久しぶりの感覚
翌朝、いつものように部活へ出る為に、玄関を出た。
ちょっと寝坊してしまったから、走っていくか、なんて思っていたら
「おっす」
と大和が門から出てきた。
「珍しいな、野球部ってうちらよりも集合早いだろ?」
そういいながら、足は小走りになる。
「ちょっと遅刻かも。急ぐぞ。」
大和の声を合図に2人で走り始めた。
無言で走る2人の隣を颯爽と自転車が追い抜かした。
自転車だったら、こんな朝っぱらから走らなくてもいいのに。
なんて思っていたら、前方の電信柱の影によく見る後ろ姿を発見した。
「お前も、遅刻かよ。何やってるんだ、こんなところで?」
私の問いに
「ちょっとな」
大和と目が合い、唇の端を少しあげる健太。
「お前、部長だろ?鍵いいのかよ。」
「そういう、お前だって。」
だから、私はこのペースで走れば余裕だっつうの。
康太の姿が見えないから、大方こいつも寝坊ってか?
人のことは言えないけれど。
「そういや、昨日のデートはどうだったんだ?」
大和がにやりと笑った。
「ああ、デートね。」
否定もせずに私は答えた。
「ああ、ってお前、何処行ったんだよ。」
3人で並んで走りながら大和は聞いてくる。
「んー。半分は寝てたからなぁ」
こいつらに走りながら説明するのも面倒くさいし、適当にそう答えた。
「「寝てた?!」」
お前らいいコンビだな。
絶妙なハモリだよ。
「あぁ、結構気持ち良かったぞ。」
そう天気は良かったし、外で大の字で寝れるだなんて、この年じゃそうそうしないからな。
昨日の事を思い出して一人笑った。
「あいつとか?」
大和の奴やけにしつこい。
「そうだよ。なんて言ったってデートだからな。それに、気になってたこともすっきりしたし、うん、行って良かったよ。」
今更ながらに自分に納得だ。
「何だか、嬉そうだな。そんなにいいとこだったんだ。」
妙に覚めた声の健太。
「あぁ、結構いいとこだったぞ。キャッチボールもしている奴いたし、子供が多かったからボールが当たらないか、冷や冷やもんだったけどな。」
実際、足に当たったりしたのだけれどな。
「お前、それって公園か?」
妙にすっとぼけた大和の声。
「ああ、言わなかったっけか?公園で大の字で寝るのは気持ちよかったぞ。今度行くか?」
ちょっとだけ息を弾ませまがら、隣にいる2人にニカっと笑ってみせた。
おっ、前方に相方発見!
今日は練習試合があるって言ってたっけ。
千恵が山田と一緒に歩いていた。
手を繋いでいるわけではないが、ぴったりと寄り添って歩く後ろ姿は仲が良いことが滲み出ているようだ。
時より見せる嬉しそうな千恵の横顔、背の高い山田が千恵に向ける優しい顔。
あんなにすれ違っていた2人なのに、あの頃の2人は今さっぱり見る影もなしだな。
実際ケンカしていたって、あの頃のようなぎこちなさは垣間見ることはないのだから。
いつか自分も。
健太の後姿をみながら康太の姿を思い描く。
あんな風に並んで歩くときはくるのだろうか?
そう考えたら段々顔が火照ってきた。
いかんいかん、頭を勢い良く振って中身を吹き飛ばす。
「おはよ。」
千恵と山田の間に割って入った。
「おはよう梓。」
「おっす」
「今日試合だって?頑張れよ応援は行ってやれないけど。」
山田の肩を叩いた。
「痛ってぇよ。大事な肩が壊れたらどうしてくれるんだ。」
大袈裟に痛がる山田を無視して千恵に囁いた。
「途中、腹痛で抜けてもいいからな。」
千恵は
「んー。ちょっと魅力的だ。でもいつでも見れるし大丈夫だよ。きっと休憩時間に見に行くかもしれないけれどね。」
そう言って私を通りすごし山田に微笑む千恵。
やってられないって。
先行くぞと一声かけて部室へと走りだした。
やっぱり野球部はもうグランドに集合していた。
輪の中心に康太がいる。
今日も格好いい。目の保養をしてポケットから鍵を取り出した。
時間5分前、後輩達は既に部室の前で待っていて
「おはようございます」
と大量の挨拶を受け
「おはよう」
と挨拶をしてドアを開けた。
楽しい部活の始まりだった。
一通り体を動かしてアップした後で花井先生に呼ばれた。
「そろそろ投げてみるか?」
そろそろ投げてみるか!待ってました、その言葉を。
いつも以上に力を込めて
「はい」
と返事をした。
「千恵ーお許しが出た!」
浮かれ気分で千恵を呼んだら。
「走って、いつもの柔軟してからだ。」
と一括された。
いつもだったら、少し嫌々なところだが、ご褒美がまっているようでそれさえも嬉しくなってくるのは不思議だ。
「いってきます」
と私はグランドから駆け出した。
身体も軽く感じる。
初めの頃の筋肉痛も最近では出なくなりこのメニューをこなしているのが自分でもはっきり分かる。
大和には散々隠れて投げてもバレはしないってとからかわれていたけれど、根が真面目な!?私は先生の言う事を聞いて、キャッチボールに留まりピッチングの練習は全くしていなかった。何日ぶりだろう?投げることを考えるだけでもワクワクしてくる。
ランニングするスピードもいつもの1,5割り増しだ。
その後の筋トレも柔軟も次々にこなし終える。
「先生終わりました。」
いつもの3倍大きな声で先生に声を掛ける。
「分かったから、こんなに近くにいるのにそんな大きな声をださんでも年寄りじゃないんだから。」
そう言って花井先生は知恵に目配せをした。
千恵はアイコンタクトを素早く察知し私の元へとかけてくる。
「お待たせ。」
千恵の言葉に大きく頷く。
いつものサブマウンドに足を踏み入れた。
ここに立つのは久し振りだ。
軽く肩を回しボールを握り締めた。
千恵の構えるミットを見据え私は一球を放った。
何だろうこの体の軽さは。
あの時のイメトレの時より遥かに体が軽く感じられ、何より腕の振りぬける感覚が全く違うのだった。
余分な力も一切入らず、なのに球の勢いは格段に速い。
手首から球が離れる瞬間球が生きているようなそんな感じがした。
自分の体の変化ばかり考えていて、肝心の球筋を見ていなかったのだけれど。
ボールを受ける千恵と花井先生の顔、それに練習中の仲間の声を聞くとそれはばっちり手ごたえを感じるもので。
千恵から戻ってくるボールを胸の辺りでしっかりキャッチした。
今の感覚を忘れないよう。
一つ大きく息を吸い、もう一度千恵の構えるミットを見据えた。
今度は少し落ちつたようで、大きく弧を描く私の腕に集中。
指の先まで神経をくまなく感じ、ボールを放つ。
間近で離れるボールを見て回転も違っている事に気がついた。
グーンと伸びる球は勢い良くミットに吸い込まれる。
構えたところに寸分たがわずボールが収まった。
「よっしゃ」
思わずガッツポーズをしてしまった。
後はお前次第だから。
花井先生の言葉が胸に響いた。