報われない奴
「おっ空揚げまだ残ってんじゃん!1個もーらい」
梓の給食に手を伸ばしかけた男1名。
バシッっと後頭部へ衝撃を与えた男1名。
「大和っ食い物の恨みって恐ろしいのしいの知ってるか?」
言わずと知れた給食の時間。
私達の後ろに不敵な笑みをみせた康太が立っていた。
何故康太かと解ったかというと私はみていたから。
叩かれた大和は頭をポリポリさせながら、何だかゴチョゴチョ言っていたがこの際無視だ。
そう、私はこっそり梓の顔を観察していた。
赤い、赤くなってるよ。
日焼けした肌は、そう赤くなっても目立たないけれど、四六時中一緒にいる私にはよーく解る。
私に見られていることに気がついた梓はこっそり周りに聞こえないように
「もしかして、赤い?」と聞いてきた。
私は小さく頷いた。
何だか楽しくなってきたよ。
普段は男っぽくて、口調だって何だって女の子とはかけ離れた梓が顔を赤くしてるんだよ。
実は昨日も見たけど。
それに、康太の登場であたふたしてる大和も。
大和はいつだって梓を見ている。
梓の隣にいる私は良く解る。
普段はおちゃらけた態度で梓をからかっているけど、本当はいつだって梓の目の中に入っていたいだけなのだ。
梓に大和に康太、ここに健太がきたらもっと面白いのに!なんて考える私は悪い奴かな?
そんな事を思っていたって、私は梓を応援する気持ちは本物だよ。
好きな人と想いが通じればいいね、って応援してるから。
そろそろ助け船でも出してあげましょか。
「康太さぁ梓はそんなケチな子じゃないよ。空揚げの1個や2個。ねえ梓。」
「そうだよ!そんなケチなわけないだろ。」
そういった梓は、必死に空揚げを守るよに、給食に手をかざしていた。
それを見て、思わず3人で噴出してしまった。
本人は無意識でやっているようで、何を笑われたか解っていないようだ。
私は笑いながら、梓の空揚げを指差した。
やっと解った梓は頭をかきながら、本当はあげたくない。と白状した。
「な、やっぱりだろ。大和、この空揚げ食ったらきっと練習中に今度はソフトボールが飛んでくるかもな。」康太が言った。
「ちぇっ、何だよ。別に空揚げの1個位。最後まで残しとくなんて、食べて下さいって言ってるみたいだろ!それより、康太何か用か?」大和は不貞腐れながら康太をみた。
「あぁ、5時間目で使う国語の辞書忘れちゃって、っていうか健太が6時間目にあるの知ってたから当てにしてたら、健太も俺を当てにしてたみたいでよ。悪い辞書貸してくれ。」
「悪い、貸してやりたいのは山々なんだが、俺も持ってきてないんだ。」大和が答えた。
私は気づいてるよ、大和君。いつも、わ・ざ・と、忘れている事を。
なんたって隣の席が梓だもんね。やいやい言いながらも、梓の辞書を2人で一緒に使っていることを。そこで
「康太、辞書なら梓が持ってるよ。この子いつでも、”学校に”置きっぱなしだから!!」私が言うと。
康太は視線を梓に戻し、
「宜しく」と言った。
梓は、ハイハイ全然気にしてません。
みたいな顔をして後ろのロッカーから国語の辞書を持ってくると
「土曜の練習の時。イチゴのブリック1個な」
と康太に渡した。
強がっちゃって。
「高っけー」
といいながらも辞書をゲットした康太は満足そうに教室を出ていった。
廊下に出る際、次は健太に貸してもいいか?と聞いてきた。
思わず、私が”いいよ”と返事をしてしまった。
梓は「はいはい、」なんて言ってたけど、隣の大和は小さくチェッと舌打した。
私は心の中でごめん大和と誤りつつも、ニヤリと大和をみてしまった。
「千〜恵〜っ俺もブリック飲みたい。」
そういう大和にちょっぴり同情した私は、しょうがないなとまだ飲んでいない給食の牛乳を大和に渡した。
そう、好きでも無いくせに、誰かさんに追いつこうと毎日せっせと飲んでる牛乳を。
梓は「好きだねぇ牛乳。」
なんてのん気な事言ってるけど、それはあんたのせいだよ!とは言えずにいる。
なんとも歯がゆい関係だ。
「サンキュウー千恵。」と私から渡された牛乳を飲み始めた大和は苦笑していた。
「報われない奴だ。」
本心でそう思った。
そして放課後。
試験前で部活は休みだ。
「この後、どうする?」梓が言った。
「どうするって、私は勉強するよ。」ちょっとだけどね。
「ゲッっ」梓の顔が引きつった。
「ゲッっってあんたねえ、はっきり言わせてもらうと、私より梓の方が必要だと思うけど。」
これは本音だ。
でも梓はさっぱりしているというか、全然気にしていないというか。
テストの点が良くても悪くてもどっちでもいいと言うのだから。
梓にとって学校はソフトボールをやる為と康太にあう為だけなんだろうな。
あと体育と給食か。
「ん〜。勉強かぁ。考えただけで頭痛くなってきたかも。」梓は本当に頭を抱えだした。
「まだ後5日あるからね、」そんなことを話ながら昇降口までやってきたら、下駄箱にもたれる大きい男が。
梓の顔をみる。
どっちなんて聞くほうが野暮ってもんだ。
「よお、健太。」梓は右手でストレートパンチ。
それを受ける健太。
どっちかっていったらこっちの方が梓に合ってるって思うのは私だけ?
「痛ーって。それよりほれ。」渡されたのは国語の辞書。
「お前なぁ、渡すんだったら教室まで来いよ。また上まで行かなくちゃじゃねえかよ。」
そんな事を言う梓。
まあ尤もなんだけど。そこで私は口を挟んだ。
「梓が辞書を家に持って帰ると思う?普通の子だったら持ってかえってお勉強でもするんだろうけど、梓だからねぇ。」
隣でうん、うんと頷いている。
反論しないで納得するのが梓だ。
「梓、私先帰るから。なんせ、勉強しなくちゃだから。健太、後は宜しく。」
私はそう言って2人を置いていった。
「待っててくんないのかよー」
と叫ぶ梓の声が聞こえたけど、軽く振り返り手をあげて帰ってしまった。
梓の顔は兎も角として、健太の顔ったらなかったよ。
明日楽しみだな。
頑張れ健太!心の中でエールを送った。
のだけれども
。
「待っててって言ったじゃん。千恵歩くの早い。」
と息を切らした梓がいた。
「あれ、健太は?」
振り返っても健太はいなかった。
「あぁ、健太。お前が借りたんだから、自分で返せって。私の机の上にでも中にでも置いといて。って辞書突っ返した。」誇らしそうにいう梓。
ここにもいたよ
「報われない奴が。」
私の呟きが聞こえたようで、
「何か言った?」
私の3歩前を歩く梓が振り返った。
「なんでもないよ」
そう梓ってこんな奴なのだ。