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マーマン防衛軍  作者: ベスタ
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5 非道と非情

 血カビの症状が出てから2日が経った。

 その間に出ていた部下たちの報告や置かれている状況を一二三はまとめた。ポリフェルの会議室では、その後の対策を練るための話し合いが行われていた。

 上座に座っているオームが頷く。


「ビゼン軍の槍につけられていた爪は、血カビの症状を広めるための手段だったということか」


 一二三の結論は、ビゼンの罠ということになった。

 爪付きの槍で傷をつけやすくしておいて、血カビを傷口に感染させる。あとは放っておいても血カビによって弱り、死んでいくだろう。たとえ血カビに感染していなくても傷や痛みによって兵士の動きは鈍り、戦闘力は落ちる。


「だが、どうやって血カビを流行させたんだ? あれは傷以外では中々繁殖しないんだろう?」


 席についたままティガが一二三に疑問を投げかける。だが、それも一二三の中では答えが出ていた。


「ビゼン軍の捕虜がいましたね。彼らが防衛軍の中で血カビを繁殖させる原因だったのでしょう」


 一二三は苦み走ったような顔で答えを言う。


 血カビは傷があれば急速に繁殖し大流行してしまう。だが、普段の生活や血カビのいないところでの怪我では繁殖力はとても低い。それこそ外で体にくっついてきても少し泳げば離れてしまうくらいに。


 だからビゼンはわざと血カビが体に繁殖した状態の兵士を戦場においてきたのだ。戦闘前にあらかじめ体に血カビを繁殖させておいて、十分に繁殖した時に戦場に置き去りにする。うまくいけば治療院に運ばれた捕虜は血カビを周りに繁殖させることだろう。


 しかし、この作戦には穴がある。オームがその点を指摘した。


「だが、捕虜を連れ帰るかどうかなんて誰にもわからないことだろう? 治療院に入り切らない捕虜を殺すことだってあり得るのだし、そもそも戦場に置き去りにされた状態で、病人が生き延びれるかもどうかもわからないのだぞ」

「ええ、だから失敗しても成功しても良かったのですよ」


 つまりビゼンは兵士を血カビ爆弾に仕立て上げ、防衛軍に殺されるかもしれないし、治療してもらえないかもしれないけど試してみるか、と言う感覚で兵士を使ったということとなる。


 そもそも敵の捕虜が血カビの感染源だと発覚したのは、その兵士が真っ先に血カビの影響で死んだからである。暴動の兵士たちとテルがそれを確認している。

 血カビの感染源でないのならば捕虜はもう少し生きるはずなのだが、実際は真っ先に死んだ。

 これがもたらす答えは、治療院に血カビが広がる前にすでに感染していたということだ。


「そもそも、あのビゼンですから。下手をすれば血カビを感染させるための傷口すらも、ビゼン自らの手で作ったかもしれません」

「……………」


 周りの誰も、ついに言葉を出せなくなってしまった。ビゼンはそれくらい恐ろしい存在となっていた。ビゼンは未だにポリフェル城の前で何人か拷問をしての処刑を行なっているのだ。


 捕虜救出部隊を向かわせるのだが、ビゼン軍の強固な防御に手こずっている間に捕虜は殺されてしまう。そして、捕虜救出部隊が何人か捕らえられて次の日に拷問され処刑されるのだ。


 そんなビゼンだから、自分の部下でさえ傷つける姿が容易に想像できた。



「こちらの兵士たちの士気は今までで最低の状態だと言えます」

「でしょうね」


 史郎は暗い顔で報告し、一二三は予想通りと頷く。

 真正面から戦えばそう簡単にビゼン軍に負けることはないと史郎やテルは思っている。防衛軍はそれなりに死線をくぐってきているのだ。たとえある程度強い装備がビゼン軍にあったとしても防衛軍が負けることはそうそうないと思っている。


 だが、肝心の兵士たちが戦う気持ちを無くしてきている。



 1つめは捕虜にされた場合。

 たとえ防衛軍が勝っていたとしても戦闘中に敵に捕まれば、次の日にでも拷問されて殺されるかもしれないからだ。戦って死ねるならばまだいいが、拷問で苦しんで死ぬなど兵士たちにとっては嫌な出来事だ。


 2つめは戦闘により傷を受けた場合だ。

 相手を殺したとしても戦闘中に傷を少しでも受ければ、ポリフェルに戻ってきた時に高確率で血カビに感染してしまう。血カビに感染してしまえば肉が腐り死んでしまうだろう。そんな事態を想像すれば兵士たちは消極的な戦い方しかできない。


 3つめは守るべきものが死んでしまった場合。

 血カビにしろ戦闘にしろ処刑にしろ。なんにしろ大事な者が死んでしまって生きる気力がなくなってしまった場合だ。彼らは戦う意義を見失い、人生の目標を失ってしまった者たちだ。魚人は元となった魚と違い、仲間の死に対して悲しいと思う心は人間ほどではないにしろ強い。数は少ないがそういった者たちが戦う気力を失うのだ。


 これらの要因で戦闘そのものをしたくないという兵士が出てきているのだ。



「このままではタコス様は間に合いそうにありませんね」


 一二三はタコスの出ていった日数を計算していた。

 支配者であるタコスはサイガンドの軍隊を連れてタロス海域の首都であるアミノに向けて侵攻していた。それはビゼン軍の食料を奪う事、食料供給を断つ事、兵士の帰りたいと思う気持ちを促す事など長期的な意味ではとても有用な作戦であった。

 サイガンド攻略後に一二三がタコスに伝えた作戦はこの事であった。


 しかし、ポリフェルが奪われてしまっては作戦の意味がなさなくなる。食料事情で苦しいのは侵攻しているビゼン軍もであるが、防衛しているタコス軍もなのである。


 このまま守っていてはいずれポリフェルは負ける。そう判断した一二三は素直にビゼンを称賛した。


「ビゼンという人は最高に頭のいい支配者のようですね。こちらの兵士の戦わせる気持ちを無くし、病気で城にこもることをさせない。勝つために必要最小限の者を犠牲にして最大の効果を発揮する。


 援軍を待つことを前提として戦っている我々には有効な手段です。見事というしかありませんね」


 それと同時にうちわで口元を隠すと眉をひそめてさらに告げる。


「ですが、やり方があまりにも非道すぎる。


 支配した後には統治が待っています。それには怪我をした者たちへの手当ても含まれるのです。ビゼンからはそれが一切感じられない。おそらく血カビの感染者は戦闘後皆殺しにするのでしょう。その方がお金も食料も薬もいりませんからね。


 普通の戦闘では相手を痛めつけることはあまりしません。降伏すれば自分の軍隊にもなるのですから。

 ビゼンはそれを平然と行う。頭は切れるかもしれませんが、最低です」


 そういって目を瞑ると、興奮を抑えて一二三は目を開けて宣言する。


「今度はこちらから何か行動を起こしていきます。このままこもっているだけでは死を待つだけですので。そこで……苦内」

「はい」


 一二三の言葉に影の中から真っ黒な苦内が現れて答える。


「ビゼン軍の中に裏切ったゲールラ将軍たちを見かけましたか?」

「いえ」


 一二三の質問に短く首を横に降る苦内。情報としては一二三もビゼン軍の中にゲールラ将軍たちがいないことを知っていた。

 最終確認として苦内に確認したに過ぎない。


「普通に考えれば別働隊がいると考えるのが普通でしょう。少なくともビゼン軍についてきていないということはなにかをしようとしているのか。……今はまだわかりませんがそれに対抗する兵士も必要です」


 一呼吸置き、一二三はテルを見る。


「そこで兄さんに薄い民を連れてきて欲しいのです」

「俺か?」


 唐突に指名されて驚くテル。指名されるとは思っていなかったのだ。


「はい。兄さんは以前薄い民たちと交流を持っていました。今回もあまり交流のないものが向かうよりはあちらも心を開きやすいでしょう」

「なるほど。そういうことであれば」


 テルが頷くのを確認すると一二三は他の者たちの今後の配置を説明していく。

 用のなくなったテルはしばらく別れることとなるフーカに挨拶をしに会議室を出るのであった。





 テルが会議室を出るのを確認した後、一二三はふぅ、と息をつく。


 一二三がテルを会議室から追い出したのには訳がある。それはもちろん薄い民を連れてくるのに最も最適であることはもちろんであったのだが、もう1つ別の目的があったのだ。


「攻勢に出る、とはいいましたが我々の目標は1つです。それは『ポリフェル城を守る事』。攻めに出てポリフェル城を取られては本末転倒です」

「ではどうする?」


 オームの言葉に一二三は冷徹に答える。


「これから敵に囚われたものはすでに『死んだ者』とします。目の前で拷問されようとも処刑されようとも我々は一切救出作業を行いません」

「それは…」


 一二三の非情な方針に史郎が口ごもる。その言葉を一二三が受け取る。


「そう、『それは兄さんが最も嫌がる事』です。ですから兄さんにはこの作戦には外れていただきました。相手が非情な作戦をしているときに、こちらがそれに引っかかっていては傷を広げることとなります。


 相手の挑発に決して乗らないことが相手への最大の攻撃となるのです」


 おそらくタコスも嫌がる作戦であろう。しかし、タコスであれば必要だと判断したとき、一二三の対応に賛成するだろう。

 タコスはいざという時に非情な判断が取れると、一二三は判断している。


 しかし、テルはおそらく無理であろう。テルの良さは誰かのために戦えることであり、目の前の誰かを見捨てることはきっとできない。必要に迫られても最終的には躊躇してしまうテルは、そういう点では優柔不断である。

 それは悪ではないと一二三は分析している。


 テルがそういうことに向かないというだけである。以前ノエもいっていたことだがテルは自由に考え悩むことで時間をかけてより良い答えを探していくのだ。普段であれば切り捨てられるだけの何かに価値を見出せる者なのだ。

 テル自身はきっと気づいていないだろうけれど。


(兄さんに同調している者達には、辛い決断となるでしょうね)


 落ち込んでいる史郎やティガを見ながら一二三はそう思う。

 一二三はテルがそういった雑事に悩まなくてもいいように、自分が非情という汚名を着ると云う覚悟を固めたのであった。





 テルが薄い民たちの元へと向かった後に、ポリフェル城の前では見るに耐えない拷問が行われていた。

 ただし、今までと違うのはポリフェルから救出隊が出てきていないということだった。

 ポリフェル城の目立つ場所に初日のように魚人が1人、うちわを構えて立っているのが目立っていた。


「ふぅん? どういうことかしらね?」


 処刑を終えたビゼンが全体に前進の指示を出す。捕虜を殺せば次の見せしめが必要となる。そして、それは戦闘をしないと手に入らないのだ。

 どういった作戦があるかはわからないがビゼンとしてはその確認をしなければならなかった。


「まあ、兵士はいくらでもいるのですしね?」


 ビゼンが扇子で隠した口元を怪しく歪ませる。


 前進したビゼン軍に呼応するように目立つ魚人がうちわを横に払う。

 それと同時に魔法攻撃の斉射が始まる。前進していたビゼン軍はそれを避けきれず被害を受ける。それでも被害を恐れず突き進むビゼン軍に2射3射と打ちかけヤリ部隊がぶつかる。


 そこからの流れも初日と同じであった。

 初日と違うのはビゼン軍が抑えた捕虜が少なかったこと。防衛軍は満足に動けなくなった味方を攻撃して殺していたのだ。

 それを見たビゼンは愉快そうに笑う。


「中々、あちらも頭の切れるものがいるようですね?」


 そこには撤退の指示を冷静に出している一二三の姿があった。ビゼンは名前も知らない一二三に薄く微笑むと、楽しみができた子供のようにニコニコと自分の陣地に引き上げていったのであった。


 去っていくビゼン軍を、味方を殺さざるをえない防衛軍を、一二三は穏やかな顔のまま唇だけは強く噛み締めて、軍隊に指示を出し続けていたのだった。

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