彼が、来た
この暗くなった部屋に誰が来たのだろう。
私はそう思いながらも、動けない。
この私が涙を見せるのが気に入らないからだ。
決して、婚約破棄されたからではない、そう、自分を騙そうと心の中で思う。
だからずっとうつ向いたままでいると、その人物は私の背後で足を止めた。
声をかけるなら、すぐそばに来てすべきだと思う。
どうして背後なのだろう、そう私は思った。と、
「……泣いてはいないようでしたね」
「……そうよ、私が泣くはずがない」
そう答えながらも声は震えてしまう。
悟られたくない、そう思ったのも彼は分かっているのか、それ以上何も言ってこない。
そこでようやく気付く。
彼が私の後ろに立っているのは、私が泣いている様子を見ないためだ。
俺様な人物で、いつも強引な癖に、こんな所で私の気持ちを汲んでくれている。
泣いていてはまるで、今でも私はあの婚約破棄した、誤解だと気付いているロッド王子を好きだと気付かれてしまう。
ふられたのに好きだというそんな哀れな私を、知られてしまう。
それが私のプライドをを傷つけることが分かって、後ろにいる彼はその場にいるのだろう。
少し、腹が立った。
彼もまた私を哀れに思うのだろうか?
それともあの“誤解”を信じて私の神経を逆なでするようなひどい言葉を言いに来たのだろうか?
彼は一体どうしていまさら私の前に現れたのだろう、そう思って私は……彼の名前を呼んだ。
「オズワルド、どうして今更私に会いに来たの?」
そう、幼馴染というには甘さの欠片もなかったと思う彼に、私は問いかけたのだった