花火大会(後編)
「じゃあ総司行くぞ!」
すっかり泣き止んだ総司の手を引いて先程千恵達が通った路を歩き始めた。
歩いていてふと感じる違和感。
総司を見て納得がいった。
「お前、背伸びたなあ〜」
ここのとこ会っていなかったからなおの事、私と繋ぐ手の位置は以前よりも高い場所にあった。
「そうだよ、毎日牛乳飲んでるもん。あっという間に梓ねえに追いつくんだから。」
とご機嫌な総司。
さっきまでの泣き顔はどこへいったのやら。
「全く、何言ってんだか。お前が梓を抜かすなんて先も先、ずーっと先だよ。」
大和が総司をからかった。
私は足を振り上げ大和の背中に蹴りを一発。
その場で立ち止る大和を無視して、総司と2人花火大会の会場へと急いだ。
「梓〜、痛いんだよ、お前に蹴りは!ちょっとは手加減してくれって。」
情けない声をだしながらまた隣に並んで歩き出した。
会場まで後少しというところまで来たのだが中々先に進めない。
既に土手の上は人が溢れていて、上に行こうとも上がれないのだ。
私と大和はまだいいが背の小さい総司や周りの子供達は人に埋もれて苦しそうだった。
「もうちょっとだから頑張れな。」
そう声を掛けながら、ありの行列みたいに連なる人の波にのってゆっくりと歩いていた。
総司は私の手をしっかり握り、必死についてくる。
こんなことならもっと早くに声を掛ければよかったものを。
横目で大和を睨んでやった。
すると、遠くを見ていた大和は視線を感じたのか私に気が付いて慌てて
「総司、あっちにたこ焼きあったぞ!後で買ってやるからな。」
などと言い出した。
その時
「ドーン」
お腹までダイレクトに響く大きな音と共に夜空に大輪の花が咲いた。
花火大会の幕開けだった。
人の波は皆立ち止まり夜空を見上げてる。
しかし、そんな中お構いないし後ろから押してくる奴もいて、危うく総司の手が離れそうになった。
こんなところではぐれてしまったら、捜すのは一苦労だ。
より一層総司の手をしっかり繋いだ。
すると、突然反対の手が……
大和に握られた
大和は
「俺だけはぐれたらしゃれにならないから。」
そう言って黙々と歩き始めた。
久し振りに繋いだ大和の手。
ふざけて腕を組んだりした事はあるのだが、最後に手を繋いだのはいつだろう。
大和の外見とは違う、ごつごつとした大きな手に少しだけ妙な気分になった。
こんなにマメ作って、意外と見てないところでも練習してるのかもな
なんて思ったりしてしまった。
その間にも、花火はどんどん上がっていく。
やっとの事で土手に着き、辺りを見回し開いているスペースを捜す。
それからどれ位歩いただろうか?正面から外れているもののぽっかり開いている土手の斜面を見つけ3人並んで座った。
総司は疲れたのか、どかっと座ると無言で夜空を見上げていた。
私はというと――
その座った場所は”いか焼き”の屋台の真上にあって、焦げた醤油の匂いがお腹をくすぐる。
ちょっと行って来ると早速1品めのいか焼きを購入してしまった。
本当に、お前って奴は。
大和の独り言が聞こえた。
だってしょうがないだろ、食べたくなったんだから。
心の優しい私はちゃんと総司と大和の分も買って来たっていうのに。
そんな私に大和の言葉は、ありがとうでもご馳走様でもなく
「梓は花より団子だな」
だった。
本気で返してもらうぞと思ってしまった。
「ねえ、梓ねえ。花火って下から見ても丸いんだね。」
総司に話掛けられた。
ん?下から見ても?
今まで考えた事なかったぞ。
言われてみればそうかもしれない。
遠くから見ても、こんな風に寝転がっても丸だもんな。
「総司、お前って凄い事、気がつくなぁ」
そういって総司の頭を撫でてやると
「それはな、花火が球体になってるからなんだぞ。球体ってのはサッカーボールみたいな形だ。だから上から見ても下からみても横から見ても同じ形なんだぞ。」
と、勝ち誇った顔をした大和。
実際に”へえ〜”などと感心したりしていたのだが。
「じゃあさ、あれはどうなっているの?」
総司が指差した先には
夜空に浮かぶ大きなハートだった。
「あれはだな……」
とたんに口篭る大和。
さっきの顔はどこえやら。
だけどそこで終わる大和ではない。
「お前、夏休みの自由研究まだ決まってなかっただろう。花火について自分で調べてみればいいんじゃないか?花火の形の事だったり、花火って一つ一つに名前があるんだ。例えばさっき上がった大きな丸いのは”菊”だったり、打ちあがった後に花火が下まで垂れ下がってくるのは”柳”だったりな。自分で調べたら忘れないし来年の花火大会はまた楽しみになるんじゃないか?」
と。
総司は
「それいいかも!」
なんて嬉しそうに言っている。
上手く切り抜けたもんだ。
これだから、私はいつまでたってもこいつには敵わないんだ。
ドーン、ドーンとその間も絶え間なく上がる花火。
夜とはいえど今日は蒸し暑いのなんのって、おまけにさっき食べたイカ焼きのせいか喉が渇いてきた。
こんな時は、あれだな。
カキ氷、カキ氷っと。
土手の下に並んでいる屋台を見回していると――
今のは!!
「なあ、あれ康太じゃねえ?」
大和を突っついて指をさす。
「どれ?」
と大和は解らないみたいで
「だから、あそこだよ、あそこ。」
そう言って見るものの、あっという間に人ごみに紛れてみえなくなってしまった。
「人違いじゃねえの?」
なんて大和はいうが、私があいつを見間違えるなんてありっこない。……と思う。
「それより、カキ氷探してたんじゃないのか?来る途中、機械じゃない”手かき”のカキ氷屋あったじゃねえか。そこが旨そうだったぞ。」
と言う大和。
そこはさっき見た康太らしい人が行ったのとは反対方向
「それって、土手の登り口だろ、嫌だね、人が溢れてるところは。」
そう言って私は康太を捜したくて彼らしき人の向かった先のカキ氷屋台に行くことにした。
「おい、待ててって。」
屋台に向かう私に大和が話しかけたが、早くしないと追いつけない。
大和の声に気づかない振りをして、私は駆け出した。
会場の中ほどへ向かう大勢の人で、思うように前に進まない。
暫く頑張ってみたが、あまりの人の多さに断念した。
確か、一緒にこれないって言ったのに……
仕方なしに座っている場所から一番近い屋台でカキ氷を2つ買った。
両手でカキ氷を持ち、大和と総司の待つところに行こうとしたら
「お前、2つも食うのか?」
と聞きなれた声。
「違うって、そりゃあ食べられないこともないけどな。」
私の後ろに立つ健太にそういった。
さっきのは健太だったのだろうか?
夜とはいえど、立ち並ぶ屋台の明かりで歩く人はライトアップされて顔まで良く見える。
さっき見たあいつは後ろ姿だったけどな。
「康太と一緒だった?」
私の問いに
「いや、今日は近藤達と来てたんだけどはぐれたみたいだ。」
野球部の連中か。だけそうなら尚更康太がいてもいいんじゃないか?
気になる気持ちを押しとどめ
「迷子になってやんの、仕方ないから一緒に見るか?あっちに大和がいるぞ。」
と誘ってやった。
「大和と一緒なのか?」
健太の独り言とも取れる小さなつぶやきが聞えた。
「近藤たちは、大丈夫だよな。」
そういや、大和がこいつらとつるまなかったのはきっと総司の為だったんだろうな、なんて覆ってちょっと見直してしまった。
「こっちこっち」と健太と2人が待つ場所へと戻ると
「げっ」
というカエルを轢き殺したような大和の声。
「悪いけど、一緒に見させてもらうぞ。」
とドカッと私の隣に座った健太。
「よう、総司久しぶりだな。」
ようやく存在に気が付いただろう総司に声を掛ける。
「なんで、お前が来るんだよ。俺の梓ねえの隣に座るな〜」
という総司。
俺のって……
同じ事を思ったのだろう、今度は大和が
「何だよお前、俺のって。」
と総司の頭を小突いた。
「だって、梓ねえと約束したんだ。大きくなったら結婚してくれるって。ねえ言ったよね。」
そう言い切った総司。
私は思わず食べていたカキ氷を吹いてしまった。
「「お前、汚ね〜よ。」」
大和と健太の声が重なった。
だって、あれは総司が幼稚園位の時だぞ!
まあ、確かに言ったことは言ったよなぁ。
「確かに、約束したよな。」
私は総司の頭を撫でながら頷いた。
総司は嬉しそうに頷くと健太に向って
「だから、梓ねえに近づくなよ」
といっちょまえの口をきいたりして。
何だか、初めてのプロポーズだったりして。
そう考えるとおかしかった。
その後も4人並んで夜空を見上げていた。
次々に上がる花火に食べることも忘れて。
総司はというと私のひざに頭を乗っけて半分目を閉じかけている。
今日も一日暑かったからなぁ。外でめいいっぱい遊んでいたから疲れたのだろう。
「よくそんな筋肉の塊の硬い枕で寝れるもんだ」
と大和が悪態をついた。
「安心しろって、いくら頼まれてもお前だけはしてやらないから。」
と後頭部にチョップしてやった。
花火大会も終盤に近づいてきた。
「そろそろ行くか。」
大和が立ち上がった。
「えーまだ終わってないじゃん。」
と今まで半分寝ていた総司が口をすぼめた。
「我侭言うんじゃないぞ。もう直ぐ帰り道は込んでくるし、それに千恵もそろそろ戻るんじゃないか?」
大和の言葉にはっと気づいた。
すっかり千恵のことを忘れていた。
「そうだな、帰るか。健太はどうするんだ?近藤たち捜すか?」
ちらっと見ると
「こんな人ごみの中捜せるわけないだろ。俺も帰るよ」
と。
本当はクライマックスの花火見たかったけど総司もいるしな。
きっと帰りは一気に押し寄せる人で行きなんて問題ないほどの込みようだからな。
後ろ髪をひかれながらも花火大会の会場をあとにしたのだった。
帰り道、相当頑張った総司を健太がオブっていた。
大和が背負うといったのだが、誰がみても健太が適任だろう。
どういうわけか、健太を敵視していた総司も眠気には勝てずにおとなしく負ぶわれて家路についたのだった。