毒気
やっとの思いで家まで辿り着いた。
本当に辿り着いたって表現がぴったりな位私の足はパンパンだ。
こんな日に限って大和にも会わなかったしな。
そういや、今日は野球部やけに遅かったな。
私達が帰る頃でもまだ練習してたからなぁ。
今日は母さんに言われるまでもなく、自分からお風呂に入った。
本当は寝る前の方がいいんだろうけど、取り合えず汗を流してしっかり湯船でマッサージしない事には明日の朝どうなることやら。
いつもより長めの湯につかり、悲鳴をあげる足を丹念にマッサージした。
湯船を出る頃にはどっと疲れが押し寄せてお腹も空き具合も最高潮で。
「ねえ母さん、今日は先になんか口に入れてもいいかな?」
服を着て一番にキッチンにいる母さんに話かけた。
「今日はまだ何にも出来てないからねぇ、あっご飯ならあるからおにぎりでも作ったら?」
「それがいいや。」
陸君が来る前にと、握る時間も惜しくて、どんぶりにご飯をいれふりかけをかけて食いついた。勿論母さんに背を向けて。
見られた日には取り上げられそうだったから。
一気にかきいれ小さな声でご馳走さまといい部屋に戻った。
兄貴も陸君もまだだった。
教科書を開かなくちゃと思ったのだけど、お腹もいっぱいになった私はいつの間にか瞼が閉じていたようで……
「ごつんっ」
と頭に衝撃がはしった。
「痛ってー」
一気に目が覚めた。
覚めた?!私寝ちゃったんだ。
今更ながらに気づいてしまった。
時計を見るともう8時だった。
私の隣には顔を顰めた陸君が立っていた。
「寝すぎ。」
そういってもう一度私の頭を小突いた。
今日は全面的に私が悪いよなぁ。
「ごめんなさい」
素直に謝ってみた。
何か言われるかと思ったけれど陸君は何も言わず、静かに教科書を開いただけだった。
思わず構えた私は拍子抜けだった。
その後も淡々と進み、
「今日はこれまでにしようと。」
といつもより早くに勉強が終わった。
「お前さぁ、俺の事呼ばないのな。」
と突然言われた。
そう言われればそうだった。
小さい頃は
「りく君」とは舌っ足らずの私には呼びづらくて、縮めて
「りっくん」
と呼んでいた。
流石にこの年じゃ”りっくん”はないだろう。さほど会ってもいなかったのだから。
私が考え込んでいると
「まあいいや。それにお前疲れているみたいだから、明日休みにするから。でも1回位は教科書でもノートでも開くんだぞ。」
と言った。
毒のない陸君は始めてだった。
私の寝ている最中に夕飯も済ませたらしく、9時半には帰っていった。
いつもと違う陸君に戸惑ってしまった。
玄関で陸君を見送り、キッチンへ。食べ損なった夕飯を食べる為に。
「私の分あるよね。」
半分くつろぎモードの母さんに声掛ける。
「勿論あるわよ。梓のご飯がなかったら後で何言われるか解ったもんじゃない。」
そういう母さんに、私の隣でコーヒーを飲んでいる兄貴も大きく頷いた。
まあ確かに、きっと暴れるだろうからな、私。
「はい」
そういって出されたのは”麻婆豆腐”だった。
「美味しそう!いっただきまーす。」
食べ始めた私に
「そうそう、あんたさっきどの位ご飯食べたのよ。母さん炊飯器開けてびっくりしちゃったわよ。」
なんて笑っている。
そういや結構食べたかも。
一眠りしてしまったのでそんな事はすっかり忘れていた。
「まあいいじゃん。」
そういって楽しい食事の時間だったのに、食べ終わった後の私に一言からその様子は一遍してしまった。