デート?
昨日まではあんまり考えなかったけれど、前日になってしまったからか、少し気になってしまう自分がいた。
待ち合わせの時間も場所も何もいってこないかったから、もしかして忘れてるのか?なんても思ったりもするのだが。
本音を言ったら、そっちの方がありがたかったりする。
男友達と出掛けることは何の抵抗もないし、どちらかと言ったら女友達と出掛けるよりもよっぽど気が楽だったりするのだけど、どうも陸君とだけは調子が狂うというか何というか。
自分のペースが保てないのだ。
それに何処に行くかも知らないが、会話というものが成り立つのだろうか?
せめて、兄貴が行ってくれればそんなことを心配する事もないのだろうけど。
素振りをしながらそんな事を考えた。
「何考えてるの?」
カンナが不思議そうな顔をして私を覗きこんだ。
「何で」
一度頭を振って、バットを思いっきり振った。
「授業中ならまだしも、練習の最中に集中していない梓を見るのは稀だなぁと思ってさ。」
カンナは私を見ることなく、隣でバットを降りながらそう言った。
「明日は練習休みなんだなぁと思ってさ。」
これなら別に嘘ついてるわけじゃないし、我ながらいい切り返しだ!そう思ったのに。
「ふーん。」
カンナはこちらを向きなおし、一言そう言った。
何だか疑っているような声。
私はカンナの視線をさえぎるように正面を見ると、今度は千恵と目があった。
事情を知っているだけに、千恵の視線方が痛い気がする。
もう一度頭を降って集中集中。とバットを降ったのだった。
素振りを終えて、休憩時間。
私はすっかり汗だくになった顔を洗うために校庭の隅にある水道へ。
少し水がぬるいのはいただけないが、ベトベトした汗がすーっと消えていくようで、さっぱりして気持ちがいい。
水道に寄りかかり、野球部の練習を眺めていた。
「豪快だね、梓の水浴びは。」
気がつかないうちに、千恵が私の隣に立っていた。
忍者かい?なんて思ったりして。
「そうかな?」
ただ顔を洗っただけなのに。
「うん、だって遠目で見てても、こう水しぶきが上がるのが見えたもん。」
手振りつきで説明してくれた。
だってそのほうが気持ちがいいじゃん。
ちまちま水なんてかけてらんないって。
すると千恵は話題を変えて
「やっぱりさ、一生懸命動いている姿ってかっこいいよね。」
野球部の練習を見ながらそう言った。
私は康太の姿を見つめながら、頷いた。
「明日の事考えてた?」
唐突に話題を降る千恵。
さっきのことだ。やっぱり分かり易いんだ私って。
「それほど、深くは考えてないけど、ちょっとだけな。」
ちょっとだけ、心の中で繰り返す。
「家庭教師のお兄さんにはときめいたりとかしなかった?」
この一言には正直、驚いた。
だって、そんなこと考えた事なかったから……。
だいいち、私が誰を想っているのか一番知っているのは千恵だっていうのに。
「ごめん、ごめん。あくまで一般論だよ。ああいう人が一番人気があるタイプなんじゃないのかなぁってちょっと思っただけだって、そんな恐い顔しないでよ。」
と千恵は肩を竦めた。
「そういうもんなのか?」
私は、こうやって目の前で汗を流すこいつらの方がよっぽどいいと思うけどな。
「あっ、花井先生が動き出したよ、急がなくちゃ。」
千恵のその言葉で会話は中断された。
あの腹黒悪魔が人気ものね。
一瞬あの嫌味な顔を思い出してしまって身震いしてしまった。
練習、練習。
頭を切り替えてグランドを走り抜けた。
そうして、練習をこなして帰宅時間。
いつもの面子での帰り道。
大和が私を見ながら
「なあ、梓達も明日休みだろ?久しぶりに公園行ってキャッチボールでもすっか。」
その言葉に初めに反応したのは健太だった。
「いいねぇやろうぜ。」
と。
すると千恵が
「ごめん、明日は用事入ってるんだよね、梓っ」
と私の顔を見上げた。
「悪りィ、明日はちょっと……」
大和は私が断るとは思わなかったようで
「珍しいこともあったもんだ。」
とぽかんとした表情。
「何処か行くんだ。」
意味深な顔で聞いてきたのは康太だった。
「何処かに行くっていうか―」
私の言葉を千恵が遮った。
「デートだもんね。」
と。
「デートって、そんなのじゃないって。」
慌てて否定するものの。
野球部トリオはぎょっとした顔で私に注目する。
「だって、男の人と2人で出掛けるのはデートっていうもんでょ。」
明らかに私を煽る千恵。
康太もいるっていうのにー、後で覚えとけよ。山田に言いつけてやるから。
「だから、違うって言ってるじゃん。」
私はみんなを置いて一人早歩きで家へと向かったのだった。
後ろでは、何やら千恵が聞かれていたようで、頼むからこれ以上余計な事を言わないでくれよと願うのだった。
家に着いて、身体の汗を流してさっぱりした。
冷たい水を浴び、さっきのむっとした気持ちを静めるように。
少しだけ、気分もすっきりして、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
おもむろに牛乳パックに口をつけゴクリと喉を鳴らす。
すると、間髪入れずに
「梓ーそれは止めなさいって何度言われたら気がすむの!」
と母さんの雄たけびが聞えた。
チッいないと思ったのに。
私は電話の横に置いてあるマジックを取り出し、牛乳パックにでかでかと
梓専用
と書き入れた。
後ろで”全くもう”という呟きと大きなため息が聞えた。
女の子を産んだと思ったのは1歳までだったわ。
これまたいつもの独り言。
ちょいと頭を下げつつ、自分の部屋へと戻り寝転んだ。
デートって。
千恵の言うところのデートだったら、私は今まで何回大和とデートをしたのだろう。
そう思うとおかしくなってきた。
だって大和とデートだなんて、ちっともピンとこなかった。
そんなもんだよな。
後でどんな仕返しをしてやろう、千恵の奴め。