問題児?
辞書を持ち部室へと戻ると、すでに後輩達が道具を運び出した後だった。
自分のグローブを持ち、グランドへ出ると野球部の方をみた。
ストレッチをしていた健太と目が合った。
気のせいか最近こいつとよく目が合うんだよな。
そうだった。
私は大きな声で
「大和が遅れるってよー」
と叫ぶと
健太は了解の合図とばかり右手を突き上げた。
ちらっと康太を見るもあいつは黙々とストレッチをしていてこちらを振り返りもしなかった。
ちょっとくらい顔向けたっていいのに。
そんなことを思いつつソフト部のグランドまで駆けていく。
みんなはこれからランニングが始まるところだった。
「悪い遅れて、じゃあ始めますか。」
ランニングをしながら、明日から追試が始まる事を思い出してしまった。
「なあ、この中で追試受けるのいる?」
私の問いに誰もが無言だった。
「もしかしてあたしだけ?」
思わず声に出してしまったらしい。
「もしかしなくても、梓だけだって。」
隣を走るカンナに突っ込まれた。
後ろを振り返るも
みゆきも里美も華代も皆、首を縦に振った。
後ろでみゆきが
「ソフトにかける思いをもうちょっと勉強に向けたら、追試なんて受けずに済んだんじゃない?」
と言われた。
「ソフトに関しての思いは、増える事はあっても、減らす事なんか絶対ないからなぁ」
断言できるって。
「まあそれが梓なんだよね。」
今度は里美にそういわれた。
明日からは暫く、皆とアップ出来ないんだ。
2学期は少し頑張って追試の数減らそう。
ソフトの為に。
まあ、限りなく無理に近いかもな。
久し振りに、カンナとキャッチボールをした。
「昨日も思ったけど、梓、最近、球走ってるねぇこの調子なら、新人戦マジいいとこいくんじゃない?」
カンナは言った。
「いいとこって?私負ける気しないんですけど。狙うは優勝だって。」
「梓が言うと、本当にそうなりそうで怖いよ。でも一人で突っ走ったって駄目なんだからね。チームワークも大事なんだよ。解ってんの?」
とカンナに言われた。
カンナには敵わない。
まるで子供のように扱われてる気がするよ。
「勿論、解ってます。」
怒られた子供のように返事をした。
「良かった。」
カンナが小さく息を吐いた。
私って問題児なのか?
小さな疑問が渦巻いた。
今日の練習では、花井先生を相手に、ピッチングの投げ込みをした。
少しづつ慣らしながら、いつもより丁寧に投げた。
「お前にしては、珍しく慎重だな。」
先生が言った。
「ボールの感覚を大事にしてみました。」
折角いい感じだから、この感覚を味わいたいと思った。
「そっか、でもフォームも固まってきたようだからそんなに慎重にならなくても大丈夫じゃないか?この感じならいくら投げても崩れないと思うけどな。」
ちょっと前だったら、ボールが離れる時の手首がばらばらだ、とか足のつま先が定まっていないだの言われていたのに。
そんな花井先生に褒められるとおかしな感じだ。
「はい、じゃあいきます。」
先生の言葉で、少し早めにボールを投げた。
私はエンジンが掛かるのが遅くて、おまけに力んでしまうせいか、練習でも試合でも立ち上がりは酷い事になっていた。
特にコントロールが・・・
でも今日は思いっきり投げたにも関わらず、ボールは先生のミットの真ん中にボスっと納まった。
「よっしゃ!いい感じ」
思わず声にでた。
気がついたら、何十球も試合さながら、本気で投げていた。
たまに大分外れてしまうのもあったが、コントロールも先ず先ずだった。
「やっぱり、こんな風にガンガン突っ走るのが、佐藤らしくていいんじゃないか?」
先生、この前闇雲に突っ走るなって言ってたのに。
また顔に出ていたらしい。
「何だ?何か言いたそうだな。」
眼鏡の奥でキラッと目が光ったような・・・
何でもありません。
そういうしかなかった。
「それより、佐藤。お前テスト凄かったらしいなぁ。俺はお前の体育しか見てないから解らなかったが、職員室でもお前のテスト話題になってたぞ。これが高校だったら、留年だって。もうちょっと頑張れや。」
きつい一言を頂いた。
それにしても、職員室で話題って。
ちょっと後に、学校で私が追試の数が一番多かったと聞かされた。
普段、私のように授業聞かない奴も、テスト勉強はするんだな。
と今更ながら考えてしまった。
楽しい部活の時間の終了。
いつもだったら、お腹が空いて、汗を流しにシャワーを浴びて、と家に帰りたくなるのだが、やっぱり今日もやるんだよね。
いつもより、辞書1つ分重たいバックを掴み家へと向かった。
足取りは重たかった。
玄関について、まるで泥棒の様に、そーっとドアを開けた。
よし、まだ兄貴帰ってないな。
靴を確認して、家に入った。
リビングに着き、ソファーにどかっと座ったら、後ろから母さんが
「あら、梓おかえり気がつかなかったわ。いつもは凄い音だして入ってくるのに。」
なんて。
「ただいま、母さん。お腹空いてるんだけど何かない?」
夕飯までもちそうにないよ。
「そうそう、さっき陸君から電話があってね。途中で眠たくなったら億劫になるから先に用を済ませておいてくださいって言われたわよ。ということで、先にシャワー浴びてらっしゃいね〜。」
鼻歌まじりにご機嫌な母さん。
それだけいうとキッチンへと消えていった。
だから、シャワーより何か食べたいっていってるのに。
終わったら、絶対何か食ってやる。
多少不本意ながらも、汗臭いのだからしょうがない、言われるがままシャワーを浴びに行くことにした。