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試験当日

 試験はどうやら、ほとんどがバーチャル装置によるシミュレーションだった。

 レクノはこの「ごく簡単」な試験に拍子抜けするものを感じていた。

 シミュレーションということは、体力的には疲労しないということになる。疲労はありとあらゆるミスを人間に起こさせる。

 そういう意味では、正確無比な試験とは言いがたった。

 とまれ交友関係の広いものには、ちょっとばかり不利な試験かもしれなかった。今回の試験、新卒五百名を五十名程度の中隊に分けて、その中で戦闘を行うのだ。

 シミュレーションとはいえ、同じ釜の飯を食らい合った仲間と殺しあう。

 精神衛生上、これほどえげつないことも無いかもしれない。

 ただしレクノはそれほどまでにこたえなかった。決して交友関係の狭い方ではないが、一人を除き広く浅くなのだ。


 掲示板を確認したとき、すでに隊は組み込まれていた。あの男――ラムは運よく同じ隊に編入されているようだった。

 今回の試験は教官の参入はなしということで、士官も下士官も指揮系統にはいない。

 本当の戦争ならありえないな。とレクノは笑うしかなかった。

 士官以外の人間が兵を指揮などありえない。下士官ですら、士官の命令を実行するだけなのだ。兵が兵を指揮だなんてとんだお笑い種だ。

(まあ、試験は試験)

 上は何を試したいのだろうか。兵卒の何を見たいのか。

 ――意味は分からなくもない。


 とりあえず、レクノの隊を指揮するのはアンダーポリス出身の上等兵だった。

 やはり他を指揮するのは他よりも階級の高い人間であるのは当然である。そのことにレクノは特別異論を唱えることはなかった。

 しかし驚くべきことが一つ。

 並みいる上等兵や一等兵を差し置いて、弱冠十七歳の二等兵――レクノが副隊長に任命されているのだった。

(訓練のとき、いい顔をした甲斐があったな)

 そう思う。ただしレクノはほくそ笑むでも、茫然とするでもなく、当然といった具合に受け止めていた。

 まあこれは上からの、見られているという通告かもしれなかった。注目されているという暗黙の……良い方か悪い方かは判然としかねるが。

 ラムはレクノが副隊長であるという事実が愉快でたまらないらしかった。

「軍にも見る目がある人間がいるんだな。避難民でも出世はできる!」

(そういえばこの男も避難民か……)

 同室になるくらいなのだから、当たり前といえば当たり前だが。

「よろしくな、副隊長!」

 ラムは笑ってレクノの背中を叩いた。

(こりゃまた面倒な……)

 厄介なものを背負ったかな。

 そう思いつつも、やる気がそげることはなかった。なぜだろう。こと戦闘に関しては、冷静にそして意欲的に受け止めることができた。

 今、自分らがこうして訓練を受け、試験を受けているときも、地表面では激しい戦いが繰り広げられている。

 自分らが命の駆け引きの関係ない安全なところにいる間にも、命のやり取りが行われている。幾多の英雄が戦死している。

 武者震い。

 想像するだけで、ぞくりとする。

 今に自分らも戦場に投げ込まれる。ギリギリの駆け引き。男と女の駆け引きとも似ている。

 殺すか、殺されるか。奪うか、奪われるか。勝つか、負けるか。

 選択肢は二つに一つ。

 間違いなく、選ぶならば……

 だから早く安全圏から脱したかった。あっけなく人が死ぬ空間に投擲されたかった。

 不条理の中でも、楽しく生きていく自信があった。愚かにも。

 むしろその不条理を楽しむのだ。

 どうしてこうもうまくいかないのだろうと嘆きながら……?

(違うな)

 どうしてこうもうまくいかないのだろうと嘆く人間が見たいのだ。

 過去の自分を卑下するように。そんなやつらを睥睨したい。

(狂ってるな)

 今の自分だってうまくいっているとは言い難い。

 ただそういう環境に投げ込まれるためには――そして戦うような身分になるためには……

 今回の試験、失敗は許されない。

 ゆるやかに胸の奥。情熱がともるのを感じた。

 どんな茶番を繰り広げてやろうか。バーチャルの戦場で。

 忠実な兵士を演じるつもりは毛頭なかった。

 もちろん、自分に才能は無い。無いなりの働きをするしかない。

 十割のやる気を、一ヶ月間の苦労を、全てこの試験に投入する。

(何、気合いれてんだか――)

 横で馬鹿みたいにガハガハ笑っている男を見ていると、自分の考えてることが呆れるぐらい意味のないものなのではないかと思う。

 その通りだ。残酷なぐらい、意味のない、つまらないものだ。

 まだこれは序盤なんだから。気負うことは無い。

 当然の働きをするまでだ。

 レクノは一度自分の胸に揺らめいた炎を消した。過去の自分もそうだった。奴隷として働いていたときも、避難民としてこの都市で生活していたときも、希望を抱いては掻き消す。その繰り返し。

 冷静さを欠いたら、絶望しか残らないことを知っている。

(それに試験程度でどうこう変わるものでもなし)

 ただしあまり下手すぎる立ち回りをすると、兵站部に送られて戦えなくなる可能性は十分にあった。

(与えられた職務をまっとうするだけだ)

 そう、それだ。

 ――副隊長。

 なかなかにさまになる肩書きではないか。

 五十人中隊を動かすのは隊長だが、自分だってそれなりな働きはできる。

 どうやら、軍上層部はレクノに「軍事」の才能を認めたらしい。

(期待されたら働かねばな)

 それなりのものを要求されているのだから、それがあることを証明するのは道理にかなう。

(楽しみじゃないか)

 やはり心は愉しみに震えた。レクノはそれを隣を歩くラムに悟られないようにするのに必死だった――

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