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お別れ

 将官学校での三ヶ月はあっという間に過ぎて行った。

 恐ろしいほど密度の濃い授業でレクノは完璧にまいってしまいかけたが、執念というもののおかげだろうか。彼の精神力はそれに耐え切った。

 三ヶ月の間で、自分の噂が軍部に広がりつつあることを、教官から聞かされたものだが、レクノはそれを一向に気にしなかった。

 噂は流れれば流れるほど良い。自分の知名度を、悪名だろうがなんだろうが上げておくのはマイナスにならないはずだ。

 名声さえあれば、大きな仕事を任されることになる。

 それは戦場で多くの功績を残せる(大量虐殺を指揮できる)可能性を自らにもたらしてくれる。

(歪みきっているな)

 レクノは自分の性質をほとほと呆れて鑑みるしかなかった。

 ただその愉悦を否定しようとは思わなかった。自分の歪みきった性格のおかげで今自分がここにいるということを忘れてはいけない。

 今日の授業が、最後になる。

 明日からは新しい配属先に移転するための準備期間が設けられる。

 将官学校は卒業というワケだ。

 ただレクノの様子はさほど変わりは無かった。彼に感動とも言える感情を期待するには、三ヶ月は短すぎた。

 その日はいつものように授業を受け、いつものように寝た。いつものように、乾いた毎日が潤えばいいのにと祈った。


 翌日レクノは無事、修業過程を終え、将官学校を卒業した。

 卒業証書を受け取ると同時に、入軍証書を新しく受け取った。

(いよいよ……!)

 レクノは入軍証書を握り締めながら、無駄に力む気持ちを抑えようとした。

 きっかけは行きつけのバーで聞いた、募兵の話。

 そこから一念発起して、応募したあの日から、まだ半年も経っていないのだとハッとして気付いた。

 たったの半年で部隊に投入され、戦闘に投入される。

 不思議なくらい不思議な話だ。しかしそれくらいこの国は切羽詰っている。

(徴兵令を出さないだけマシだ)

 軍人が威張ることができる。

 軍が力の権威として発揮される。

 自分は力の権威の立場にいる……!

 ふと、完全に自分が違う世界に来てしまったのではないか。そういう風に感じる。

 地表民として過ごしていたときは、市民には相当虐げられてきた。就職も満足にできなかったのがその証拠だ。

 これからは逆。

 レクノの心に黒い優越と、一抹の寂寞が湧いた。

 それはこの世界から隔絶されることを暗示していた。


 そういえば、これから荷物をまとめて寮を出てからも、数日間は休暇が与えられるのだったと。レクノは思い出す。

 その数日の間に、あの酒場を訪ねておいてやるかと、そういう気持ちになった。

 それはこれから別れを告げる世界に、挨拶していこうという。たったそれだけのことなのだった。

 ただあの場所がレクノに与えてくれたものは大きい。レクノもそれくらいは分かっていた。

 レクノは荷物をまとめると、寮への挨拶もそこそこに敷地の外へ足を踏み出した。

 無論、もうここには戻ってこないが、なんの感慨も沸かない。

 無理矢理入れさせられたのだから、当然といえば当然だった。

 貴族たちにまみれているといってもいい。将官学校は、いうなればそういった地獄だった。

 地表民の自分が紛れ込んではいけない世界だったのだ。――とまでは卑屈に思わなかったが。

 雰囲気は悪いなと感じた。

 あのような輩が、軍を、兵を、命を指揮するのかと思うと、若干堪えがたいものがある。

(一足先に戦場を変えてやるよ)

 この建物で学んだものを、フル活用させてもらう。

 振り返りざま、にやりと笑って。レクノは建物に背を向けた。この世界とも別れを告げよう。


 軍隊から少し離れて、アンダーポリスに帰ってきたレクノは、戻るつもりもなかったが、実家に顔を見せた。

 母はレクノを歓迎したが、レクノは嫌がった。

 そして母は相変わらず美しかった。自分と似て(自分が似ているのか)。この顔でまた誰か男でも引っ掛けているだろうかと、レクノは想像する。それだけで嫌悪が湧くのだった。

 母の腹は充分にふくれており、臨月を迎えているようだった。それだけ確認したレクノは、すぐに家を出た。

 母の残念そうな声が耳にこびりついたが、レクノは振り返りもしなかった。



「サポット」

「おお! レクノの坊主。久方ぶりだな」

 レクノは家を出てそのまま、酒場へと足を運んでいた。

 やはりここは落ち着く。

 他のメンバーはまだ来ていないようだった。

 店には数人の、たぶん夕食を取りに来ただけの客数名と、店主のサポットしかいなかった。

 サポットはレクノが何も言わなくても、ビールをジョッキで持ってきてくれた。

「本当に、最近来なくなっちまってたから、みんなで心配してたんだぞ。

 バイトでも顔を見なくなったって、あいつらが言ってたもんだから。一体、どうしたんだ?」

「ちょっとな……」

 まさかそこまで心配をかけているとは思ってもいなかったので、レクノは言葉を濁した。

「あれだ。俺、軍隊に入ったんだ」

 そしてレクノはそのあらましを話した。

 サポットはふんふんと口を挟まずに聞いていたが、レクノの話が終わると腕を組んで怒鳴りつけた。

「おめえ! そういうことはもっと早くに言うもんだ。言うのが憚るようなら、手紙を書いてくれりゃ良かったのに」

「すまん」

「ったく……」

 ふうっと息を吐いて、サポットは顔を柔和に戻した。

 組んだ腕をほどいて、レクノの頭に乗せる。

「入軍おめでとう。これからもウチの店をご贔屓に」

 サポットはそう言って、大柄に笑った。

 レクノは別れを告げるためにここに来たのだった。しかしそれが正しいことではないと、そう。たったそれだけで、ストンと腑に落ちたように思った。

「また来い、坊主」

「ああ」

 酒の味も、友の優しさも。忘れることはできないなと。

 レクノはひしひしと感じる。義理の完全遵守。

 この世界にさよならなんてできない。

 グッドバイじゃくて、シーユーアゲイン。

 また会おう。と。



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