまり可愛いとか褒められ慣れてないから戸惑っちゃって」

「そうなの? こんなに可愛いのに? 僕なら毎日褒めてあげたいくらいなのになぁ」

 ニコッと笑って真っ赤になって俯く私を覗き込んだ。


「あとさ、年下なんだから敬語やめてよ。セシリアちゃんが嫌じゃなかったら……よかったらLINE交換しない?」


「……おい! お前誰だよ? いい加減にしろ」

 本当に自然な会話の流れで連絡先を聞かれただけなのに、横で一通り会話を聞いていた康太が急に口を挟んできた。


「……君は? セシリアちゃんの彼氏?」

 王子の一言に気まずい空気の色がより一層濃くなるのを感じた。

「か、彼氏じゃないよ、幼馴染だよ」

 私は康太の顔色が変わっていくのを横目にビクつきながら必死で弁解する。


「そっか、幼馴染か。彼、女の子に人気ありそうなイケメンだし、もしかしたらって心配だったけど……ただの幼馴染なら、まだ僕にもチャンスがあるって事だよね」


(……へ? それは一体どう言う……)


「これ、僕の連絡先。よかったらいつでも連絡ちょうだい」

 胸ポケットからカードケースを取り出して、名刺をスッと渡してきた。


「名刺……?」

「うん。親の仕事絡みで、よく面識のない人と挨拶しなきゃいけない機会が多くてさ。大切な人にはすぐに自分を名刺を渡して覚えてもらえるようにしてるんだ」

「……なんか、凄いね」

 まだ高校生なのに。

 平々凡々と日常を送っている私とは住んでる世界が違うんだろうな。


「あ、誤解しないで。学校の友達とかに渡したのはセシリアちゃんが初めてだから」

「……え?」

「じゃ、また。姉が待ってるんで」

 そう言って私たちの元を爽やかに手を振りながら立ち去っていく。


「……なんなんだよ、アイツ」

「王子は……王子様だよ」

「……は?」


 ただの知り合いだよ!

 でも王子なんだよ!


 こんな知り合いレベルの私に連絡先を突然教えてくる関係なんて、一体康太になんて説明すれば……


「もう……帰るぞ」

「え? まだ全然見てない!」

「疲れたんだよ!」

「そんなぁ……。じゃあ、せめてリップだけ買って帰るから、ちょっとだけ待ってて」


 もう何でもいいや……

 さっき王子が『これがいいんじゃない?』って言ってくれたやつ。

 選んでいる暇もなさそうなので、私はサッとそれを手に取ってレジに向かう。


「柚子」

「なによ。レジくらい待ってくれてもいいでしょ? せっかく来たんだから……」

 何でそんなに機嫌悪いのよ……

 お洒落しても無反応だし、来たら来たで急に帰るって言い出すし……

 そりゃ私は康太にとって幼馴染以外の何者でもないのはちゃんとわかってるよ?

 分かってるけど……


(もう泣きそう……)


「そんなのやめてこっちにしろ。こっちの方が柚子に合ってる」

 淡いピンクとレッドの間のような上品な色……

「これ……凄いキレイ……」

「だろ? ほら、手に持ってるやつ、こっちによこせ! 戻しといてやるからさっさと買ってこいよ」


 相変わらずこっちを見てくれないけど……

 でも康太が選んでくれた事が嬉しくて。


 家までずっと不機嫌な顔をしている康太の隣で、さっきまで泣きそうになっていた私は嬉しさを抑えるのに必死になっていた。

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