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始まり

 地下の空は暗かった。

 いや、地下というものに空などは無い。天井という名の空を遮る壁を天空とは呼べないし、お世辞にも明るいとは言いがたい。

 アンダーポリスは地下都市だ。

 レクノはそれを重々承知していたし、だからこそ文句をつけようとは思わない。

 ただ、自分の気分が徐々に暗く沈んでいくような感じはした。

 地底人での唯一の地表の生き残り、アイフォード族。

 レクノはその末裔だった。一族はレクノが生まれる前、空挺軍に滅ぼされたと聞く。

 かつては広い空をほしいままに見上げ、清浄な空気を吸えるだけ吸っていたはずだ……

 レクノは首を振って、その考えを払拭した。わがままは今、言える状況にも、立場にも無い。

 うまい空気が吸えなくても、地底人の市民として生きていけるだけマシ。

 アイフォード族も滅ぼされてからしばらくは、地表にまだ残っていた。

 空挺軍の植民地として、アイフォードの街は支配された。彼らの奴隷として一部の人間は生かされ続けた。レクノとレクノの母もその中の一人だ。

 働きづめの毎日。当時の辛さは思い出したくもない。

 命からがらで親子二人、逃げてきたのだ――


 そして今、ここアンダーポリスで当時よりはマシな生活を送っている。

 いや、生きているのも不思議なくらいだ。街を抜け出したのが、アンダーポリスへ着く前に空挺軍に知れればただではすまなかったのだから。

 レクノはこの拾い物とも言える命を、しかし大切にしようとはしなかった。

 ――どうせあそこで終わったかも知れぬ命、どう使おうと今更なんにもならない。

 アンダーポリスにむかえられてから、その日々を自棄で過ごした。

 それはひとえに、母の妊娠に理由がある。

 レクノは父無し児である。父が死んだのではなく、分からないのだ。

 いや、分からないこともない。たまにレクノの家を訪れた空挺軍の男であることは容易に想像がついた。

 アイフォード族は、美しさで名の知れた一族だから、そういうこともあるだろう。

 今、母の腹にいる子供も、きっと彼の子であるに違いない。

 そう思うと、しゃにむに生きる気が失せた。

 アンダーポリスで生きているのが罪のような気もした。

 ここで生きる人間は、まごうことなき地底人だ。地底人は皆、空挺派の人間である天空人てんくうびとを恨んでいる。

 だから自分の半分は生かしてもいいが、もう半分は殺さねばいけないような気がする。

 そういったムラッ気のある心で、漫然として生きていた。

 無論、家族は養っていかねばならない。母は妊婦であるし、働かせるわけにはいかない。自分だけが働けるのだった。学もなく、特に秀でた才もないレクノは、この都市を駆け巡り、バイトだの派遣だので日々の小遣いを稼いだ。

 報酬の九割は母に渡し、一割は自分の懐に入れた。

 仕事が終わると、疲れを癒す名目で酒を飲むのだった。


 今日もまたレクノは酒場に足を向けていた。これくらいの散財は許される気がした。

 空を眺めても、朝と変わらず、どんよりとほの暗い。

 レクノの向かう場所は、喧騒と光と人で溢れる繁華街だった。

 酒場のドアを開け、中に踏み切ると、いつものメンバーがすでにどんちゃん騒ぎを始めていた。

「よぉう。レクノの坊主。今日も飲んでくか?」

 髭づらの男――サポットがレクノに気付き、声をかけてきた。

「ああ」

 レクノは一言そう答える。サポットはいつものように大笑いをしながら、レクノの隣に座ってビールジョッキを勧めた。

 中年、大顔、がたいの良さ。どれをとっても、荒くれ者か工事現場の総督か。そんなものに見える。

 実際はこの店の店長という、まあなくもないオチではあるが。

「本当におめえは良く飲むなあ。マセガキの鑑だぜ」

「ガキか? 俺は」

「まだまだ、青春真っ盛りだろ?」

「青春ねえ」

 呟きながら、ビールの苦味を味わう。

「青春の味を知る前に、酒の味を覚えた俺を、ガキと呼べるだろうかね?」

「マセたこと言いやがって。口のうまさもいっちょ前だなあ」

 サポットが大声で笑うと、さっきまで店のロビーでガチャガチャやっていた男達も集まり始めた。

「おう、レクノ来てたのか」

「ここに来たなら、まず俺たちに挨拶しろよ」

「うあ、またジョッキで飲みやがって!」

 彼らはレクノのバイト仲間である。気のいい奴らなので、レクノも気を許している。

「おい、レクノ知ってるかよ」

「ん?」

「今、王宮で兵器の乗り手を探してるって話だ」

「ふうん」

 レクノは気のない返事を返す。

「なんだ、興味ねえのかよ」

「……ないよ」

「まあな、そりゃそうだな」

 飲めや歌えやの騒ぎが、レクノを中心にまたたくまに広がった。

 がやがやと、その喧騒にまみれていく。

 騒然とした真ん中にいても、レクノの頭は冷静に先ほどのことを考えていた。

 兵器――つまり戦争か。

 いよいよ、アンダーポリスが打って出るのか。

 興味がないわけがない。詳しい話も聞きたい。

 ただ、ここで戦争の話はタブーだ。なぜならば、辛気臭くなるから。

 酒の場では、楽しい話以外禁止。それがこの酒場のルールだ。

 ――新型兵器、グラオスか。

 レクノは頭の中で、自分のこれからの身の振り方を簡単に決めた。

 この身を戦争に投じることは、なかなか、これ以上いい仕事が見つからないほどの名案に思えた。

 戦場で我が肉親と会えるのではないかと、ちらりとよぎるものがある。それは堪らない悦びだった。

 久々に、自分の中に焦げ付くような高揚が湧き上がるのを感じて、レクノはこの日、上機嫌だった――




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