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小説家と鳴家

作者: 甲原貴穗

 此れにて文机に向かい、原稿用紙に付けペンで文章を認めているのは、とある小説家である。此処は、その小説家の従弟の経営する旅館で、初夏の今、客が少ないからと、割安で勧められた部屋を、小説家は勧められるがまま借りたのであった。この部屋、少々曰く付きである。昨晩小説家が風呂に渡ろうとすると、ガタピシと天上が鳴ったのであった。この部屋に入った時から、建て付けが悪いのか、天井や柱がよくピシリと鳴る気はしていた。特に気にしていなかったが、この風呂時の家鳴音から、小説家は、天上に鼠でもいるものかと訝しむようになった。其れを、様子を見に来た従弟に話すと、この部屋の曰くを語られたのであった。従弟が言うには、昭和の初期に、この部屋を住処とした母子がおったと。子供は二人兄弟で、弟の方が、不可思議を寄せ付ける、霊媒体質であったと云う。ある日、此処から見える庭にニホンザルが来て、弟の死を予言したと思ったら、弟は急に熱を出し、その日の晩には昏睡状態に入り、そのまま医者に連れて行かれたが、治療の甲斐もなく亡くなったと。

 小説家は、初めて其れを聞いた時、身震いしたが、此処で亡くなった訳ではないのならと、宿を辞さずに居た。

 原稿を認めている今、家鳴の音は気にならない。寧ろ環境が良く、家で居るよりも筆が進んだ。家には、口煩い女房が居た。此処に居られれば、それを忘れられる。良い部屋だ。雑念は浮かんでは消えたが、原稿の上には一縷も乗らなかった。

「おい」

 小説家に声を掛ける者が居った。小説家は執筆に夢中である。

「おいって」

 その者が、小説家の浴衣に隠れた膝を蹴った。やけに小さな影と声である。小説家は付けペンを取り落した。唖然として、口を開いたまま、声が出てこない。

「お前、何故出て行かない。」

 手の平大の小さな鬼の格好をしたその者は言った。声に怒りが籠もっている。

 小説家の頭に。昨日の従弟の話が甦った。

「君は、昭和の初めにこの部屋に暮らしたという母子の、弟御か。」

 小説家が尋ねると、小鬼は今度は腿を蹴った。

「何を言っている。早く出て行け。」

 話の通じない様子に、冷静になった小説家は、溜め息をついた。

「どうして、出て行ってほしいのかね。」

 子鬼はキーキーヤーヤーと叫んだ。言うに云はく、この部屋には鳴家(やなり)という妖怪が棲息していると。鳴家どもは、人を驚かしたり、誰も居ない部屋で仲間と騒ぐのが好きなのに、どうして何も驚かない人間がこの部屋にずっと居るんだ、と。

 話を聞きながら、小説家は付けペンを拾い、手記に鳴家の姿を描き留めた。その精神の性分からか、その存在をとても興味深く思った小説家は、鳴家にあれこれと質問しては手記に書き留めた。鳴家は甲高い声で、全ての質問に答えてくれた。何故この旅館に棲むのか、今までの客はどうだったか、どうして小説家に姿を見せたのか。

 小説家と鳴家は、時が過ぎるのも忘れて、談話に熱を上げた。

 翌朝、女の仲居が朝食を運んで来ると、泡を吹いて倒れている小説家の姿があった。急いで、救急車が呼ばれた。小説家の側に落ちていた手記には、小鬼の絵と、鳴家の文字、そして、その生態が詳しく書かれていたという。

 小説家の従弟は、気味悪がって、入念に祈祷をし、その部屋を丸々建て替えてしまった。

 母子の弟は、まだその旅館から帰れずに居る。最近来たもう一人と一緒に。


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