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姫の休日

 アンダーポリス中央に位置する地底宮。

 ――王宮の名である。その端にある天球てんきゅう園――俗に言われる姫の宮。

 その一室には、外からの光が目一杯差し込んでいた。

 といっても、太陽からの直接光ではなく、人工灯によるまやかしの光ではあったが、本物といつわっても遜色しないほどの精密さでもって、部屋一杯を照らしていた。

 陽光は安寧をくれる。

 ソファにしなだれながら、地底王の娘――つまり、アンダーポリスの姫、ナフィはつくづくそう思う。

 窓から差し込む暖かな光は、彼女の長く細い黒髪を、優しく照らし出した。

 このソファに寝そべれば、ナフィは何時間でも寝ていられる。

 天球園の部屋でも随一の間、地凪ちなぎにいれば、外界の喧騒を瞬間でも忘れることができるのだ。

 世界の傾ぐ音。

 外にいると。いや、父やその連なる人々の近くにいると、一層強く聞こえる。

 現在のアンダーポリスの戦況は、新型グラオスを発明したとはいえ、まだまだ色よいとは言いがたい。

 乗り手がいないからだ。今のままでは空挺軍との実力は伯仲。地底軍はこの、新型グラオスの乗り手を欲している。

 自らの一族は戦争に負ければ処刑される。

 今このアトロポス戦争を先導しているのは、間違いなく王族だ。扇動もしている。

 民衆を煽り立てて、戦局を動かしている。そうでもしなければ士気は上がらず、今まで勝ってきた戦いにも勝てていたかどうか怪しいものだ。

 戦局を動かしたのは、自分だった。

 いや、事実指揮をしたのはその場にいる大将と呼ばれる人々である。

 王族に連なるといっても、ナフィは女だ。彼女が任されるのは良くて連隊、おおよそは大隊。

 軍を統率する支配力もなければ、権限もない。

 だがそれでも彼女は、類稀なる戦局観で軍を動かし続けた。――軍事参謀として……

 大将と呼ばれる人間達は、彼女の兄弟か、大御所と呼ばれる貴族らだったので、話は通りやすかった。

 彼女の秀才ぶりは常日頃のことだったからである。周囲からの信頼が厚く、愛されてもいた。

 だからこそ、自分は積極的に戦場へと赴いたのだと、ナフィ自身はそう思っていた。

 国のため、帝王のため、兄弟あにおとうとのため、国民のため――

 周囲の期待に応えるべく、彼女は忙しい毎日を送っていた。

 そのおかげか、彼女のために取り戻せた陣地が二、三国ある。どれも、アンダーポリスには必要不可欠な要害といえる都市だった。

 地表のゼロが一になり、二になり、だんだんと増えてゆく。

 そのことに、そこはかとなく希望と満足と、そして同じ分だけの不安を抱いた。

 女である。

 たかが女が、このような大それたこと。

 周囲の――特に下級貴族の目は、好奇と敵意と、それに二分されていた。

 彼らと付き合うのは、大変なことだった。

 身体や権力を目当てに言い寄る者もある。平気で悪意を振りまく者もある。

 それらの人々をさばく行為は、まだ十代である彼女にとって、空挺軍との戦いよりも険しい難題であるかのように思えた。

 心の奥で、自分を守り、庇護し、甘やかせてくれる人物を探していた。

 ただしそれは父ではなかったし、兄でも弟でも、ましてや言い寄る貴族たちの中に見つけることはできなかった。

 彼らの隣に並ぶと、世界が歪んで見えた。彼らは戦争によって汚れすぎたのだと、彼女は納得している。


 ただ、今は月に一度の休養日だった。軍学も、参謀学も、王族としての作法も、武芸も、みんな忘れてもいい日だった。

 そんなときナフィは大抵、惰眠を貪った。

 身体も精神も休養を欲してやまないのであった。

 ――日めくりカレンダーは十日前で止まっている。立ち上がるのも、面倒臭かった。

 彼女はまた、まどろみとうつつの境を行き来し、ついには世界の動を静へと切り替えることに成功した。

 世界の傾ぐ音は、自分の寝息に掻き消されていった。

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