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《漆》鷹獅子と空

「――と、いうわけで外に出たいのですがあなたもどうです?」

「ごめん何が『というわけで』なんだか分からない」


――翌日


 麦秋とシノは朝早くから廊下で話し合っていた。

 内容は昨日の事についてだ。しかし、彼女が彼の企みなど知るはずもなく、急に持ちかけられた話題に頭の上にクエスチョンマークを浮かべているだけだった。

(こいつも巻き込めば、向こう側の敵も多いわけだし、多少のダメージを負ってから私とやれば何かしらのハンデがつくはずだ)


「ちゃんと説明できる頭と口があるのになんでそんなことを言うのかが不思議だよ私は」


 そう呆れたように壁に背中を寄りかかり言い足を組む彼女。

 朝早くレイを起こした麦秋は準備をしてくるように部屋に閉じこもらせていた。


「見たいと思いません?彼の能力(チカラ)。あれだけ再生力が強いんですから、きっと強いはずですよ」

「そりゃあね」

「ここら辺の合成獣(キメラ)能力(チカラ)を知り尽くしているあなたなら、新しい能力(チカラ)を見てみたいと思いませんか?」

「何を、企んでいるのかな君は」

「さぁ?」


 煽るように笑う麦秋は肩をすくめる。

 そんな彼を見つめるシノは寄りかかっていた壁から離れ、諦めたかのように言った。


「流石に今の格好で外に出るわけにはいかないから、<表>に行って服でも買ってきてあげたら?前の服、君がボロボロにしたんだから」

「貴方だってガラス割ってたじゃないですか」

「私の気が変わる前に行った方が良いんじゃない?」


 そう言い返された麦秋は舌打ちをして踵を返した。


  ◆


 朝早く麦秋に起こされたレイは、何も入っていないウエストポーチを見て悩んでいた。


「準備……って言ってもなぁ」


 何を準備したらいいか分からない。

 それもその筈だ。

 当たり前だが、自分が合成獣(キメラ)かどうなのか確かめるためにこんなことをするということは初めてなのだから。


『荷物は軽めの方が良いですが、何もなかったらなかったで万が一の時困りますから』

「――って言ってたけど、万が一の時ってことは、」


(危険な目に遭うということだ)

 決意はしたものの、改めてその危険性を感じたレイはウエストポーチを掴んでいた左手を握り締めていた。

 確かめる。それは、同時に死というリスクがついてくるかもしれないということ。

 もしかしたら麦秋達にとっては普通のことかもしれないと気を紛らわせるレイはあるものに目が止まった。


「これなら、お守り代わりにでもなるかな」


 手を伸ばし、それを首にかける。

 目を閉じて深呼吸を数回してまた目を開けたレイは再度準備に取りかかった。


「……よし」


  ◆


「ある程度お洒落で、なおかつ動きやすいもの?」

「ええ」


 シノに言われた通り、服を買いに行った麦秋は「呉服屋 (いろどり)」と看板がかかった服屋に立ち寄っていた。

 彩は看板通り和服を扱っているが、洋服も取り揃えている店だ。政策が出されるとほとんどの者が和服を着るようになった今、この店は老若男女問わず人気のある店だ。

 才色兼備な容姿をした店主の棚宮(タナミヤ) (キュウ)は綺麗に編み込まれた茶髪のかんざしをいじりながら、もう片方の手で服を探していた。


「サイズは?」

「百……七十センチ、といったところでしょうか。少しばかり細いです」

「となるとここら辺のう?」


 少し独特な喋り方をする彼女が取り出して見せたその服に、麦秋は気に入ったのか、懐から財布を出す。ふと、視界の端に目が止まる。


「これは?」

「ああ、試作品として作って見たんじゃがのう?でも売るつもりは無いから特別にお主にやるか?」

「じゃあ、これも一緒に」

「おーきに」


 ころころと笑う九は嬉しそうに商品を包んでいき、麦秋に渡し、彼から代金を貰うと彼の耳に顔を寄せ透き通った静かな声で、こう言った。


「そういえばのう?最近、がらの悪う合成獣(キメラ)がうろちょろしてかなわんのよ。お主も気ぃつけぇやぁ」

「……今日はそのがらの悪い合成獣(キメラ)のお客様を掃除するためにここに来たんですから」

「よろしくなぁ?わし、恐くて寝れんのよ?」


 キュ、と口角をあげる彼女から離れると、鼻で笑いとばしただ一言。


「か弱い女の皮を被った獣の間違いでは?」


 そう言い残した麦秋は九が目をぱちくりと瞬きした瞬間、溶けるかのようにその場からいなくなっていた。


「ほう?」


 ◆


「はいどうぞ」

「わっ」


 ポスンと投げられた紙袋は綺麗にレイの顔にヒットする。床に落ちた紙袋を拾い上げると、その中には服一式が揃っていた。


「これは?」

「見ての通りです」

「いや、それは分かるんですが……。なぜ服?」

「病院の服で外に出たいなら私はそれでも構いませんが」

「あ、ありがとうございます」


 ひきつる笑顔でお礼を言うレイ。

(そっか。あのバスの時は服がボロボロだったもんな)

 相変わらず無表情の麦秋の顔を見て、それから自分の手を見る彼。

(……僕も、本当にこの人のような異能力的なものがあるんだろうか)


「気に入りませんでした?」

「はぇっ!?いえ!全然!服は買ってもらったことがなかったので嬉しいです」


 本当のことなのに言い訳をすると嘘っぽく聞こえるのはどうしてだろうか。そう思うレイをよそに、病室から出る麦秋。


「準備が整い次第、出発しますので」

「はっはい!」


 わたわたと服を出し着替え始める。

 服にはきちんとタグが取り外されていた。




「――お、お待たせしました」


 一階に下りてきたレイはシノと麦秋、そしてイヤとヒスイに着た服を見せていた。


「どうでしょうか?」

「おお~、かっこいいね」

「伸びる生地か?動きやすそうで良いな」

「シャツの色も引き締まってていいと思います」


 そう口々に言う彼ら。

 隅に三日月が入った黒シャツにデニムのYシャツのようなジャケット。ツタの刺繍が入ったジーンズ。

 それを確認した麦秋も満足そうな顔をする。


「じゃあ、行ってきます」

「死体になって帰ってくんなよ」

「やめてくださいよ……」


 からかうヒスイをレイが少し怯えた様子で嫌な顔をする。

 ――このときはまだ誰も、予想していなかった。

 いや、予想できていた方がおかしいのだろう。


 留守番をするイヤとヒスイの二人だって、見送った三人がああもなるとは思ってなかった。



「――というか、あの」

「なんですか」

「これはどこへ向かっているんです?」

「あ、それ私も聞きたいなぁ」


 レイと愛想なく答える麦秋との会話にシノも話に入る。

 早足の麦秋の後ろについていくように同じように早足で歩くシノ、レイと三人が一列になって賑やかな街を歩く姿は雛鳥が親鳥についていくようで滑稽だ。


「強いて言えば、合成獣(キメラ)が集まる所、とでも言いましょうか」

合成獣(キメラ)……」

「単刀直入に言ってしまうとその合成獣(キメラ)とのお相手をしていただく形になります」


 相手をする。

 レイの頭のなかにその一言が浮かび上がった。

(それって、つまり、)

 嫌な文字が浮かび上がる。

(人殺し)

 いや、人の形ではないかもしれないと少しの期待を込めてシノに聞いてみる。


「シノさん、合成獣(キメラ)って、人の形をしているだけなんですかね」


 何秒か間を置いて質問に答える彼女。


「確かに、人じゃない、動物の合成獣(キメラ)だっているよ。寧ろ、一番初めに作られたのは動物だからね。例えば……鷹獅子(グリフォン)とかね」


(『作られた』……?)

 言葉に引っ掛かるのが気になったが、すぐに考えるのをやめ、おうむ返しのように「ぐりふぉん」と言うレイ。


「そう。鷹の頭と、獅子……つまりライオンの体を組み合わせた動物。気性が荒い子とかいるんだけど、なつかせて鷹獅子(グリフォン)用の鞍とか手綱とか用意すれば誰でも乗れるよ」

「空を見上げたらどんな生き物か分かりますよ」


 と、今度は麦秋が会話に混ざる。

 彼が指差した空は青く澄んでいたが、急に影ができる。たった一瞬でも、レイの目はそれを捉えた。


「わっ、あれが……!?」


 真っ白と言えるほどの羽、彼とは違う感じの金色の瞳、たくましい足に、噛まれたらひとたまりもないだろうくちばし。

 その体が、その種の強さを物語っているかのようにも感じられた。

 鷹獅子(グリフォン)の上には人らしきものが乗っており、何やら街の者達に書類を渡している。


「あれは配達員ですね」

「配達員!?」

「ええ、速いし鷹獅子(グリフォン)は飛び方も丁寧ですから」

「はぁ~……」


 見とれている二人をよそに、また歩き出す麦秋。


「さて、そろそろですからついてきてください」

「えっ!待ってくださいよ!」

「あーっ置いてくなんてひどい」


 そうは言いながらも麦秋についていく二人。

 緊張し始めたレイの、首にかけている物が音をたてたものの、街の音へと掻き消されていった。

グリフォンって響きいいですよね。

かっこいいし。

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