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妖怪みたいな

今日は母さんも出掛けていて昼は一人だ。

適当にパンでもっていうお腹はしていなくて、お釜の中のご飯を茶碗に山盛りにしてふりかけをたっぷりかけて、喉にかきこんだ。

冷蔵庫にあった牛乳をパックのままゴクリと飲んで、いつものTシャツとジャージを履いて準備完了だ。


バッティングセンターまでは自転車に乗って20分程、ウォーミングアップに丁度よかった。


重たいガラスのドアを開くと


ギィーっと何処かが引っかかるような音がする。

ちゃんと手入れすればいいのに、そう思っているのはここ何年か?

一歩足を踏み入れたそこに響く快音。

この音がいいんだよな。

独り言を言っているのに気がついた。


「最近、ご無沙汰だったな、サボってちゃ全国いけねえぞ。」

カウンターに座ったおっちゃんが言う。


ほんと、妖怪みたいなおっちゃんだ。

兄貴が少年野球をしていた時から来ているからもうどれくらいになるだろう。

だけどおっちゃんはちっとも年を重ねているようには見えなかった。

まあ、前から老けていたって言う事なのかもしれないけどな。


「宜しく」

そう言って千円札を渡した。


おっちゃんはコインを何枚買うのか、なんて聞かない。

いつだって私はあるだけの金でバッティングをしに来ているのだから。


そのコインは1枚200円。

その1枚でバッティングマシーンが動くわけなんだが、千円分買うと1枚余分にくれるってサービスだ。


軽く屈伸をしてからバットを取り出す。

勿論、背中に背負ってきたマイバット。

クリスマスは何もいらないから、誕生日と一緒のプレゼントでいいからと両親に懇願した某有名メーカーのバット。

随分大和に羨ましがられたっけ。

打席を見渡すと、大学生みたいな奴もいれば、仕事しなくていいのかよって思うスーツ姿の男の人がいた。

3分の1位埋まった打席は結構繁盛しているって事なんだろうな。


上手い具合に空いたど真ん中の打席に入った。

取りあえず野球のボールからだな。

1番端にあるソフトの打席はさっきから、ママさんソフトをしているのだろう福田先生のような女の人が占領していた。


球速は120キロ、この位が私の打ち頃だ。

バットを足に挟みポケットから取り出したグローブを嵌める。

手にしっくりくるこのグローブは兄貴からの去年のクリスマスプレゼントだ。

このグローブを嵌めマイバットになってからは空振りしたことなんて記憶になかった。


コインを入れてグリップをギュッと握って。

真直ぐ正面を見据える。

途端に周りの音が聞えなくなる。

集中している証拠だ。

マシンのランプが点滅を始めた。


マシンならではの癖のないストレート。

左足を踏み込んでバットを振った。

打ち抜く瞬間はとても軽く、タイミングもばっちりと決まった。

ボールは一直線に向こうの壁に。


幸先の良いスタートだ。

その後もわき目も振らず只一心にバットを振った。

殆どの球を真芯で捕らえられた。

うん、満足。


野球のボックスを出ると、いつの間にやら妖怪おっさんが。


「サボっているわけではなさそうだな。」

とニヤリと笑った。


「サボるわけないだろ。」

とちょっとムキになって答えてしまった。


やっと、オバサンがソフトのボックスから出てきた。

額に汗をびっしりかいて。

タオルで拭ったその顔はすっごくいい顔していた。

オバサンの前を通る時ちょっと会釈をして、ボックスに入る。

先ほどと同じようにコインを入れた。

この店で最速の80キロのボタンを押して、バットを握った。

野球の球を見ていたから丁度いい感じでスピードにも慣れて、面白いようにバットに球が当たる。

新人戦が楽しみでならなかった。

何球目か打った後で、後ろから声がかかった。


ナイスバッティング


さっきのオバちゃんだ。

太目の体から出される声は良く響いて、私の耳にも届いた。

それは結構珍しい事で、ここに入っているときは周りの声なんて聞えないっていうのに。

一瞬振り返ろうかと思ったけれど、集中集中とマシンに向き直った。


最後の球を打ち終わってボックスを出ると、オバちゃんが拍手で迎えてくれた。

「凄いのね、何よりフォームがとても奇麗で見とれちゃったわ。」

と。

オバちゃんの豪快なスウィングも見事ですよと言いそうになってしまった。

それは胸の内に置いといて。

「ありがとうございます」

と体育会系らしい大きな声でお礼を言った。

2,3言葉を交わすともう一度打つかと思ったのに、オバちゃんは去っていった。


自動販売機でスポーツ飲料を買って喉を潤すと、残りのコインを消化するためもう一度ボックスに。


後ろに客もいなかったので、今度はボックスを出ずにコインがなくなるまで打ち続けた。

今日は調子が良かったらしく大満足で店を後にした。


鼻歌をしながら、自宅の前まで来ると大和が素振りをしているところだった。

私と目が合うなりでかい声で


「お前、俺も連れてけよ。」

と。背負ったバットでわかったらしい。


「悪りぃな」

と手を上げて自転車を降りた。

本当は全然悪いと思ってないけれどな。


ちょっと頑張りすぎたらしく少し腕がだるかった。

後ろで大和が何か言っていたが、適当に返事をして家に入ってしまった。


9月になったとはいえ、まだ日差しは相当なもの。

びっしょりかいた汗を流すためにシャワーを浴びた。

さっぱりした後、牛乳を飲んで、ソファーに座って、もう大分前から消えない、てのひらの堅いマメを触った。

このマメの一つ一つが、自己満足だと言われそうだけど、自分の努力の証のような気がしていて結構好きだったりする。

ふとクラスの白い柔らかそうな手をした子を思い出す。

あいつもそんな手の子が好きなのだろうか?

もう一度マメを触って、余計な事を考えるの止めようと頭を振った。










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