いざ出陣!
昨日の晩は、いつ連絡がくるのかと思ったのだが、結局のところ陸君からの連絡はなかった。
忘れているのか、はたまた冗談だったのか、どちらかは分からないが、ほっとしたのは事実だった。
私は安心しきってぐっすりと眠ってしまったのだけれど。
「梓ー、いつまで寝ているの!10時半に陸君来るってよ。」
その言葉にすっかり目が覚めた。
時計を見ると既に9時を回っていた。
嘘だろー当日電話するってか。
仕方ないから、起きなくちゃか。
パジャマのままリビングに降りてくると、にこにこした母さん。
「さっき、電話があったのよ、梓ちゃんちょっとお借りしますね。って!陸君はお勧めよ。これで梓と付き合えば無料で勉強教えてくれるかもよ〜」
なんて浮かれ始めた。
一体何なんだこの人は!
「母さん、間違ってもそれはないから。」
と兄貴が口をはさんだ。
「分かってるわよ、そんなの。冗談よ、冗談。」
オーホホホッと笑い始める母さん。
怪しい人だから、その笑い。
「冗談はさておき、迎えにくるのは確かなんだから、とっとと朝ご飯食べちゃってちょうだいね。」
すでにテーブルに用意してあった朝食を食べ始める。
「それにしても、陸は梓連れて何処へいこうとしているんだ?」
と兄貴が呟く。
「兄貴も知らないの?私も全然分からん。」
変な会話だと思いつつ朝食を食べ終わる。
顔を洗って、歯を磨いて。
後は洋服かぁ。
部屋に入ってクローゼットを開ける。
大した洋服もあるもんじゃなし、私はいつものジーンズとTシャツを着た。
ちょっとお気に入りのTシャツを選んでしまったけれどね。
あっという間に時間になった。
性格なんだろうか、5分前に到着した陸君。
用意も何もあったもんじゃないから、財布が入ったバックだけを持って靴を履いた。
玄関には母さんと兄貴が見送りに出てきた。
「宜しくな」
と言う兄貴に
「宜しくね」
と言う母さん。
何が宜しく何だか分からないっつうの。
でも陸君は丁寧にお辞儀をして、お預かりします。
って言ったのだった。
お借りしますから格上げされたようだった。
じゃあ行って来ます
私にとったら、いざ出陣って感じだ。
「それで、何処に行くの?」
と聞いてみても
「ああ、ちょっとな。」
と言うだけだった。
仕方なく陸君の後を着いていった。
家から少し離れたところに来ると
「それにしても、お前、色気のない服だよな。」
私を見てそう言い放つ。
「色気のある洋服着て欲しかったんだ」
嫌味と分かったので切り返してみた。
すると陸君は笑いを堪えて
「いや、こっちの方が好都合だよ。」
と。
だったら、言うなよ!と声に出さずに叫んでみた。
その後も、もくもくと歩き続け駅に到着。
陸君は迷いもなく、切符を2枚買って私に一枚よこした。
そこは、3つ先の駅だった。
電車に乗って見て、ちょっと驚いた。
ちらほらと、陸君を見る女の人達だ。
千恵の言ったとおりなのかもな。
人の趣味は分からないものだよ。
目的地の駅に着いても、迷う事なく足を進める陸君だった。
バス停に並び、バスに乗って――
着いた場所は、広い公園だった。
「ここ?」
私の問いに
「ああ」
やっと答えた陸君。
広い芝生の端っこに座り、突然寝転んだ。
私に隣に寝転ぶようにと命令が下った。
私は逆らわずに、そっと隣に寝転んだ。
今まで無口だった陸君が話し出した。
「俺、こうやってこの芝生の上で昼寝がしたかったんだよ。」
そう言った陸君に
「じゃあ、私じゃなくて兄貴誘えばよかったじゃねえか。」
我ながら鋭いツッコミだ。
だけど敵もさることながら
「お前は近くにいすぎて分からないかも知れないけれど、お前の兄貴結構いい男でさ、2人でこんなところで寝転んでたら間違いなく話しかけられるから、昼寝休憩にならないだろ。」
悪戯っ子のような笑顔を見せた。
そんなことあるかよ!と思いつつ抜けるような青空を見つめ、私はある事を考え始めた。
それはこの公園に入る時に目にした看板だった。
この公園の向こう側にある霊園の看板。
そこにあゆちゃんが眠っているのではないだろうか……
きっと私をここに連れてきた理由なんだろうな。
はて、どうしたものか。
そんな事を思いながら、ぽっかりと浮かぶ雲を見つめる。
考えても仕方ないよな。
丸い大きな雲が風に流され目の端に消えかけた時、一つ大きな深呼吸をした。
陸君の方は見ず、真直ぐ空を見据えて
「散歩行こうぜ。」
陸君を誘った。
「昼寝中」
間髪いれずの返事。
寝てねえじゃん。
私はスクッと立ち上がり、嫌だと渋る陸君の腕を引き上げた。
「馬鹿力だな、梓は。」
そう言いながら立ち上がる陸君。
私は迷う事なく霊園へと続く小道を進んでいった。
陸君は黙ってついてきた。
さっきと逆のパターンだな。
霊園の入り口でやっと口を開いた。
「昼から肝試しするのか。」
この期に及んでしらを切るつもりなのか?
私はそんな陸君を無視して
「何処にいるの?」
と問いかけた。
一瞬はっとした顔になったが、小さく笑って
「知っていたのか。」
と私を見つめた。
まるで私の心を覗いているかのように。
私は頷いた。
すると後ろを歩いていた陸君が私の横をすり抜けて、ずんずん霊園の中を歩いていく。
少し小高いその場所にあゆちゃんは眠っていた。
公園を一望できる場所だった。
私は墓石の前に膝をついて話かけた。
「久しぶりだね。ごめんね、ずっとこれなくて。」
目を瞑って、あゆちゃんの姿を思い出す。
元気に走り回る姿、木登りする姿。
思い出すあゆちゃんの姿は、本当に元気いっぱいだ。
きっとここから公園を走りまわる子供達を見ているのだろうな。
心の中で、あゆちゃんに沢山語りかけた。
私の後ろでは、動かずにじっとたたずむ陸君。
私は一旦立ち上がり、その場所を陸君に譲った。
陸君も私と同じ様に膝をついて、まるであゆちゃんにするように墓石を撫でている。
何かを語りかけているだろう、その後ろ姿は、寂しそうだった。
一通り話し終えたのか、満足そうに立ち上がり振り返った陸君は
「ありがとうな。」
私にお礼を言ってくれた。
ありがとうなんて……もっと早くに言ってくれたらよかったのに。
何故だか陸君にお礼を言われたせいなのか、背中がムズ痒かった。