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《陸》確率と笑み

「またフェンス外れやがった」

「そろそろ替えないとね~」


 そのまま話を続ける二人。

 レイはただ「ありえない」と言った顔で見ていた。


「なんで……え、落ちましたよね?」

「落ちたな」

「血ドバアッって」

「出たな」


 語彙力が欠けたレイに対し平然とした顔で答えるヒスイ。彼が着ているジャケットの肩に血が染みていくのが痛々しい。

 シノがヒスイに手招きをする。


「頭は多分切れてるでしょ?治るまで少し時間かかるだろうから手当てしとこうか」

「すまん。頼むわ」


 そのまま彼らは歩いていき、廊下の奥へと溶けるように消えていった。


「……僕、幻覚でも見てるのかな」


 そう言い頭を抱えるレイはただ一人、一階の待合室でもある広間に取り残されたのだ。


  ◆


「――彼、多分何も知らないよ」

「だろうなぁ」


 手当てをしながら会話をする二人。

 決して広くはないその治療室には医学の様々な分野が書かれた本が所狭しとあちらこちらに並んでいた。

 シノが目線を手元の包帯から離さずに話続ける。


「自分のことすらね。じゃないとあんな驚き方しないじゃないか」

「まあ、俺に合成獣(キメラ)の事聞いてきたぐらいだからな」

「お前は色んな所を回っているからね」


 仕事だからな。

 そう仕方がなさそうに肩をすくめる彼。


「……歩く情報網」

「うるせえ歩く救急箱」


 ごめんごめんと喉の奥でクツクツとシノが笑いを堪えればヒスイは「バカにしているな」と、彼女がレイにやったようにデコピンをした。


「いひゃっ、ごめんって。……ふふっ」

「ったく」


 消毒したあと、ガーゼで傷口を押さえ、その上から包帯で巻き、ホチキスで止める。


「はい出来た~」


 本来なら針で縫うなどしなければならない。

 本来、なら。

 彼が普通の人間ならば。


「さんきゅ。どうせあと五分もしたら治ってるんだろうな」

「そういう生き物だから仕方ない」

「生き物っつーとなんかあれだな」


 頭の包帯に触れる彼の前のイスに座り、「ところで」と話題を変えるシノ。


「レイ君、これからどうするつもりでいるんだろうねぇ?」

「俺に聞かれても」


 右にある机に肘をつく彼女は、困ったように微笑んだあと、リラックスするように足を組む。


合成獣(キメラ)として<裏>で生きていくのか、それを否定して、隠し続けて<表>で生きるのか」

「あいつの自由じゃねぇのか」

「そうっちゃそうなんだけどさ」


 ぐだぐだとレイの事を気にかけるシノ。それに疑問がわいたヒスイが聞こうとする。


「そんなに気にかけるなんて珍しいな。前ここに来て泣きついてきた合成獣(キメラ)には素っ気なかったのによ?」

「……風の噂で聞いたんだよ」

「風の噂?」


 そう言うと机から数年前の新聞を彼に渡す。

 首を傾げながら受け取った彼は新聞をめくり、ある記事の見出しに目を見開いた後、彼女を見た。


「これっまさか!」

「彼がそれに当てはまらない事を願ったけど、どう考えても当てはまるんだ」


 おもむろに立ち上がるヒスイは治療室から出ようとする。


「ん、部屋に戻るの」

「まあな。あぁ、レイについてだけど」

「うん」

「……精々うちの部隊の敵にならんことは祈っとく」

ほほほな「そう」


 治療助かった、と彼女を背に手を振り出ていく。

 手を振り返す彼女の赤い目は、窓へ移る。

「はあ……ここ最近降ったり止んだりばかりだ」

 雪が降る夜はまだ明けそうにはなかった。


  ◆


「どうしたものか」


 部屋に戻り冷静になった彼は一人、時計が刻む音を聞きながら考え込んでいた。

 自分の手を握ろうとするがまだしっかりとは握ることすらも出来ない。あのバスの一件で身体はかなり疲れていると彼からも見てとれた。


(認めたくはないがシノ(あいつ)が言っていることは確かだ。それより問題は……)

 麦秋が気にしていた事はこれだけではなく、本来の自分の仕事をどう処理するか。

(どうしたらあの人間をオークションに出すかだ)

 焦りは禁物だと言い聞かせるようにため息を吐く。

 気分転換にでもと部屋から出て、震えた足でなんとか歩く音もなく静かに一階へ降りると、そこには彼のターゲットであるレイが見えた。

 どうやらイスに座り飲み物を飲んでいるようだ。

(あいつは確か、食事ではレイと呼ばれていたか)

 近づくと、僅かな靴音に気づいたのかバッと後ろを神経質そうに振り向くレイ。

 自ら声を掛けようとしていた麦秋も急なことで動揺する。


「あっ……!えっと、麦秋、さんでしたっけ」


 よく自分を殺そうとした者に話しかけられるなと妙に感心しつつも、麦秋は返事をバスの時のように敬語で返す。


「はい、麦秋です。バスの件については申し訳ありませんでした」


「え?あぁ驚いただけですから大丈夫ですよ」


(こいつ頭のネジ二、三本外れているな)

 普通の反応なら多少なりと警戒したりするはずなのだが。

 そうやってどこか呆れながらも話を続ける麦秋。


「ところで、あなたは随分と耳が良いようですね」

「耳、ですか?」


 レイの席の反対側に座れば、足も震えることなくしっかりと床についた。


「ええ、現に今、私が近づくことに気づいていたじゃないですか」

「集中すると、よく聞こえるんですよ」


 渇いた笑い声で示すように人差し指でトントンと耳に触れる。


「ほう?何に集中してたのですか?」


 またオークションに出すチャンスを作るためには、油断させなければならないと考えた麦秋はなるべくレイとの接点を多くしようと試みた。

 レイは少しの間、黙りこんだが口を開く。


合成獣(キメラ)について何ですけど、仮に僕がそうだったとして、そのことにまだ現実を受け止めきれないというか」

「何故?」


 喜ばしいことではないのか?と麦秋は心の中でレイに問いかける。合成獣(キメラ)になれば『良いことづくめ』じゃないかと。

 並みの人間よりは強く、怪我を負ってもすぐに治り、おまけに異能力というものが付いてくるのだ。

 どこに不満があるのだ。


「恐い、というか。自分が何なのか分からなくなるというか」

「なら試せば良いじゃないですか」

「えっ?」


 つまり彼は自分が何者なのか分からなくなっている始末である、ということだろう。

 そう解釈した麦秋は「答えは簡単だ。だから答えを出せばいい」と。


「私はあなたをわざわざ狙った身ですから、あなたの正体は分かります。だがあなたが納得いかずにそのまま生きていれば、何も知らないあなたはいずれ死ぬ」

「……!」


 そうなれば、麦秋側としては何も利益が得られないというデメリットしか発生しない。レイにとっても、『死』というデメリットがあるのだ。

 彼にとってレイはターゲット。

 死なれたら、困るのだ。


「死にたくなければ知るべきだと。どうします?試します?何も知らずにこのまま死にます?」


 問い詰めるように、念を押すように、彼に選択肢を挙げてい

く。

 背後を見なくてもレイが緊張しているのを感じとれた麦秋は答えを待つ。

 喉が鳴る音がしたあと、覚悟をしたようにレイは芯の持った声で答える。


「試します。死ぬ死なない関係無しに、はっきりと自分の目で見たい」


 答えを聞いた途端、無表情だった麦秋の口元が弧を描く。――これで獲物は逃げなくなった、と。


「……なら話は早いです。明日、出掛けましょう」

「明日ですか」

「早く知り、自分の身を守る。でしょう?」


 それもそうかと納得したレイはイスから立ち上がり空になった紙コップをゴミ箱に捨てる。


「じゃあ、おやすみなさい。麦秋さん」


 彼を振り返ったレイの目は、いつになく金色が映えていた。見据えられた麦秋は少し固まる。が、すぐに我に返り返事をした。


「お、おやすみなさい」


(殺されそうな目だ。……いや、あれは殺される寸前の、死ぬと理解して投げ出したような目でもある


 レイと同じように一人取り残された麦秋はあの凍てついたような黒緑の目を細め、手で覆った口はまた端が上がる。と、そこへ――


「ニタニタ笑ってどうした?麦秋。リア充でも爆発したか?」


 廊下の奥から、頭に包帯を巻いて出てきたヒスイが麦秋に話しかける。右手には少し古びた新聞が握られていた。

 普段の彼なら嫌な顔をしてヒスイを睨むが、余程機嫌が良いのか不気味に微笑んだまま立ち上がりヒスイに近づくと、後ずさったヒスイの目であろう場所の前髪に寸止めで指を突きつける。


「何、これからする実験が楽しみで仕方がないんですよ」

「へぇー実験かーそうかー、なんの実験かなーモルモットでも解剖すんのかなー」


 少々顔を引きつらせるがそれでも笑顔で返すヒスイは麦秋のその左手を軽く叩き退ける。だが、それすらも気にせずに反対の手で横に振り否定を表した。


「まさか、それよりも凄い事ですよ」

「……じゃあ何だ」


麦秋(コイツ)、何を企んでやがる?)

 急に真剣な顔つきで麦秋に問うヒスイ。

 彼が楽しそうな表情をする機会はかなり少ない。例えて言うならば、働かない無職の大人が急に就職して大富豪になるくらいあり得ない話だ。

 そんな低確率で笑う麦秋が考える事は高確率で危険だということを、ヒスイ含め彼を知るものほぼ全員が知っていた。


「レイさんに『私にとって困った客(チンピラ)』達を軽く叱ってもらおうと思って」

「はぁ?お前何言って――」

「まぁ、簡単に言えば彼の能力(チカラ)が見たいだけです。あなたもどうです?」


 つまりこうだ。

 レイの能力(チカラ)を確認するついでに、彼にとって仕事を壊す(邪魔)者を片づけてもらい、そのあとにレイをオークションに出そうとしている訳だ。

 痛めつける(叱る)相手によっては一石二鳥にも三鳥にもなるわけだ。

(そうだ、あいつ(シノ)もついでに……いや、いっそ殺してしまおう。私の手で)


 いい考えだとニヒルに笑う麦秋を見て、しばらく考えるが、彼を押し退けヒスイは上に繋がる階段へと向かう。


(ワリ)ぃど、俺明日から仕事なんだわ。勝手にやっとけ」

「おや、それは残念。ではまた明日」


 背を向け、返事の代わりに手を振る。

(何考えてんだか。相変わらず気味悪いやつだ)

 まぁ考えても仕方がないと自室に戻り、何をするわけでもなくベッドに腰を下ろす。

(明日は早い。さっさと寝るか)

 麦秋もまた、部屋に戻り寝る準備をしていた。


 明日、予想以上の惨劇になることも知らずに。

麦秋「新年早々イチャイチャしているリア充は、死に値すると思うんです。……そして非リアの皆様明けましておめでとうございます」

ヒスイ「同感。あけおめ」

レイ「リア充と非リアに謝ってください。あ、あけましておめでとうございます。」

シノ/イヤ「明けましておめでとうございます」


そんなわけでけましておめでとうございます


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