過保護な従兄弟
何とも不思議な夢をみた。
でもそれはまぎれもなくアユちゃんだった。
同じような身長で髪型も似た感じだった私達はよく公園で双子?なんて聞かれてたっけ。
そんなことまで思い出した。
そっかぁアユちゃん……
いつもだったら土曜の朝練、ウキウキしながら出かけていくんだけど、今日はしんみりムードで玄関をでた。
グラウンドに着くともう花井先生は身体を伸ばしている最中で、やっぱり今日もだよね。
意味ありげな視線で先生をみるも、ニヤついたあの顔は。
そうですね、頑張ってスペシャルメニューやらせてもらいますから。
少しだけ膨れた顔で挨拶をした。
今日もキャッチボールまで済ませると外周のランニングに走り込み。
ベットから立ち上がるのも一苦労で、やっとの思いで学校まで歩いて来たのに。
それ程足は張っていて。
ここまで酷い筋肉痛は経験したことがなかった。
ロボットのようにギコチナク一人で黙々と走っているとどうもあの夢を思い出してしまったりして。
ちょっとどころかかなり衝撃的な話だっただけに暫くは頭から離れていかなそうな気がした。
昨日と同じようにメニューなのだが足が痛くて思うように進まない。
外周を走り終えグラウンドに戻ってくると、花井先生がやってきた。
「辛いか?」
そう聞く先生。素直に
「限界近そうです。」
と答えた。
先生は満足そうに頷くと
「これは提案なんだが、2週間ピッチング練習休んでみないか?」
と言った。
はーっ?2週間もですか?折角いい感じになってきたところなだけに私としては納得いかない。
「それは拒否権があるって事ですか?」
先生を真っ直ぐ見つめ聞いてみる。
「あるぞ、でも少し今のメニューで足の強化をはかってから投げてみると違いが解ると思ってな。」
ここで昨日の千恵の言葉を思い出した。
先生いろんな人に聞いてるって。
私のためだよな。
投げたい衝動に駆られる。
新人戦まであと1ヶ月しかない。
コントロールも気になるし、2週間も投げれないとすると不安が付きまとう。
「無理にとは言わないけどな、ちょっと考えてみろ。後頭の中のイメトレが大事だから例えボールを持っていなくても常にイメージする事は大事だからそれを忘れるなよ。」
そこまで言うと私の返事を待たないまま、練習へと戻っていった。
これだけの練習でそれも2週間で何が変わるのか正直解らないけど。
一生懸命考えてくれるだろう先生を信じてみようと思った。
太ももを上げる度に激痛が走る。
だけどやるからには負けたくないからな。
痛みを堪え必死にメニューをこなした。
追試がなかっただけにメニューをこなし終えた時はまだみんな守備練習をしているところだった。
先生の顔を見ると”よし”とばかりに頷いた。
ノックは受けてもいいんだな。
ちょっとだけ安心したりして。
足は相変わらず痛かったけど、グローブを嵌めてボールを追うのはやっぱり楽しかった。
そして練習が終わった。
挨拶をして部室へ戻ってくると、片隅にボストンバックが置いてある。
「誰の?」
周りを見渡すと
「あたし」
そういって千恵がバックを持ち上げた。
そして
「お願い!今日泊まらせて。」
バックを腕に引っ掛け両手をあわせる千恵。
「いいけど、どうした急に。」
話は帰りながらねっと、いう千恵。
千恵にせかされ部室を後にした。
「それで?」
「今日、花火大会じゃない?山田に誘われたんだけど、叔父さんと従兄弟がうるさくて……思わず梓と行くって言っちゃたんだ。それでも迎えに来るっていうから泊まってくるのーって言っちゃった。」そういって舌を出した。
「それで、家はカモフラージュじゃなくて本当に泊まりに来る?」
カモフラージュはないと思いつつも聞いてみた。
「当ったり前じゃない!ちゃんと花火が終わる時間に戻ってくるから。ってそれより梓は?行かないの?」
「多分、家族で行くと思うけど。じゃあ時間を決めて待ち合わせしようぜ。」
「了解」
そういって、ふんわり笑う千恵は私からみてもとても可愛かった。
「げっ」
突然千恵が声を詰まらせた。
千恵の視線を追うと、そこにはスポーツワゴンが止まっていた。
「暁にい、どうして?」
近寄ってきた従兄弟に疑問を投げる。
「どうしてって、そんな荷物持って歩くの大変だろうから送ってやろうかと思ってね。それに千恵がお世話になるんだ、挨拶くらいしなくちゃ駄目だろ。」
そういって私にお辞儀をした。
牽制か?それとも疑われてるのか?
多分疑われてるんだろうなぁ。
助けてやらないとか。
「初めまして、佐藤です。今日は千恵が久し振りにうちに泊まりに来ることになってるんで母が張り切っちゃって。」
そういってお辞儀をした。
暁にいと呼ばれたその従兄弟は安心したのか
「宜しく」
と笑顔を見せた。
これで母さんに会わせたらバッチリだろう。そう思って千恵をみると小さくため息をついたところだった。
知らないぞ、そんなあからさまに安心しましたみたいな顔していると。
そう思ったのだが、肝心の従兄弟は真っ直ぐ前を向いていた。視線を辿るとそこには康太と健太と大和がいた。
「あの子たち知り合い?」
と千恵を見る。
「うん、梓の幼馴染とその友達。野球部だから同じ時間に練習してたんだ。」
千恵の言っていることに嘘はない。
「もしかして、あいつらも一緒に行くのか?」
と聞かれた。
今度はこいつらを疑ってるんだ。
「行くわけないです。私の父と母は一緒に行きますけど」
そうはっきりと断言した。
千恵は小声でそんなに断言しなくても、と笑った。
「そっかぁ。じゃあ佐藤さん家に送っていくよ。」
暁にいの言葉で私達は車に乗って家へと向かった。
彼らの前を通りすぎると、
「千恵、ほんとにあいつらと行かないよな。」
といい始めた。
しつこい男だ、何だか感じ悪いぞ。
すると、千恵は後ろの席から身を乗り出し何かを従兄弟の耳に囁いた。
「なるほど。」
暁にいは一言そういうとその後は何も話さずに私の家へと向かった。
家へ着くとすぐさま車を飛び降り、
「ただいまー」と大きな声で声をかける。
母さん、千恵着いたよーと。
ここまで言わないと最近母さん出てこないから。
母さんは直ぐに顔を出した。
その隙に母さんにウインクしてみる。
(お願い気がついて、話を合わせて!と)
速いもので私の後ろには既に千恵と従兄弟が立っていた。
すると母さん、一瞬私のウインクにひるんだものの。
「あらー千恵ちゃん久し振り、待ってたわよ。今日は美味しいもの作らなくちゃね。」
と言ってくれた。
千恵も
「嬉しいー、お世話になります。」
と。
後ろで千恵の荷物を持っていた従兄弟も
「宜しくお願いします。」
と笑顔で挨拶して
「明日は部活がないみたいですけど、何時に迎えにくればいいですか?」
と聞いてきた。
正直そこまで突っ込まれるとは思わなかった。
緊張の一瞬。
母さん頼むよ。
「明日のことは明日にならないとね。千恵ちゃんはうちの娘同然ですから、お天気が良かったらみんなでお出かけしたいし。帰りは任せてくれないかしら、勿論お家まで送りしますので。」
そういって深々とお辞儀をする母さん。
そこまで言われたら断れないだろう。
そう思ったのに相手はツワモノだった。
「そこまでお世話になるわけには。」
そういって千恵を見る。
「お願い、久し振りなの。」
そういって従兄弟を見上げると
「じゃあ、5時には帰ってくるんだぞ。佐藤さん宜しくお願いします。」
といってお辞儀をしてやっと帰っていった。
車が発進するのを見届けると3人でため息をついた。
「あれじゃ、夏休み大変そうだな。」
ぽつり私が呟くと、大きく頷く母さん。
「そうなんです、うちの両親よりも過保護で。困っちゃいますよ。5時が門限なんて小学生じゃないんだからね。」
と苦笑した。
過保護なだけか?
きっと母さんは私と同じ疑問を持ったと思う。
視線を合わせ私は母さんとまたまた大きく頷いたのだった。