宿題
「あーくそっ」
まだ山となっている机の上。
明後日からは2学期だというのに一向に宿題は減る事がなく、って始めたのが昨日からなのだから当たり前っていえば当たり前なのだけれど。
毎年毎年、同じようなこの3日間を送っているのだ。
今年はこんなはずじゃなかったんだけどな。
あてにしていた兄貴は部活三昧で今日も最後の合宿とやらで帰ってこない。
まさに聞いてないよの世界だ。
誰だよ数学なんて考えた奴は。
そこまで話しが飛躍してしまう頭の中。
でも、こんな私でも驚く無かれ、なんと英語の宿題だけは終わったのだ。
折角覚えた感覚を忘れないようにと陸君に言われたので夏休み前半には終わっていたのだ。その達成感からか、すっかりいつものペースになってしまったのだった。
後は、少々気が引けるが大和に見せてもらうか?
いつぞや作った長い新聞紙をクローゼットの中から引っ張り出す。
ちょっと優し目にコンコンとつついてみた。
直ぐにがらっと戸が開いた。
「どうした?こんな時間に。」
大和は眠たそうな顔をしてこちらを覗き込む。
時計はもう直ぐ午前様といったところ。
「悪い、宿題見せてくんねえか?」
ここは低調にお願いしてみる。
そんな私に大和は
「悪い、近藤に渡しちゃったよ。だってお前随分と前に英語終わって、今年は全部楽勝だなんていってなかったか?」
確かに。大和のおっしゃるとおりです。
近藤かよ。あいつはどっこいだからな。
「そっか、悪かったな、じゃあいいや。おやすみ。」
一方的にそう言って窓を閉めた。
やっぱ他力本願ってわけにはいかないかぁ。
ふーっとため息をついて机に向かった。
せ、背中が痛い。
どうやらあの後、机で寝てしまったようで体中が固まっているようだ。
水一杯飲んできますか。
大きな伸びをして、階段を降りた。
キッチンには既に母さんがいて、顔をみるなり笑い出した。
「梓、鏡見てきなさいよ。」
と必死に笑いを堪えているようだった。
なんだよ。そう思いながらも鏡を見ると。
そこには見事にノートに書いてあった二次関数のグラフが……
それも、自分の筆圧ばっちり太い線で。
洗顔フォームを必要以上に手にとって顔を洗った。
これで外に行かなくて良かったよと思った。
それよりどうする。
宿題提出まであと1日になってしまった。
部活の時間は減らせないし……
こうなりゃ大和本人連れてくるしかないか。
鏡の中に写る自分にそう呟いた。
夏休みの最終日、いつも通りに部活を終えた帰り道。
「梓っ。ますます調子上がってきたじゃない。県大どころか全国にも行けそうな気がするよ。」
千恵の声は弾んでいる。
だけど、私はこれからあの宿題が待っているわけでして。
「狙ってるっていうより、撃たれる気が全くしないんだよね。」
言葉とは裏腹に張りのないこえなのは自分でも分かった。
「何、悩み事?」
心配そうに顔を覗き込んできた千恵。
千恵に宿題の事言ったら怒られそうだよ。
夏休みに入った時から、宿題やっときなさいよって口を酸っぱくして言ってたからなぁ。
そもそも、自分はきちんと宿題を提出する奴なんかじゃないのだが、今年は今までとは違わなくてはいけない理由だあったのだ。
ここ何年かで一番出来の悪い私に、先生は評価をつけられないって言い出したのだ。
高校受験は来年だったが、それを見越しての評価らしい。
高校なんて何処でも行ければいいやと思う反面、譲れないのは部活だ。
通える範囲でソフト部がある高校は数えるほどしかない。
そこは、スポーツ推薦を取ってくれる私立と違い普通の公立高校だから尚更の事。
各教科の先生に宿題は必須だからなと念を押されていたのだった。
一緒にいた千恵はそれを良く分かっている。
自分を心配してくれていた事も。
そんな千恵に今更、出来てませんなんて言えねえよ。
だけど、千恵にはお見通しだったりするんだよな。
じろっとその横目が顔に突き刺さるんですけれど。
千恵の顔を直視できずに前を向いて歩き続けた。
あっという間に千恵の家の前。
「じゃあ、明日な。」
いつものように手を上げて帰ろうとすると
「ちょっと待ってなさいよ。」
そう言って千恵は家の中に入っていった。
そして、手には大きな紙袋。
「はい、明日忘れたら承知しないんだからね。」
そう言って手渡されたのは数々のノートだった。
千恵……
感無量とはこのことなのだろうか。
「悪い、明日必ず持ってくるから。」
そう言って紙袋を持って駆け出した。
全くもう
という千恵の声を耳にしながら。
そして、夜遅くまでノートとの格闘を続けたのだった。