編入
なんの手違いでかレクノは将官学校に編入されていた。
確かに試験結果によって配属先は変わると聞いていたが、ここまでやけぱちな配属をされるとまでは考えていなかった。
(金を稼ぎたくて軍に入ったんだぞ)
無論、自分が将官学校に入っている間は給金の支給はゼロになるはずだ。
母とその腹にいる子供を食べさせていけない……
そのことだけがレクノは気がかりだった。自分だけの生活ならばどこに配属されようがどうということもない。
ただ家族の生活がかかっているとなると、この軍の対応には異論を申し立てねばなるまい。
そう思って自らを将官学校に編入させた教育部総督大佐の元へ異議を唱えに行ったのだった。
総督大佐はデスク上の書類の山に埋もれるようになっており、まともな対応はしてくれなかったが。
『金のことなら心配はいらない――』
だそうだ。どうやらレクノが将官学校に編入する間の給金は、軍から支給されるらしい。
なるほど、その対応は当然至極なことであるように思えた。詳しい話は聞くことができなかったが、どうやらレクノは軍の中でも例外らしい。
他に将官学校に編入されたという新兵は聞いたことがないし。
特例中の特例だと考えてもいいだろう。なぜ? なのかは……たぶん試験が良かったから? と結論づけるほかない。
ただし……
(パトロンがいるな)
自分に融資してくれている人間がいることは間違いなかった。そのことにレクノはいち早く気付いていた。
なぜなら自分は一切の金を、将官学校編入のために払っていないからだ。
軍だから優遇されている可能性も考えられないくもないが。それは甘すぎるだろう。
試験での成績を挙げたかもしれないが「実績」は挙げていない。
そんな人間に対し軍が、特別できるから、という理由だけで金を湯水のように一人の人間に注ぐことは考えられない。
誰かが融資しているのだ。本人の思惑の外で。
ありがたいといえばそうではあるが、ありがた迷惑という言葉の方がもっと当てはまる。
思惑の外といえば、この突然の編入もそうである。
(本人の了承を得ないとは……)
ほとほと呆れる。この国の軍事制度は人権をも無視するのか。
(もしも俺が王になれば)
改革するだろう。なにもかも。地表民のひどい扱いや、こうした意味の分からない軍事制度。政治。
まあ、軍人になった時点でそれは可能の範囲からひどく外れることになる。
王になるなんてことは、生まれた瞬間から無理だといってもいい。
一番の近道は政治家になり、宰相になり、そして法律を打診して王に認められなければ法律は成り立たない。
自分にできることといえば、軍人としての職務をまっとうするだけなのだ。
まずはこの将官学校の卒業が第一の目標となるわけだが……
とりあえず将官学校はほとんどが軍の訓練と変わらないものだった。
士官になるための機関のようなものだからだろうか。
ただレクノだけ他の学生とは時間の流れが違うようだった。全てが個人授業なのだった。授業の進み具合はどうやら普通の学生の三倍は早い。
(なるほど短期で仕上げて、たたき上げ、やはり早い段階で戦場に駆りだすつもりか……)
レクノはいち早くそれに感付いた。
(尉官以上で使いたいわけだ……)
自分の使い道を軍に決定されたのは癪だったが、とりあえず戦場に赴きたい焦燥がレクノにはあった。
つまり、いち早く卒業したかったのだ。
三倍の速さの授業にレクノはなんなくついていった。普段の数倍もの集中力と精神力を稼動させたがためだった。――ということは本人は気付いてはいないが……
教室や講義室だけの授業だけでなく、機械訓練もあった。数タイプのグラオスに乗せられたが、ほぼ全てがA判定以上だった。
その尋常ならざる才能の発露により、このころからレクノには教官や学生の間であだ名がつけられていくことになる。
――地表の俊英、稀代のホープ。などなど。
希望に満ちた、とりわけ格好の決まったものなどがこれである。
ただしこのあたりは、少しも流行らなかった。彼の雰囲気に合わなかったのか、それとも噂を流す彼らに、やはりレクノを蔑むところがあったのかは分からないが。
唯一つ、彼が登りつめるまで呼ばれ続けたあだ名は。その化物じみた才能から。
――怪児、レクノ。
と。
それはとりわけ彼の鬼人じみた戦法や、才能を遺憾なく表していた。
彼のあだ名がその後広く知られるようになるのは、まだ、少し先の話である……