役場
寒さも少し和らいできたような気がしますね
喫茶店を出て1時間が経っただろうか、住宅街を俺たちは歩いていた。
「後どれくらいなんだ?」
「大体今が半分ぐらいだからもう1時間くらいかな」
嘘だろ・・・まだ半分なのか。日頃の運動不足が祟るな。
「それこそ魔法とかなら空をビューンと飛べそうなのになぁ・・・」ボソリと呟く。
「まぁ、出来ると言えば出来るけど・・・」
「え、ホントに?」
「けど、魔力の扱いに相当慣れてないと危ないよ。それこそ空から真っ逆さまに落ちちゃう」
空を見上げる。確かに空を飛んでいる人は見当たらない。それだけ難しいのだろうか。仕方ない素直に歩いて行こう。
住宅街を抜けて、山が大きくなってきた。ということは役場はもう少しなのだろう。
「そういえば許可っていうのは役場に申請とか何かをするのか?」
「そういうのは要らないよ。ただゲートの通過の許可を出せる人が役場にいるだけで」
「そんな大層な物を一個人が所有してるなんて、凄い権力者か何かなのか?」
「いやいや、そんな人じゃないよ。本人曰くグランドマスターから譲り受けたんだって」
「グランドマスターって確かさっき何代か前の偉い人だろ。ならその人今何歳なんだ・・・?」
「今年で確か95歳のおじいさんよ。で、この建物がこの街『イズルマ』の役場よ」
目の前には大きな木造の建物があった。その建物だけアルプスにでも迷い込んだような形だった。
中は木造でありながら、しっかりとした作りなっていてそれこそ元の世界にあってもおかしくは無いような建物だった。暫くきょろきょろと見渡していると、アルカに「何してるの」と白い目で見られてしまった。
役場の人に奥の方の部屋に案内された。アルカが「失礼します」と言ってドアを二回ノックする。木特有の高い音が響いた後に「どうぞ」という年老いた男の声が聞こえた。アルカにドアを開き、それに着いて行くようにあれも部屋に入った。そこには緑色のセーターを着た背中が丸い白髪のおじいさんが正面のソファーに座っていた。その身体は細く、全く動かないため置物のように見えたが俺を見るとゆっくりと近づいてきた。
「・・・」無言でこちらを見つめているなんだか不気味だな。
「お前はミユキじゃな?」
「いや、違いますけど」
「・・・」
「・・・」
「違うのか?アルファ」
・・・大丈夫かこのじいさん。
「今失礼な事考えたでしょ」小声でアルカに注意された。
「私はアルカですよジーンさん。それにミユキじゃなくてユキです」いや、ユキでもないけどな。
「そうだったか最近物忘れが酷くてな。名前を間違えて悪かったなサルサ」
「・・・」
「・・・」
「なるほど、君は外から来たのか。そして許可を貰いにここへ」暫く時間がかかったが、何とか要件を伝えられた。
「うーん、許可を出すのは構わないんだがな・・・」
「え、何かあるんですか?」
「いや、今はゲートを作動させるべきではないと考えておってな」
「もしかして魔素の流れが不安定なんですか?」アルカが尋ねる。魔素ってなんだ?
「そう。魔素の流れが不安定でこの状態で魔力を多く使うゲートを使用すれば魔物が街に大量に現れるだろう」
「あの、安定するのにどれくらいかかるんですか?」おそるおそる聞く。
「ふーむ、こればっかりは分からん。しかし許可は一応出しておこう」そう言って紫色の光が俺の手を包んだ。おおっ、ここに来て初めて異世界っぽい体験だ。
「これでよし。今ゲートに入るための鍵を入れぞ」
「ありがとうございます」頭を下げる。
「いや、こちらこそ直ぐに使わせてやらなくて悪いな。魔素が安定し次第伝えるよ」そう言われてもう一度礼を言ってから役場を後にした。外は気がつけば日が傾き出していた。
「まさか、魔素の流れが不安定だなんてね」
「えーとその魔素って?」
「ああ魔素っていうのは魔法とか魔術を使うのに必要なもので、普通の人は見えないけど今も漂ってるのよ」なんだか今日は質問してばっかだな。まぁ初めて来た場所だから仕方ないか。
「!」大体住宅地に入るところだろうか。そこでアルカぎ急に立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「ユキ、ここから動かないで」アルカの視線の先を見る。すると、数十メートル先に二足歩行の生物がいるのに気づいた。しかしそれはヒトやサルのような風貌ではなく、緑色の皮膚をしている化物だった。
「あ、あれは!?」
「ゴブリンよ。たまに人里に現れて悪さをするの。こいつは見たところ小型だけど、危ないから下がってて」そう言ってアルカは自分の持っている弓を取り出してゴブリンに向かって構えた。そして弓を射るような素振りをする。すると、弓から矢の形をした光がゴブリンに向かって放たれた。光の矢はゴブリンに向かって進み、その首の辺りを突き抜けていった。そしてゴブリンの体は崩れ、塵になって消えてしまった。
急に魔法の戦闘を見せられて呆然としていたが、アルカに呼びかけられて我に返った。
「い、今のは?消えて」
「魔物は一定以上のダメージを受けると基本的に肉体を維持できなくなって消えてしまうの、もともと魔物って魔導生物の略だし」
「そうなのか・・・。普段アルカはこんなのと戦ってるんだな」
「いやー、私はまだまだ階級下の方だしそんなに戦闘は多く無いよあったとしても小型ばっかだし」
「いやいや魔法なんて使えない俺からしたら十分凄いけどな」
「あ、そうだ!暫くここにいることになるんだから少し教えてあげようか」
「いいのか?仕事とかあるんじゃないのか?」
「まぁそうなんだけど時間があるときに・・・
こうして話しながら帰り道を歩き、病院に戻って来る頃には空は橙色に染まっていた。
やっと異世界の1日目終了です。