花火大会(前編)
家に入り、荷物を置くと千恵とリビングへ下りてきた。
母さんにざっと事情を説明すると。
「青春真っ盛りね。じゃあ、夕飯は軽めにしておきましょう。それにしても梓ときたら。あんたもそういう人はいないのかしら?」
横目でちらっと私を見た。
千恵は必死に笑いを堪えてるようで。
なんとなくむっとして、隣に座る千恵の膝をつねってやった。
全く誰のお陰で山田と花火にいけると思ってるのだか。
まぁ一先ず余計な事は言わなかったからよしとするけど、結構母さん人の話に敏感だからな。
その後本当に軽めに夕飯を食べ、山田に電話を掛けて家まで来てもらう事にした。
山田はといとまだ予定より30分も早い時間に迎えに来たよ。
うちの玄関で千恵の顔をみると
小さい声で
「待ちきれなくて。」
と耳打ちしていた。
瞬間2人の顔は真っ赤になって。
全く人の家の玄関で何やってんだか。
すると奥から母さんの声がした。
「千恵ちゃんの支度が済むまで上がってもらったら?」
と。
山田もたいしたもんで、普通遠慮するだろうに一度来ているせいか、何の抵抗も見せずに
「じゃあ、お邪魔します。」
と上がってきた。
千恵が2階の私の部屋で支度をしている最中、キッチンにいた母さんの顔を見ると
「先日は、どうも。」
と頭を下げる山田。
母さんはこれまた大きな声で
「あら、山田君じゃないの!そっか、千恵ちゃんの相手って山田君なのね。じゃあ安心だわ。」
とにっこり笑った。
安心って意味が解らないから母さん。
準備が整った千恵がおりてきた。
押し込んできたからちょっと皺になっちゃったかな?
とおどけてみせたが、夏らしい薄手のグリーンのワンピースは日焼けした肌によく似合っていた。
山田は一瞬固まった後、
一度大きく頷くと
「じゃあ行こうか。9時には戻りますから」
と千恵と仲良く出かけていった。
玄関の外まで見送って2人の後ろ姿をみていたら、角を曲がるその瞬間に山田の手が伸びて、千恵の手を掴んだ。
直ぐに見えなくなってしまったのだけれども、その光景が頭に焼き付いて、ちょっと羨ましいと思ってしまった。
再びリビングへ。
「ねえ、父さんまだかなぁ」
時計をみると花火打ち上げまで後10分。
「そうね、こんな日だから車の渋滞に嵌ってるんじゃない?さっき電話があったからもう直ぐ帰って来るわよ。」
と呑気な話。
さっき夕飯たべたばかりだけど、本当に軽く済ませたので、さっきの食事がさらに胃を刺激したのか、無性におなかが空いてきたみたいだった。
その時
ピーンポーン
とチャイムがなった、やっと父さんが帰ってきた!と思い玄関に向かうとそこには、総司が泣きながら立っていた。その後ろに大和の姿だ。
「梓ねえ〜」
そういって私に抱きつく総司。
総司といのは大和の弟で今年小学3年生になったばかりだ。
赤ん坊の頃から知っているだけに私を梓ねえと呼ぶ。
私にとっても可愛い弟だ。
「どうした?そんなに泣いて、男の子は泣かないんじゃなかったけ?」
そういって頭を撫でてやると、必死になって泣くのを止めようと歯を食いしばって。
手でごしごしと顔をこすった。
「悪い、今日母ちゃんと花火見に行くって言ってたんだけど、急に仕事入っちゃってさっき行っちゃったんだよ。おれが連れて行くっていってるのに、母さんが行かないのだったら梓と行くって聞かなくて。」
と困った顔をする大和。
大和の家は父さんが出張中。
おばさんは総司が3年生になったときから、以前やっていた看護士の仕事に復帰したんだ。
今日は何かあったのか普段こんな時間に呼び出される事は少ないのに……
楽しみにしてたもんな。
総司の泣き声が聞こえたようで母さんがやってきた。
大和が事の経緯を説明すると
「あんた、行ってあげればいいじゃない?ほら、さっさっと支度して。」と私の背中を押す母さん。
そうだよね、他でもない総司の頼みじゃ喜んで行ってあげますか。
「ちょっと待ってて」と2人にいうと2階へ駆け上がる。
千恵と違っていく相手は大和と総司だから洋服も気にすることなく財布だけ掴んで
「待たせたな」
と戻ってきた。
「早っ」
と大和が呟いた。
母さんは
「じゃあこれ。」
と言ってお小遣いをくれた。
あんまり食べ過ぎないのよ
との言葉を添えて。