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試験

 バーチャルルームにつどったのは、すでに振り分けられた中隊の兵卒五十名であった。

 どうやら、ルームごとに隊が分かれているらしい。軍の設備も充実しているといえども、こんなにもインターネット回線のつながったバーチャルルームが設けられているのは、ここアンダーポリス軍訓練部ぐらいなものだろう。

 今回の指揮官――つまりアンダーポリス出身の上等兵、隊長――からは、試験の簡単な戦略を説明されている。

 この戦いは慎重に目立ちすぎないように、だそうだ。

 標的となる中隊に駆け引きを持ち込んで同盟を組む。そしていざ他の中隊と出合ったとき、その組んだ中隊と襲い掛かる。多勢に無勢。相手を殲滅させればこちらのもの。手柄は山分け。

 そのハイエナ然とした他の獲物を横取りする姿勢は、正直褒められたものではないが。戦争の中ではありといえばありなので、レクノは黙って聞いているしかなかった。


 隊長の隣の席に座って、バーチャル装置を頭にとりつけた。

 これだけで意識をネット上に飛ばすことができる。

 あくまでシミュレーションなので不測の事態は起こらないが、この試験、なにかありそうな予感がする。

 レクノは隊長の顔をちらりと見やった。緊張と決意のみなぎる顔をしている。やったるぞ、という気概全開なわけだ。

(セコい戦争をやるくせに)

 まあ何より、指揮官とは部下の命を第一に考えるものではあるが。

 それはつまらない戦争だとレクノは思う。命は掛け金のようなものだ。大博打。大穴を狙わずして富豪にはなれない。

 同じことだ。

 全員が装置をつけ終わる。明るかった室内の照明が落ちた。

 時計を見る。あと三十秒でぴったり十二時になる。

 この試験が終わるのは丁度三時間後。相手をたくさん倒したチームが優位、とは聞いている。もちろんそれ以外のことも測られるわけだ。どういう検定をされるのかは分かりかねるが、シミュレーションを使う場合はほとんどが機械分析である。

 正確なデータが出る。

 自分の最良を実行すれば、それは報われるのだ……

 時計の針が開始三秒前を指した。

 三、二、一……

 レクノは目をつむった。

 完璧に意識が遮断され、次いで暗闇の中から精神だけを抜き出される感覚がする。

 やがて中隊五十名はネット上の戦場へと飛ばされた。


 レクノは自分がいる状況をすばやく確認した。

 まず自分は「何か」の中にいる。ざっと見て、それは乗り物のコックピットなのだと分かる。

 末広がりの窓から外の様子が分かる。森林のなかのちょっとひらけた空間に、数十台の人型ロボットが整列していた。

 そのことでレクノは今自分がグラオスに乗っているのだと分かった。

(なるほど、今回は要になるロボット戦か)

 グラオスは戦争の勝敗を分ける重要兵器の一つだ。それで新兵の働きを測るならそれは正解といえるだろう。

 グラオスには訓練で幾度か乗っている。レクノにとっては得意中の得意だ。

 人型兵器のわりに機動力が高く、ブーストで空を飛ぶ。戦闘機よりはスピードが出ないが、その代わり安定している。

 なぜかは分からないが、この乗り物に乗ると血が騒ぐ。いやそれはレクノが血を欲しているからかもしれない。


 窓の前にバーチャルウィンドウが開いて、通信がつながった。画面には隊長の顔がうつっている。

「全隊員、通信、繋がっているだろうか。これからこの試験――いや、戦争の簡略な指示を送る」

 そう言って、隊長は命令系統のメールを一斉送信した。

 内容はこうである。隊長自ら護衛十名を引き連れて、同盟を組みにいく。

 その間、レクノは残る中隊――いやもう小隊規模になってしまうが――の指揮を任される。

 任務は待機。ただ待つだけである。

(簡単なもんだ)

 隊長は整列させた全員の中から、選りすぐりの十名を選んだ。その中にはどうやらラムもまじっていたらしい。

 バーチャルウィンドウの二面にラムの顔が映し出された。

「おーい、副隊長さん。通信繋がってる? これ、隊長さんには内緒だから。レクノも気付かないふりしてろよ。

 どうやら、俺は同盟小隊に連れられるらしい」

 まずは東に行って出会いがしらの中隊に同盟を持ちかけるのだそうだ。

「俺も頑張るからさ、お前も頑張れよ」

 ラムはそう言って飛び立っていった。

(俺はお前らをただ待つだけなんだがな……)

 ゆったりとコックピットに座りながら、レクノは楽にしていた。

 気分をゆるく保つ。この隊に実害は及ばない可能性が高い。森林の中に潜む隊を見つけることは、存外難しいことなのだ。

 だから特に何も考えていない。「不測の事態」は起こらないからだ。


 小一時間、待っただろうか。

(少し、遅いな)

 やきもきしていた。待機が長すぎるのも考え物だ。不安を増徴させるのに十分な時間はたった。

 なにせ三時間で成果をあげなければならないのだ。三時間待ちぼうけで終わりなどとは、恥ずかしくて顔もあげられない。

 漫然としない時間。レクノにとっては最も忌むべき時間だ。

(ああ、早く働きたい……)

 ――一瞬、ぞくりと背中に悪寒が走った。

 それは突然の予感であり、もちろん「嫌な」予感ではあった。

 それだけでレクノは「何かあったな」と判断した。

(不謹慎なことを思ったツケかな)

 案の定、その数秒後に緊急メールが送られてくる。隊長からだ。

 内容は――


(なるほどな)

 レクノは納得した。

 すると突然バーチャルウィンドウが開き、憔悴した男の顔が映った。

「ラムっ!」

 それはラムの顔であった。ラムは錯乱したかのように早口でまくし立てる。

「隊長が、隊長がっ!」

 ラムの声はうわずっていて、何を言っているか判別がつかなかった。

「落ち着け、ラム。もう一度状況を言ってみろ!」

「隊長が敵の弾を受けて、打ち落とされた!」

 なるほど、指揮官の欠落は「不測の事態」ではないということか。

(馬鹿な人だ)

 こんなチャンスをふいにしてしまうなんて。

 そのおかげで、レクノにはチャンスが舞い降りたわけだが。

「…………」

「レクノ、どうすればいい?」

(そうだ。この場の指揮官は俺に移行するんだ。)

 隊長が欠如した今、その場の指揮官はレクノということになる。

「まずは落ち着け、今交戦中か?」

「ああ、俺は今二機を相手にしてる。だがこのままじゃもたない」

 それを聞いた瞬間レクノは頷いて、今戦っているであろう分隊の全てのグラオスに通信を繋げた。

「分隊、戦闘から離脱して、本隊と合流しろ!」

 レクノは速やかに指示を出す。

「できません。完全に包囲されています!」

 他の隊員からの通信が入る。

「煙幕をつかって、空に抜け出せ。このシミュレーションでは日差しが強いから、敵は君たちを見失う」

「分かりました。やってみます」

 そこで通信を一端切る。

(――ここからが仕上げだ)

 レクノには万が一の為の策があった。今ここに残る待機兵でやらなければならない作戦である。

 待機兵に通信を繋げ、レクノはその作戦を伝えた……


 帰ってきたグラオスは片手で数えるほどだった。ラムもうまく離脱できたようだ。

 無論、追いかけられている。

 彼らの遥か向こうには、かなりの数のグラオスが押し寄せていた。敵感知レーダーにもかなりの量の点々が点滅している。

(よくもまあ、こんなに……)

 おそらく、隊長は罠にかかったのだ。向こうはすでに他の隊と同盟を組んでいた。

 その中に隊長らが飛び込んでいったものだから、ゴキブリホイホイよろしく、襲い掛かられたのだろう。

 それを考えれば、分隊の敵方との戦力差は十倍となる。殲滅されても仕方がないだろう。

 試験が始まってから同盟を組もうなどと、甘っちょろいことを考えるからいけないのだ。試験は試験が始まる前から始まっていた。そういうことだろう。

 ただ大群だろうがなんだろうが、関係はない。

 それを打ち砕くことも、不可能ではない。

 レクノは「一人」、帰ってきた隊員を迎え入れながら。残酷とも言える通告を彼らに言い渡す。

「残念だが我々はここで引き下がらない。逃げるのはしゃくだ。迎えうつ!」

 彼らの落胆やため息が聞こえてきそうだった。けれどレクノは薄っすらと笑う。

「おい、レクノ。迎えうつのは構わない。だが、どうして本隊がお前一人なんだよ!」

 ラムの叫び声が通信から入ってくる。それは悲痛ともとれる叫びだった。

 彼の考えが手に取るように分かった。自分らは捨て駒なのだと、ラムは思っているに違いなかった。

(捨て駒、といえば聞こえは悪いが)

 まさにそう言っても過言ではないだろう。今の時点では――

「なぜ一人なのか? か。――俺一人いれば、充分だからだ。ほら、そうこうしているうちに、やっこさん。やって来たぜ」

「くっ」

 そしてたったそれだけの会話で数体のグラオスは数十のグラオスと交戦状態に入った。

 もう余裕をふかしている暇はなかった。

 バーチャルだからだろうか。いつもの乗り心地と若干の誤差があった。

 しかしレクノはその誤差を補って余りある活躍を見せた。

 一体、二体、次々と弾丸で打ち落とし、ブレードと呼ばれる近距離戦闘専用武器で敵をなぎ払う。

 一人で充分という言葉も、伊達ではないようだった。

「やるじゃねえか、レクノ」

 通信でラムの声が入ってくる。

 ラムのほうをチラリと見ると、こちらも中々の活躍ぶりではあった。

「お前の方こそな」

「おい、後ろ!」

 気付くと敵に後ろにまわられていたようだった。敵はブレードを振り下ろそうとしている。回避も迎撃も、もう間に合わない。

 と、横から一発の弾丸が飛び込んで、敵に着弾した。敵は打ち落とされ、地面に叩きつけられてバーチャル世界から消えた。

 弾がやってきた方角を見ると、それはラムだった。

「助かったぜ」

「いやいや、大したことねえ」

 ほっと胸をなでおろした自分がいた。ここで倒されたら元も子もないからであった。

 しかし休んでいる暇はなかった。また戦闘に舞い戻る。

 敵全員の気をこちらに向ける必要があった。もっと言えば――完全に包囲される必要があった。

 じわじわと取り囲まれていく感じがする。逃げ場をじりじりと削られる感覚。

 そしてレクノは交戦中の隊員全員に通信を繋げる。

「五秒後、下方へ逃げろ!」

 五、四、三、二――

 全員機体を下に傾けた。敵はいち早くそれに気付いたのか、すぐに追ってくる。

 ラムが難しい体勢で敵と刃を交えていた。さらに横からも斬撃を受けている。

 ――このままでは完全に倒されてしまう。

 レクノは迷わなかった。義をみてせざるは勇なりきり、とも言う。

 すぐさまラムのところまで駆けつけて、敵のブレードを受け止める。

(よし、そろそろ時機だ――)

 レクノはラムをかばいながら「待機兵、後方突けっ!!」と大声で叫んだ。敵方は前方(下方)の敵――囮である自分達――に注意を向けすぎて、後方部分が手薄になりがちであった。

 上空に潜む待機兵は一斉に敵に襲い掛かった。

 ――このシミュレーションは日差しが強い。敵のレーダーにも感知されないような超上空で待機して、敵の後ろを狙う。

 それがレクノの作戦である。

 例え敵が振り返って迎え撃とうとしても、逆光で見えない。

 そしてレクノが待機兵に下した命令はこうである。「徹底的に敵を殲滅せよ」と。そして兵士達は忠実にそれを守った。

 かくしてわずか小隊規模の隊が中隊――あるいは大体規模に膨れ上がっているか――という敵に対し、大勝ともよべる戦績を残したのであった。

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